成田を飛び立ち、疲れもピークに。チャーター便なんで凄くリラックスできることもあり、直ぐに爆睡。次に目が覚めたのは着陸一時間前。その間には機内食が出ていた。さっき軽食したこともあり、準備していたのはわかったが爆睡しとった。
目が覚めるとCAの方が何も食べられてませんが、何か頂かれませんか?と。小さいそばとアイスを頂く。後々、ここで機内食を取らず、我慢した事が大きく響く事に…。
ジャカルタには早朝に到着。何か空気が悪く、すぐに喉が痛くなる。バスで一時間かけ、隣の空港へ移動。街はまだ真っ暗。空港に着くと朝食。立ったまま空港入り口でハンバーガー。腹に当たるのにビビって一つだけ恐る恐る食べる。いざという時に腹が!じゃ洒落にならんし。お腹はかなりすいたまま。
チャーター便で一時間半かけて被災地パダンのある空港へ。空から見る限りではそんなに被害は感じない。しかし、ここまで来ると【早く現場に行き、何とかしたい!】という気持ちが強くなってくるのが自分でわかる。その反面、【慌てるな。ここは日本やない。何が起こるかわからん。】という自分も。今、考えて見るとかなり冷静だったように感じる。
空港に着くと凄い人集りが。【ジャパン!サンキュー!】と言う声があちこちから。
次の移動までの間、軍の航空機格納庫で待機。ここからが凄かった。とにかく国が混乱している事もあり、全て上手く行かない。
ビックリする事ばかり。時間は予定通り進まず、昼飯も携帯食で渡されたカロリーメイト。腹減った。機内食食っておけば…。
待ちに待ち、昼過ぎに一つの小隊だけ、資機材はないがとりあえず現場に向かう事に。選ばれたのはうちの小隊。よしっ!と思いながら軍のトラックの荷台で移動。街中に入るにつれ、被害状況が見えてくる。中には大きな倒壊建物も。40分位かけ現場に到着。
ホテルが大規模に倒壊しとる。何やこりゃ?………と思うかと思いよったが以外と冷静。
隊長が状況説明を受ける間も建物を見つめ、【早く助けてやりたい。何とか一人でも。今ならまだ助かるはず。】
活動が始まる。日本チームに与えられたのは生存者の捜索。救助犬や呼びかけ、目視でサーチしていく。建物は斜めに傾き、足場は悪く、瓦礫が邪魔してなかなか進めない。
目の前には軍が発見した遺体もある。しかし、いちいち驚いては仕事にならん。途中、中に生存者がいるかも!という情報が流れ、隊員の士気も一気に上がる。しかしいくら探しても呼びかけに応える声は帰ってこない。資機材はまだ到着しないが隊員はもてる力、技術で懸命に探す。
生存者は見つからなかった。
その時、ふと我に返り、【こりゃ少しいつもと感じ方を代えんと精神的にもたんぞ。】と感じる。
人を助けたい!何とかしたいはいつでも同じ。しかしこの混乱の中、言葉は通じず、資機材の到着は遅れ、日本じゃ当たり前の事が当たり前じゃない。
数時間捜索し、瓦礫の上で思った。
そして自分が立つ瓦礫の下には何人もの人々が埋もれているはず。かなりの死臭が漂い、近くにいる事は確実に感じる。
日本なら亡くなった方々でも、何とか綺麗に戻してあげたいと活動する。しかしこの国は違う。国の考えか宗教的なものか、海外からのチームに与えられるのは生存者捜索のみ。
多分、あの瓦礫の上に立つ隊員全てが、何もできないのかと唇を噛んだはず。
隣では【日本の救助の精鋭部隊がどの国より早く、一番に現場に入りました!】と騒ぐ。
その声を聞きながら、何もできない、何もしてやれない自分に苛立つ。
そんな事を考えていると撤収指示が。
その指示とともに、軍が重機で建物を壊しだす。
その音を聞きながら宿泊ベースへと戻る。
全員がうつむいたまま、何かを考えながら………。
続く…。

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