Rockin'on 6月号(そろそろ7月号出るけど)はUKロック特集だったので、先日珍しく立ち読みを止めて買ってしまいました。
特集の最後に、編集長である粉川しのが良いこと書いてたので載せようと思います。
(以下引用)
「UKロック」とは、簡単に定義するならば80年代以降に生じたジャンルである。じゃあ70年代と80年代の英国産ロックの間にどんな溝があったのかといえば、それはロックの主導権が完全に移った瞬間、ということだ。80年代以降、英語圏のロックの「本士」は圧倒的多数の占めるアメリカへと移り、イギリスのロックは辺境のそれとなった。
ビートルズやツェッペリンのような超普遍を生み出しえなくなった英国のロックは、縮小し、意味を狭め、近視眼的なものとしての「UKロック」という言葉に落ち着いた――
残酷な言い方をすればそういうことだし、UKロックという言葉が今、うっすらとした侮蔑の意味も含んでいるのもそれゆえだろう。
しかしだからこそ、そんなUKロックを「選択」して聴くという行為には聴く者の主体性が強く反映されるのである。近視眼的だからこそ、それを選んだ自分と選ばれた音楽の対峙関係は強まり、特別な絆になっていくのである。
私はこれこそがUKロックを聴く醍醐味だと思っている。
(以上)
んー、なるほど。
全てのUKロックファンへの激励の言葉じゃあありませんか。
ツェッペリンやビートルズのことを、一般的には「UKロック」と呼ばないように、「UKロック」という言葉は英国産ロックが下火になった80年代になってから生まれた、と。
現代で言う「UKロック」とは、もう既にメインストリームから外れた、マイナーな音楽ジャンルを指す言葉になった。だからこそ、マイナーな音楽を選択して聴いてるお前らは素敵だと、つまりはそういうわけですね。
これはメタルファンにも同じことが言えるんじゃないかな。
ニューメタル、ゴシックメタルなど、音楽シーン全体を見ても中枢にあるジャンルがまだ存在するにせよ、基本的にガチガチのメタルファンってゆーのはマニアックな音楽を選択して聴いているコアな人だと言えると思うし。
結局、普遍性を失った物を愛する人というのは、マイノリティそのものを愛する人に他ならないと思う。
誰しもが愛している音楽を流行に乗って共有することより、この「マイノリティ」を愛することこそが、「音楽を聴く」という行為の最も本質的な魅力なんじゃないのかなあ。
だからUKを聴いているときは本当に幸せだし、それを通して自分が少数派であることを再確認したときの喜びは計り知れない。
しかし、ツェッペリンやビートルズ、普遍性の極みみたいなバンドを愛してしまう俺もいるよなあ。
きっとロックとは、普遍もマイノリティもいっぺんに飲み込んで「感動」とゆー最高に単純なパワーの塊に回帰してしまうものなんだ。きっとそうだ。
乱暴な文章でごめんなさい。だからこそロックは語れない