*菜の庭学舎*は、 天王寺ナーサリーとして、乳幼児の発達と親の学びの親子クラスと新生児の訪問ケアを、天王寺学舎として小学生クラス、大人向けのアントロポゾフィーの講座を開設しています。 場所は大阪市内、天王寺周辺。 すべての講座に関してのお問い合わせ、お申し込みは、kodomonojikan_osaka★yahoo.co.jpもしくはフェイスブックのメッセ−ジでご連絡下さい。(★を@に変えて下さい。) フェイスブックではクラスの様子をお伝えしています。 https://m.facebook.com/kodomonojikan.osaka/

2009/9/6

2009夏クラスのご感想。  クラスに参加した方の感想

'09夏のコドモノジカンにご参加いただいた方からの感想です。

・6歳男の子(参加日数10日)
 今まで幼稚園以外では、祖父の家や親戚の家でも、親から離して預かってもらった事が全くなかったので、今回のような機会は、子どもにとって非常に新鮮で又貴重な体験であったと思います。
 子どもは伊藤さんのお宅で、ゆったりとした時間のなか、遊ばせて頂き、お昼ご飯を頂けることを毎日楽しみにしていました。
 家に帰ると毎日、何か新しい発見を話してくれました。「伊藤さんの家は木のおもちゃしかないよ」とか「伊藤さんのお家はヒミツの部屋があるねんて。」とか「伊藤さんは子どもの誰にも怒ったりはしないねん」などなど。
 夏クラスに行き始めて、家での遊び方もがらりと変わりました。今までは、プラスチックのブロックで何かの武器や剣を作って遊ぶのが好きだったのですが。夏クラス以降は、布を頭から被って画用紙で冠ををつくり「○○の王様になった」とか、机に布をかけて家にある人形をつかい人形劇ごっこをしたり、ファンタジーの世界で遊ぶことの楽しさをより深く知ったような気がします。
 昨日も家の納戸で、つっぱり棒に布を二枚かけて、いすで布を押さえ、布で仕切られた小さいスペースを作り「おうちごっこ」をしていました。
 家での遊びだけでなく、夏クラスで簡単な料理の体験をさせて頂いているせいか、私が台所に立つと、夕飯の野菜を切りたいとせがんだり、味噌汁を作りたいと言ってくるようになりました。その度に、夏野菜を切ってもらったり、庭のトマトを収穫してきてもらったり、夏休み中はいつもご飯作りの手伝いをしてくれていました。
 子どもにとって、夏クラスで一番楽しかったことが「ぬらし絵」のようでした。家でもしたいから…と、毎日のようにぬらし絵の絵の具を買ってほしいとせがまれていました。伊藤さん宅で作った竹の団扇を絵の具で着色したものは、夏休み中外出するときはいつも持ち歩いていました。
 また、夏クラスが終わって、10日程たったある日、急に「Nちゃんはどうしているのかなぁ。また遊びたいなぁ。もう会えないのかなぁ。」と夏クラスでいつも顔を合わせていた子を思い出していました。その一言を聞いて、伊藤さん宅での夏のクラスの経験が、子どもにとってかけがえのない楽しいものであり、それらの経験が心の奥底に沈んでいるのだと改めて思いました。
 夏休みの10日間、ヴァルドルフ教育の視点で子どもを観て頂き、多くの経験をさせて頂いて大変良かったと思います。子どもは正直で、自分にとって心地のよいもの、自分が必要としているものはすぐ分かるようで、家でもすぐに真似をして、自分の中に取り入れようとしていました。これからも、子どもの中に芽生えたファンタジーの芽を摘み取ることのないよう、心がけたいと思っています。




 まだまだたくさんのご感想をいただいています。ありがとうございます。
 できるだけ率直なご意見や疑問に思ったことをお聞かせ下さい。是非ご感想とあわせて書いていただけましたら今後のナーサリーに生かして行きたいと思いますので、よろしくご協力のほどお願いいたします。

 ナーサリーに来ると、子ども達はご自宅でのまたは他所での普段の様子と違う面を見せ始めるようです。私は何もしてないのですけど。でも何もして無いというと怪しく思われるので、一応説明らしきものを。

 ナーサリーでは、子ども達にとって身体がその子ども自身のホーム・スイート・ホームになるといいなと、そこに焦点を当てています。
 その普段と少し違う行動や様子が、大人にとって好ましいか好ましくないか?が問題ではなく、何がその子自身の成長のバランスを阻害しているか?を受け止めることです。実は子どもから教えてもらうことのほうが圧倒的に多いのです。子どもは私の先生です。子どもの様子を親御さんに通訳している感じに似ています。ですので、聞き漏らさないように注意深く観察します。

 この上記のご感想とは違って、ナーサリーに来ると、家では見せない乱暴な行動に出る子どももいます。それを出せるようにしています。なぜなら、内にマグマを抱えていることはとてもしんどいことだからです。子どもは幼くても親の機嫌は良く観ています。感受性の外向きの気質(胆汁質、多血質)であればあるほど、それに応えようと子ども自身が対応するのです。何故なら彼ら(胆汁質、多血質)は外の印象にいつも心が奪われているからです。その結果、親の前では抑えていた何かが、ナーサリーでは許されることとして出てくるようです。大人が強く制することを繰り返すと、もちろんそれ以外の気質でも同じ作用が起こりますが。
 以前にも書きましたが、強くしかる言葉を「○○ちゃん!」という言葉に変換した上でしかっても同じですね。無言でも、「一体この子は何てことをするのよ!」と大人が思っていたら、自分にどんな感情が向いているか子どもは知覚しますので、同じです。

 制することが必要なことが多く起こるとき、どのように対応することが子どもの成長の助けになるのでしょう。それはおよそ0歳から2歳半、2歳半から5歳、5歳から7歳と当然、発達段階によって変わります。

 子どものありのままを受け止めるという言葉はかなり危険な言葉です。人によって解釈が違うので。
 押さえ込んでるもの、または足りない刺激がどのようなものか?ということをまずはそのまま子どもが身体で表現することを可能にし、できるだけフラットな状態になることで、私たち大人は、この子にとって何が必要か?を教えてもらうことができるのです。そしてそのための環境はどのようなものである必要があるか?を模索します。
 その環境を提案することは私ができても、日常の中で実行することができるのは他でもないおやごさんなのですが、ナーサリーではその親御さんの気持ちが萎えないように、勇気を持って子どもの今を受け止めて対応できるようにとクラスと同時に講座を設けています。

 ですので、ナーサリーでは個々の子どもに対応しています。同時にお母さんにも個々の対応を心がけています。お母さんが育った環境、今現在の価値観等みなさん違うからです。(だからと言って、こちらから生育歴や価値観を聞くわけではありませんのでご安心下さい。)
 ナーサリーはまた、親御さん自身がご自身をホーム・スイート・ホームと感じられる自尊心を思い出していただけたらと願っています。
 今現在選択されている様々な子育て方は、誰の思考、感情、意志が決めたものでしょう?もしくはその3つの領域(思考・感情・意志)のどれかが「?」という信号を出していませんか?
 「そうするのがいいと世間一般で言われてるから」という選択は、ご自身の3つの領域のうち何が納得していて何が無関心を装っているのでしょう?

 今はまだ小さな子どもたち=偉大な建築家達が、20年後に生き生きと働いたり研究したり、耕したり、守ったりしているイメージを抱きつつ、秋のナーサリーも小さく地味に(笑)続けて行きたいと思います。

 
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