2007/4/18

自分の身を盾に、銃乱射事件から学生を救った教授  ニュース

六十数年前、ユダヤ人大量殺害を生き延びた老教授が、無分別な銃火の前に身を投げ、教え子たちを救った。

連日世界中のテレビで報道されている、バージニア工科大学での銃乱射事件。オーストラリアでも例外なく、トップニュースとして報道されている。
その中で、asahi.com に書かれてあったこの記事に心打たれたので、引用させてもらい、紹介したいと思います。


バージニア工科大学での銃乱射事件で16日亡くなった犠牲者の一人、イスラエル人のリビウ・リブレスク教授(76)は、第2次大戦中のホロコーストの生き残りだった。

 AP通信によると、リブレスク教授は、教室の中に容疑者が入ろうとした時に、撃たれながらも手でドアを押さえ続け、学生たちを避難させた。

同通信の電話インタビューに応じたテルアビブ在住の同教授の息子、ジョーさんによると、助かった複数の学生たちが、教授の妻マルレナさんあてに、その状況を電子メールで伝えてきたという。

 報道を総合すると、リブレスク教授はルーマニア生まれ
ナチスドイツの占領下で、ユダヤ人迫害を逃れた。ブカレストで流体力学の博士号を取った後、78年にイスラエルに移住。

航空工学の権威で、85年に研究休暇を過ごしたバージニアが気に入り、工科大の教授に就任した。

16日はくしくも、ワルシャワ・ゲットー蜂起を記念してイスラエルが定めた「ホロコースト追憶の日」だった。

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2007/4/18

ゼロから1年で大学レベルの英語を身につけたルーマニアの学生  英語

ゴールドコーストのTAFE Collegeの先生から聞いた話。
今までで1番熱心に英語の勉強をした生徒の話として、ルーマニアの女の子の話をしてくれた。

家族でオーストラリアに移住してきたその子は、オーストラリアに来た時、全く英語が話せなかったそう。ルーマニアの田舎で学校にもろくに行けなかったから。14歳からは全く学校に行かせて貰えず、ひたすら家で農作業の手伝いをさされたらしい。
彼女は勉強をしたくてたまらなかった。

で、オーストラリアに移住して、英語を勉強をし始めた。移住者は日常生活に困らないだけのレベルまでの英語の授業を、TAFEで無料で受けられる。
勉強したくても学校に行けなかった彼女は、必死で勉強した。いつ見ても勉強してた、と。そして、なんと1年後には大学に入学できる英語のレベルに達して、今大学で勉強しているそう。

オーストラリアの大学入学の英語のレベルというのは、結構大変で、アメリカのTOEFLのように文法がわかり、リスニング&リーディングが出来ればいいというわけではない。ライティングとその上、スピーキングテストもある、トータルな英語能力を求められる試験である。
それを見事1年でパスするとは・・・。

概して、社会主義だった国の人たちは、勉強する意気込みというか、態度、熱心さが私達とは格段に違うように思う。中国人もそう。娘の親友は東ドイツからの留学生なのだが、頭のよさのレベルが違うらしい。1度習ったことは全て頭に入っているそう。だから大学の全てのクラスで断トツトップらしい。ネイティブのオーストラリア人もみんな彼女にわからない事を聞きに来るらしい。

小さい頃から勉強をいやいやさされてきたと思っている私達(少なくても私は)と、本気で勉強したいと思っている彼女達とは、きっと脳の切り替えスイッチが違うんだろう。脳がフル回転するスイッチを持っているんだろうな、そういう人たちは。

私もいい加減この辺で、脳がフル回転するスイッチを入れたいものである。
(え、そんなものが私の脳にあるかって? ウ〜〜ン、それが問題だ。)

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