彗星のように現れた10代のバンドが、突如ロックシーンを賑わす。
いつの時代にもそんな風景がある。もちろんここ数年も、10代のバンドが台頭するのが目につくのは言うまでもない。
「10代だから」の決まり文句を盾に音楽的な未熟さを指摘する声を退け、話題性だけに特化しただけのバンドもある。しかし、そんな連中ばかりじゃない。
今年のサマソニでCAJUN DANCE PARTYのライブパフォーマンスを見たとき、僕は彼ら10代の音楽の魅力が「本物」であると確信した。彼らは「10代」をウリにした商売道具じゃなくて、本物のロッカーだ。若いだけじゃなくて、ちゃんとロックの歴史を学んだ上で音楽をやっている。「今までのロックなんて知らねぇよ」なんて失礼なことを言う輩ではないのだ。むろん、OPERAT PLEASE然り。
ょっと話題になったイギリスのUnderage Festivalなんかを見ても、10代のロックがとてつもない熱を帯びて今にも爆発しそうなことが伺える。
ツェッペリンからニルヴァーナまで聴いて育った彼らの中から、未来のトム・ヨークやジャック・ホワイトが出てくる日もそう遠くはないだろう。
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さて、唐突ではあるが、タイトルも「10代のロックと10代の自分」なので、ここからは身の上話。
10代の高校生である僕は、かっこよく言えばジャパニーズ・ティーンエイジャーである。僕は同世代のバンドが出てくる度にこの胸を踊らせているわけだが、実を言うと、それと同時に、やり場のない嫉妬の念を抱くのも事実なのだ。これから書くその嫉妬の訳に共感してもらえれば、なんとなく幸いなのですが。
ロックを聴くのはヘタレたガキだけだ、って誰かが言ってたけど、それが正しいとすれば僕は超典型的なロック信者のガキなのかもしれない。
自分は意味もなく学校へ通い、灰色の空を眺めながらぼんやりと毎日を過ごす高校生だ。
ただなんとなく過ぎていく日々。これといった目標もなければ、将来のビジョンなんかもない。ちょっと辛くなると親か誰かのせいにしてサジを投げる。ただ漠然とした焦燥感と、やり場のない不安だけが胸をもやもやと覆う。
一体自分が何に対して不安を抱いているのかすらもわからないときがある。それは未来のことなんだろうか、それとも今この瞬間に見えない場所でうごめく、陰の動きに怯えているのか。とにかく、毎日ダラダラとブルブルの繰り返しであることに間違いはない。
トム・ヨークに言わせれば、すくなくともイギリスには僕みたいなガキがゴマンといるらしいから、端から見れば今時のガキなのかもしれないけど(僕は日本人だけど)。夢を持たずに大人になった人をテレビで見ると哀れむくせに、自分も10年経ったらそんな大人になってるのかも、なんて心配してる高校生。
もちろん僕の場合、その不安を掻き消してくれる唯一の存在が、ロックなのである。ロックだけが僕の現在進行系の心の寄り所なのだ。ロックがヘタレた僕にまやかしの安心を与えてくれる。
思春期だねぇ。中二病だねぇ。と叩かれるのが辛かったりするわけだけど、少なくとも僕は自分の10代を生きるこの瞬間を、ロックと共有できることに感謝している。いや、ほんとに。
運の悪いことに僕の身の回りには、ロックを聴いている同級生も、ロックを聴いている大人もいない。(探してみればいるかもしれないけど)だからはっきりとはわからないのだけれど、ロックがなければ不安で人格が崩壊してます、って人が他にいてほしい。「僕だけじゃない」ことを祈っています。トムアーメン。
だからいま僕の中で神がいるとすれば、それはヘタレた僕にロックを与えてくれるミュージシャンしかいないわけだ。例えばトムヨークを神のように崇めることが僕にとって最高の快感だったりもする。
はてさて、話は10代のロックに戻るけれど、僕にとって神様であるロッカー、僕と何ら変わらない年齢だとしたらどうだろう。
雑誌にでかでかと掲載される同世代のバンドを見て、今までに経験のないような虚無を感じたのが、ここ数年のことだ。
当然何十年も前から、常にシーンに10代のバンドの存在はあったはずだから、単に僕が一定の年齢に達したからなんだろうけれど、あのときと同じモヤモヤが、僕の中でずっと渦巻いている。
Arctic Monkeysが出てきたとき、CAJUN DANCE PARTYを初めて聴いたとき、感動すると同時に、僕の目には彼らが嫉妬の対象として写った。
今までは純粋にロックが好きだったのに、僕は初めてロックに嫌悪感を抱いた。
僕と同じ歳の彼らが、ロックでムーブメントを起こした。世間から見ればそれは痛烈なサプライズなんだろうけれど、僕にはそれが悔しくてたまらなかった。恥ずかしくてこんなこと人には言えないけれど、同じ世代の彼らに遠く及ばない自分が情けなかった。
僕がぼやぼやとマックでハンバーガーを食べている間に、イギリスやアメリカの高校生はロックをやっていた。そして、まさにシーンのど真ん中に降り立ったのだ。
自分の何よりの支えであり、唯一の仲間であったロックに、同じ世代の人間が踏み込んできたのである。同じ世代のバンドにロックを与えられているのだと実感するのが、堪らなく悔しかった。
僕も10代なのに、僕には何もできない。僕は、彼らみたいになれない。
このやり場のない嫉妬の向こう側には、僕が毎日抱いていた不安と焦躁感の正体があった。
僕は自分の将来のことに対して不安を抱いていたのではなかった。僕は、自分と同じ世代の若い誰かが、どでかいことをしでかすのを恐れていたのだ。そして、自分が何もできずに彼らを眺めて、10代という短い時間を終えてしまうのが怖かったのだ。
僕は相変わらず将来の予定など何も決まらずに、とりあえずペンを握って学校の宿題をこなす。なんだかんだで、勉強机のCDプレイヤーにはTHE COLORFUL LIFEがセットされ、甘い音色を零している。
勉強に飽きてギターを手にすると、やはりジムモリソンにはなれない自分がいて、でもピストルズになれないこともちゃんとわかっている。
僕はギターを持つ手を携帯電話に差し延べて、何になるかわからないけれど、Rockin' onへ向けて自己満足以外の何ものでもない文章を打ちはじめた。