*菜の庭学舎*は、 天王寺ナーサリーとして、乳幼児の発達と親の学びの親子クラスと新生児の訪問ケアを、天王寺学舎として小学生クラス、大人向けのアントロポゾフィーの講座を開設しています。 場所は大阪市内、天王寺周辺。 すべての講座に関してのお問い合わせ、お申し込みは、kodomonojikan_osaka★yahoo.co.jpもしくはフェイスブックのメッセ−ジでご連絡下さい。(★を@に変えて下さい。) フェイスブックではクラスの様子をお伝えしています。 https://m.facebook.com/kodomonojikan.osaka/

2012/4/2

1年を振り返って・・・2  プレイクラス

 前回のAちゃんのお母さんのご感想の続きです。


プレイクラスの感想

通い初め40分の大泣きから始まりましたが、
あっという間に「子ども」はナーサリーよりプレイクラスが好きになりました。
通い始めは一体娘にどう影響があるのか?分からずでしたが
次第に近所で会う友達との遊び方や、
子供を怖がることも少なくなり(私のせいで最近復活しましたが)
私との距離も今までより取れるようになり
手の洗い方が丁寧になったり
一人遊び、空想遊び、お人形で遊ぶ時間がぐんと増えました。

プレイクラスより帰宅すると一日上機嫌で、生き生きとし
快活に動き、、別人のような日も多々ありました。
本来、こんなかろやかな子なんだと気付かされました。
私自身の課題の大きさも浮き彫りになりました。

中略

ナーサリーに夫が最後に同席した際
「子ども」がコップを運んだり、家とは全く違う
生き生きとお手伝いをする様子に
自分たちの在り方、見に染みついた習慣について
話し合うきっかけになりました。

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プレイクラスの初日はじめてお母さんと離れて過ごす体験をした彼女は、40分間大きな声で泣き続けました。この状況を見たナーサリーから移行した別の子どものお母さんは、プレイクラスを止められました。

子どもが「泣く」ということはとても大切な活動です。何故泣いているのかに関心を寄せることで「待つ」あるいは「対応する」ことが可能となります。

痛みや、苦しみから来る「泣く」状況なら「対応」が必要になります。
「不安」だったらその子どもにとって安心できる人が寄り添えばいいでしょう。けれども、「何かを決心」するまでの橋渡しの時もあるのです。
そして、このような時に泣ける子は健全です。
親の方の都合により泣くことを回避させてしまわれ続けた子どもは、泣かずにゴネ続ける、要求を同じ言葉で言い続ける、甲高い声でキーキー言うような状態になります。

子どもを表面だけ見ていてはそれは理解できないでしょう。お母さん自身の不安から子どもをとりあえず「泣かさないように」あれこれ手立てを講じると、子ども自身も本当の意味での内面を表現するほどの言語を持っていませんので、あれこれ言ってはみるものの、「表現の的が外れている」ので親は振り回され、結果子どももさらに混乱に陥ります。このような対応を日常の中で【習慣化】していると、子どもに何らかの環境の負荷が掛かる度に自分で乗越えるのではなく、親や周りに対応してもらうことが当たり前となっていくのです。それはその子どもの「個性」ではありませんね。しかしそのままの状況が進むとその習慣はその子どもの心身と一体となって行きます。さらに状況が悪くなることが懸念されます。それは子どもの発達を滞らせてしまいます。いろんな機能が発達しないまま、使えるところだけを使うようになるのです。これが周りから見ると「こだわり行動」「執拗な繰り返し行動」「消極的」に映ることにもなります。

上記のような対応は親の「めんどくさいから」「やっかいはいやだから」「泣いた状態で置いていると自分が悪く思われるのが嫌だから」という子どもにとっては理解されていない、冷たい態度となります。その冷たさは身体をも冷やしていきます。そして冷たさからくる様々な症状の発症となるでしょう。


話をAちゃんに戻します。
40分泣いた後、生き生きと遊び始めました。親子クラスでは観れなかった活動的な様子を現わし始めました。
この日の外遊びの様子。

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2回目のプレイクラスの時も一瞬泣き始めましたが、「あー」と声を出そうとしても続かなくて笑っていました。まるで泣く必要がないことに気がついたようにバツが悪そうにして、でもすぐに笑顔になり室内遊びを展開し始めました。
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言葉ははっきりと発音が出来る彼女に今一番必要な事「身体的な模倣」を意識しながら半年間のプレイクラスを共にすごしました。

しっかりと歩行ができるようになり、四肢は伸びやかに身体を支える事ができ、お弁当包みを結べるほど手先も動くようになりました。生活のリズムが狂わなければ肌も安定してきました。

触覚、生命感覚、自己運動感覚、平衡感覚は彼女の中で調和しています。この春3年保育で幼稚園に入園してから、さらに個々の発達がその全体的なバランスを取りつつ発展していくことでしょう。

子ども特有の、実在するけれども、大人には見えないお友達はいつか姿を消すときが来ます。それまでゆっくりと現実とその背景にある世界を自由に行き来しながら、ゆっくりとこの地上的な身体を「自分のもの」にしていくことを引き続き少し離れたところから見守りたいと思います。



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