*菜の庭学舎*は、 天王寺ナーサリーとして、乳幼児の発達と親の学びの親子クラスと新生児の訪問ケアを、天王寺学舎として小学生クラス、大人向けのアントロポゾフィーの講座を開設しています。 場所は大阪市内、天王寺周辺。 すべての講座に関してのお問い合わせ、お申し込みは、kodomonojikan_osaka★yahoo.co.jpもしくはフェイスブックのメッセ−ジでご連絡下さい。(★を@に変えて下さい。) フェイスブックではクラスの様子をお伝えしています。 https://m.facebook.com/kodomonojikan.osaka/

2018/3/16

基準額について  社会三層構造について

 菜の庭学舎では、年間通してのクラスに関しては、自己申告(基準額提示)でお受けしています。

 お支払い頂く方に、自己申告で参加費を納めて頂くというこの方法において、金額を決定して頂くに当たり考慮に入れて頂く必要になるのが、この天王寺ナーサリーの活動が継続するための目安の基準額です。

 参加して頂く親子に対して「この子どもの発達には、もしくはこのおやごさんには大きな課題があり手間が掛かるからより高い参加費を要求する、もしくは対応を増やす必要があるので追加料金が発生する。」などと等級分けや段階別対応料金のような「価格提示」もしくは「料金表」は避けたいと考えます。

 なぜなら子どもの発達の問題と各家庭の経済事情は別であり、経済的な格差によって子どもの発達支援に格差を持ち込むこべきではないと考えるからです。

 トータルで私の家族とスタッフの家族の生活できる経済基盤があれば活動が継続でき、参加者それぞれの家庭の経済事情が違って参加費が違っても、子ども一人一人に向き合うことが出来ます。

親御さん方の経済的な相互理解のご支援によって、育児と経済の問題を切り離しフラットな関係性を支援の基礎とする事で、一人一人の都度の問題に対応するのに必要な場所やモノを臨機応変に選択していける自由を最大限に活かせることへの感謝をもって支援活動を行います。

人間が人間らしく成長していく場として機能していきたいと考えています。

経済的に余裕がある方、天王寺ナーサリーの活動ををご支援していただける方は、基準額以上の参加費をお願いできれば幸いです。その増額分に支えられて経済的に厳しいご家庭もお受けすることができます。


 人間の能力に価格がつく現代では、能力の差によって「経済格差」が生まれます。「労働と対価」という関係からの解放をご一緒に実践してみませんか?
一人一人のお金に対する価値を捉え直すきっかけとなれば幸いです。拝金主義と対価主義は社会システムだけにあるのではなく、一人一人の価値観の反映だからです。



 精神の領域での自由
 法の下での平等
 経済の領域での友愛

 人類が発展史の中で掲げてきたこの「自由、平等、友愛」はそれぞれが担う社会領域があるということ、それぞれが間違った領域で活動することから混乱と崩壊が生まれると考えます。

 もちろん、上記のことを到底受け入れられないと言う方で、クラスにご参加をご希望の方は基準額を参加費として考えて頂いても問題はありません。



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2013/5/5

2013年 子どもの日に思うこと  社会三層構造について

 周りを基準にして生きることが、あまりにも当たり前になってるこの社会で、周りの基準が操作されたモノでも、極端に偏ってるモノでも、その異常さに気がつかない事があることは、驚くに値しないでしょう。

 放射性物質の基準値もそれですが、公教育の質、地域コミュニティーの質、ネット社会の質も同じです。

 人がその異常さに気づくか気づかないかは、1.自分が痛い目にあう 2.家族が痛い目にあう 3.社会に対する関心(物事の本質を知りたいと思いながら生きている)というきっかけが考えられます。 
 
 こどもの日に総務省が発表した子どもの人口の調査結果をみると、大阪府は、原発事故があった福島県と同数の前年度から1万1000人の減少で全国でもワーストです。

 さて、天王寺ナーサリーのクラスにいる子ども達にできうる限りの良い環境を整えたいということから、つたなく小さな実践ではありますが、スタッフの育成をはじめました。

 おやごさんからの参加費も自己申告制としていますが、同じくスタッフの方の報酬も自己申告制としています。前者の方からは「天王寺ナーサリーの活動に対して各ご家庭からご協力いただける額」を後者の方からは「この仕事に携わるに当たって生きていくのに必要な額」を申告していただいています。
 パートナーに一定の収入があれば無償で引き受ける、学びや仕事に就くためにかかる経費を申告する、一人親なら子どもを養える額を申告することが必要になります。労働時間、能力によって決めるのではなく、それぞれの価値観で生きていくのに必要な額を申告するということです。
 
 ですのでスタッフは初心者でも可能ですが、実践しながら学んでいく姿勢のある方にお願いします。本来なら何らかの修行の時期ですので一般的には無報酬となるか逆にノウハウを学ぶために受講する立場なのかもしれませんが、それをこちらから設定することはありません。

 但し、子ども達をスタッフのスキル向上のための実験台にするわけではないので、スタッフの方へは妥協することなくお伝えしていきたいと思っています。

 現在、参加者には基準額を設定しています。スタッフには基準額を設定していませんが現実に対応できる報酬額は「参加者から戴いた総額」によって決まります。

 このやり方が理想の最終のかたちではありません。

 この実践を通して、子どもを導く大人として「お金」にまつわる意識を覚醒して行ければと願っています。なぜなら、社会が拝金主義である限り、人間らしく成熟することはとても中途半端な上に、崩壊を避けられないからです。


「経済過程を変化させて、その中で人間の労働力が正当な在り方をするようにしようとしても無駄である。この労働力を経済過程から引き離して、商品の性格を取り去ることができるような社会的な力を見出そうとしなければならない。」―【現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心】R.シュタイナーより抜粋

 月給であれ時給であれ能力給であれ実績によるモノであれ、人間の労働力(能力)によって対価を決めるのは人間を商品と見立てている奴隷制度と変わらないのです。だからといって、一律に決めるというのは、個人の意志が活かされません。だから経済の領域には人間がもつ一つの能力としての「友愛」が必要になるのです。愛はその可能性を誰もが持っているとしても、育てなければ存在を隠してしまいます。

 「経済の流れに意志的に向かう友愛」
 「法の下での平等」
 「精神における自由」

 「愛」「平等」「自由」はそれぞれが相応しい領域があるということです。この3つがどこで力を発揮して良いか混迷しているのが現代の課題だと思います。

 





 
 

 
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