わしは回りたいんじゃ
時計みたいにくるくる回りたいんじゃ
今日はあらためて、キューブリック神の名作「時計じかけのオレンジ」について書いてみます
人間の真相心理に潜む暴力的な感情、つまり本能的なサディスティックについて描いた映画
だと前回お話ししましたが
いくら難解な映画であれ、最終的にそれが作品全体の趣旨だと判断するのが無難です
しかし、その言葉だけではあまりにあっさりとしすぎていないかい
「人間は誰しも、心のどこかに激しいSの感情を持っています」
それだけでこの作品を片付けるわけにはいかないでしょ
少し話は逸れますが、人間の真相心理を描いたという意味では、遺作となった「アイズ・ワイド・シャット」も当てはまります
ニコール・キッドマンのヌード満載、濡れ場満載のR-18指定の映画ですね
あの映画では人間の根本に潜む「性の欲望」について表現していたわけですが
キューブリック自身が「駄作」と認めたこの作品、同じ真相心理を描く映画だとしても、「時計じかけのオレンジ」とは明らかに作品の完成度が違いすぎるのです
その理由は何なのでしょう?
仮に時計じかけのオレンジと同じ趣旨を掲げた作品を作っても、時計じかけのオレンジを超すことはできないわけです(元にヴァイオレンス作品には似た様な映画がたくさんあるからこの様な話をしています)
時計じかけのオレンジには、秀逸した、何か特別なエッセンスがあると俺は考えています
キューブリックのデザイン、カメラワーク、セリフの言い回し……
そういった映画全体の最高級の要素一つ一つが噛み合って、見ている方にまるで麻薬の様な刺激を与えます
そしてその刺激は、視覚を介して、まさに人間の本能に伝わるのです
つまり、人間の真相心理を描いたキューブリックのメッセージは
「見ている側の真相心理」に響くわけです
それを可能にする要素の集結こそが、まさにこの映画にしか出せないエッセンスであるわけで
映画という媒体を通して、主題やメッセージをいかに相手の「本能」に伝えるか
それは、良作と駄作を分ける基準になると俺は考えます
そして、その本能へのメッセージ転送を高いレベルで可能にしているのがこの作品であり、その点が他のヴァイオレンス作品及び「アイズ・ワイド・シャット」との違いだと思います
ぜひこの作品を一度、「本能」で感じ取ってほしいです
きっと新たな自分を発見できるのでは、とも思いますし、いかんせん何年経っても刺激的な映画です
映画のネタとかけて言ってみますが、しかし人間の本能というのもときにはアテになりません
主人公のアレックスがそうであった様にね!