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カルカッタのダムダムという変な名前のエアポートに降り立ち空港のロビーにで出るといきなり、「私は悪人です」と顔に書いてあるような痩せた白いシャツにオヤジとモーレツア太郎にでてくるデコッパチが眼鏡をかけたような幾分若そうなしかし年齢不詳な赤いシャツの青年に取り囲まれた。
まず悪人がものすごい早口な英語らしき言葉でなにやらまくしたてた。
次に間を全くおかずつぎにデコッパチが私の方をみて「アナタワニホンジンデスカトウキヨウアルイワオオサカアラキマシタカインドハハジメテデスカドコイキマスカ」とこれだけのニホンゴの文面を全く文節をきらず息継ぎもせずいっきにしゃべりきった。
わたしは意表をつかれ、そしてあまりの可笑しさに爆笑してそのばにへたりこんでしまった。
赤シャツのデコッパチはそんなわたしをみて明らかにビビッた顔をした。
その顔をみて更に可笑しくてわたしはまたひとしきりわらいころげた。
悪人の白シャツはそんなわたしを恐ろしく怖い目でじっとみていた。
どうやら、白タクの運転士とその助手であるらしかった。
わたしは笑わせてもらったお礼にとりあえず彼らについていくことにした。
彼らの車には「HONDA」と書かれたステッカーが貼ってあった。しかしそれはわたしがそれまで一回もみたことがないホンダの車だった。車の中にはもう一人痩せてチョビひげを蓄えた挙動不信の男がすでに乗っていた。
「誰だ?」と問うと赤シャツのデコッパチが「ワタシノアニデス」と答えた。
私と悪人とデコッパチ、それとデコッパチの兄らしき男の4人を乗せた「HONDA」は一時間ほどでカルカッタの町の中心らしきとこにはいっていった。
さきほどからポツポツと降り始めていた雨脚がだんだん強くなったきた。
曇った車のウィンドウごしにいろいろなものがみえた。
何十頭という牛が都会の真ん中を列を作って行進していた。
それを率いているのは人間ではなくて、ひときわおおきなリーダーらしき黒牛だった。
ボロボロの年代物の路面電車が隣を平行に走っていた。
車体の両側やうしろにも沢山の人がへばりつくようにぶら下がっていた。
サダルストリートについて車をおりた。
相場よりかなり高い料金を払ったからかもしれないが、例の三人集は上機嫌だった。
デコッパチが「ヨイタビヲ、ワタシノトモダチ」といって握手をもとめてきた。
わたしが車をはなれて30メートルほどいったとこで振り返ると三人集はまだ車のなかから手を振っていた。
インドの町は陽もくれかけていたせいか、そんなに暑くなかった。
「インドってこんなもん?」というかんじだった
私は雨にぬれながら、町を歩いてみた。
腐った果物と匂いとうんこの匂いがした。
何故か臭いとはかんじなかった。
香ばしい匂いだった。
とりあえずさっきの三人集も含めてインドの第一印象をわたしは好ましく感じた。
「ホテルマリア」の場所はすぐにわかった。
ゴッホの絵のような明るい黄緑色に外壁を塗られたおおきな二階建ての建物だった。
おおにな二階建てというのもへんな表現だが、ほんとうに「おおきな二階建て」だった。
建物の入り口付近にテーブルと椅子がおいてあって、どの強い眼鏡をかけた老人が編み物をしていた。
わたしはズボンのポケットからオサムの写真をとりだし、そのお老人に問うてみた。
「このひとがココに泊まってるとおもうんですけど知っていますか?」
老人は編み物をしている手を休めるとわたしから写真を取り上げ、3分間瞬きもせずジ〜っとみていた。
そして、突然すくっと立ち上がった。老人とは思えない軽やかな身のこなしだった。
そして、わたしにむかって「ついてこい!」という仕草をして、まるでタップダンスを踊ってるかのような足取りで階段をのぼっていった。
階段の上は大きな踊り場になっていて、大きな黄色い扉があった。
老人が扉向かって体当たりをすると、扉はキイいイイイ.....という変な音をたててゆっくりと開いた。
そこは30畳ほどの広い部屋だった。壁は一面緑色に塗られていた。扉から向かって正面に畳3畳分くらいの大きな窓が開けっ放しになっていて、生暖かい外気が吹き込んでいた。
部屋には20台ほどのベッドが並べてあり、5人の東洋人らしき男たちがそのうちの一つのベッドに集まって腰をおろし談笑していた。彼らはみんな上半身裸だった。
老人はツカツカと部屋にはいると、ベッドの一つを指差して荷物をここにおけと指図した。
わたしはいわれたとおりに荷物をそのベッドにおろし腰掛けた。
上半身裸の男たちの一人がジロリとこちらを睨んだ。
わたしは「Hai!」ととりあえず英語風の挨拶をした。
老人が言うには、オサムをよく知ったヒトがこの部屋の私が座っている隣のベッドに泊まっているついうことだった。しかしそのヒトは今、プリーというところへ小旅行にいっていて、2,3日しないと帰ってこないというとこだった。
「それまで、ここに泊まっていきなさい、そのほうが貴方もいろいろわかるとおもうから..」
そういって、老人は宿帳のようなものをわたしに渡し、これに名前とパスポートナンバーを書いておくようにいうと部屋からでていった。
「ホテルマリア」のドミトリーの宿泊客の大半はマザーハウスで働いていた。
彼らは身よりのない路上生活者で病気になって動けない人たちの世話をしてた。
彼らは夜9時になるとゾロゾロと帰って来た。
そして、朝7時になると、またゾロゾロとマザーハウスへ出かけていった。
また、なぜか、彼らのほとんどは韓国人だった。
わたしは一応上半身裸の男たちの中で一番首が太いひとにオサムの写真をみせて訪ねてみたが、
「自分は半月ほど前に来たばかりなので知らない」ということだった。
マザーハウスに直接行ってみようかともおもったが、自分の様なのがそういうところに行くのもバチあたりのような気がしたので、素直に隣のベッドのヒトが帰ってくるのを待つことにした。
ホテルマリアの前に屋台で営業している小さな韓国料理店があった。
店主は小柄でいかにも実直そうな人だった。
わたしはここで遅めの朝ご飯をたべた。
キムチがたくさんはいったチヂミだった。なかなかおいしかった。
さて、とりあえずオサムを知った人が帰ってくるまで時間を潰さねば鳴らなかった。
わたしはとりあえず道ばたにすわりこんで、日本から持って来た「地球の歩き方」を広げた。
「すみませーん!」
不意に日本語が聞こえて来た。顔を上げると真新しい小ぎれいなTシャツと大きなピカピカのバックパックを背負った青年が立っていた。
「日本の方ですよね〜?地球のあるきかたもってるから〜」
一目みて「プクプクバフ」と名付けたくなるような面持ちのデブだった。
「ン?そうだけど?」
「よっかったらそれみして貰えませんか〜探してるホテルがわからないんですよお!」
「ン?いいけどサ..あんたガイドブックくらいもってないの?」
「アーおれガイドブックは持たない主義なんですよ〜」
その言葉とプクプクバフのニヤケたツラを見てたら何だか無性にはらわたが煮えクリかえってきた。
「やるよ!!コレ!!もってきな!!」
わたしは「地球の歩き方」をその男に投げつけてスタスタと歩き出した。

とりあえず大通りに出て、しばらく歩き、露天が立ち並ぶ賑やかそうな狭い路地があったの
で左に折れてみた。
ふと、前方から人ゴミをかきわけて何か小さな物体がもの凄いスピードでこちらの方に駆け寄ってくるのが見えた。
腰からした、下半身のない男だった。両腕が完全に足がわりになっていて、筋肉が盛り上がった逞しい腕を器用につかって、ほとんど五体満足の人間が走るのと変わらない速度でこっちにやってきたのだった。
首からは小銭のはいった、銀色の空き缶のようなものをぶらさげていた。
「バクシーシ」その男はわたしの目をみていった。
その男は一目みて、なんと言うか...カッコよかった。
乞食で在るにもかかわらず、その目は澄んでいて、ひとに媚びるようなとこが全くなかった。
首に巻いたボロボロの黒いマントがイカしていた。
さっきのプクプクバフとは、人間の格において格段の差があるように思えた。
わたしはいくらかのお金をあげるかわりにお伴させてくれと身振り手振りでその男に伝えた。
男はわたしの言ってることを理解すると、首を大きくふりマントを一回転させて、軽くウインク
して「ついてきな!」と言った。そしてきびすを返すと、その両腕を動かしてペタペタペタペタと駆けていった。わたしは小走りで男の後を追いかけながら名前を訊いた。
「ファッツ ユア ネーム!!」
男は「エマ!!!」とそこら中に響き渡る澄みわたった声でそう答えた。
わたしはエマと一緒にカルカッタの町をひたすら歩いた。
太陽はきのうと打って変わって、ギラギラと輝いており、町の風景は乾いて、空気が黄色くにごって見えた。
わたしとエマはほとんど言葉をかわさずに、わたしは足で、エマは腕でひたすら歩いた。
わたしたちは、ときおり互いの目をみつめあった。
そして、ときに声をだして笑い合った。
エマの乞食としての実入りは凄いんじゃないかとおもった。
人とすれちがうとき、エマは小首をちょっと斜め後方にしゃくりあげ、ひとの目をみて「バクシーシ」という。その目は人を威圧もせず、人に媚びもせず、透明で澄んでいて、しかも何かを確実に語っていた。
多分、世界をそのその懐でまんま覆ってしまいそうな愛に満ちた何かを語っていた。
道行くひとは、確実に何かにうたれ、彼になにがしかの金を恵んでいた。
お昼時になり、彼は今日の実入りの金の幾ばくかで、道ばたの屋台でサモサを二つ買うと、一つをわたしにくれた、乞食にものを貰うのも妙なきがしたが、わたしたちは、街路樹の木陰にすわって二人で昼食をとった。
わたしは日本語で「おいしい!おいしい!」というと、エマもわたしの口調をまねて「オイシイオイシイ!」といった。
わたしたちはまたひとしきり笑い合った。
午後もエマと一緒に黙々とカルカッタの町を歩いた。
夕方、薄暗くなり、いくらか涼しくなりかけた頃、わたしはエマとまた会う約束をして別れ、ホテルマリアに還ってきた。
大方の人はまだ、マリアハウスから帰って来てないらしく、2階の大部屋は居心地悪そうに、なにやら雑誌を読みながら、キョロキョロしている一人の西洋人がいるだけだった。
わたしはベットに横になった。天井には大きな扇風機がゆっくりと音をたてて回っていた。
さすがに疲れていた。
しかしそれはこれまで体験したことの無いような心地いい疲れだった。
エマの顔が扇風機に重なった。明け放れた窓からは、あのココナッツオイルと雲古の焼けたようなカルカッタ独特の匂いを含んだ心地よい風がブウブウというクラクションの音と一緒に吹きこんでいた。
階下からはあのけたたましいインド映画の流行歌の甲高い歌声が聞こえてきた。
それを聞きながら、わたしはやすらかに眠りに落ちていった。
<続く>

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