昔、THE WHOのピート・タウンゼントが、DEEP PURPLEのリッチー・ブラックモアに言ったという。
「シンプルであれば、人は付いてくる。」
タウンゼントの美学では、それがロックの楽曲制作においての、最も基本となる精神らしい。
いまさら言うことでもないが、シンプルなものはなにより多く人の心を打つ。
特に70年代のロックシーンにおいては「シンプル」が最大の魅力であると言っても良い。これは当時のロックンロールからファンク調からプログレッシブまで幅広く言えることである。
言うまでもなくこの「シンプル最高理論」は現代でも通じるどころか最も主流であり、シンプルなものこそが人々に受け入れられているのは今も昔も変わりはない。
さて、この言葉を言ったのはピート・タウンゼントであるので、THE WHOはどうなのかと見てみる。
早くからシンセサイザーなどの電子楽器を多用した前衛的な楽曲が有名だが、彼らの根本にあるのはやはり素直で真っすぐなロックである。
しかし、楽曲たちのコンセプトや内容はどうかというと、実はこれはシンプルとは似て非なるものだ。
アルバム「アニー」では知的障害を持った少年の物語を描き、代表作「フーズ・ネクスト」や「四重人格」は、人間の心理の奥深くを辿る難解なコンセプトを持っている。(ここがタウンゼントの文学性である)
つまり、THE WHOは大胆で単純な音に乗せて、音とは対極ともいえる哲学性を帯びたメッセージを送っている。これが彼らの最大の魅力なわけだ。
一言に「シンプル」と言っても、その中身が深いか浅いかは別の話である。しかし難解なメッセージもシンプルな音に乗せれば伝わってしまう。これがロックの面白いところである。
THE WHOを例に上げたが、今度はLED ZEPPELINというハードロックの大御所について考えてみる。
たいていの場合、彼らの詩には深い意味がない。「あの子は魅力的だ」「今夜は踊りあかすぜ」みたいな言葉を延々と並べているだけだ。
これは当時のパンク・ムーブメントが若者に向けて社会批判の詩を送ったのとはまた訳が違う。
しかし、彼らのロックは少なくとも僕が聴いてきた中では極上のものだ。ジミー・ペイジが生み出す印象的なギター・リフ、ロバート・プラントの澄んだ歌声、ボンゾの絶妙のリズム感覚……天才たちの音が交ざりあい至極のグルーヴ感を生み出す……なんて言うまでもない。
そんな彼らの演奏には、交ざり気がない。シンプルな演奏を極限まで追求して研究したロックが、世界中のファンから愛されているのだ。
LED ZEPPELINの音楽は文学性や哲学とは掛け離れたものだ。
しかし彼らの曲を聴くだけで、リスナーの中に閉じ込められていたモノが弾けだす。何かを見つけられる。楽器演奏だけのシンプルなロックで、彼らは音から「メッセージ」を伝えているのだ。これもまた、ロックの不思議であり面白いところだと思う。
70年代は最高のロックに満ち溢れている。シンプルを追求し、ことばから、音から、僕たちへメッセージを伝え、感覚の先っぽから快感を味わわせてくれる。
しかしいつの時代もアンダーグラウンドでアバンギャルドなことをやる連中もいる。深くは触れないが、70年代ではフランク・ザッパがその最強の例である。
異端児が新しいロックを切り開いてきた、というのも合わせて覚えておかなければいけない「常識」である……。
ロックはムジュンに溢れた音楽なのかもしれない。