なんか天気がよくなかった印象があるこの年の9月でしたが、第2週となった13日はその典型的な一日でした。当日は雨降りとなるも昼前には止むとか言う予報で確かにシトシトと、当日未明には降っておりました。
今日はゴハチ89のレインボーを撮るのに、こんな雨降りでは露出が出なくて沈没してしまうよ・・・
雨に濡れる駅構内を恨めしく眺めた、高崎の夜。明けてぞ今朝は、いざ覚悟の出撃。
一応駅前かどっかのコンビニで買った傘を持って、上り初電で本庄に向かいそこから望遠専門撮影地『ウラポン』にいきます。尤も十何年も経ってくると、どうやって行ったかも忘れるもので実の所、本当に上野行きの初電で上ったか、或いは高崎で鉢合わせした知り合いのクルマで向かったか、その辺の記憶がdでたりしますが…あ、211系の初電で上がってから「アレ?(´・ω・)さんじゃないですか!」って知り合いに呼び止められて、それで一緒に撮ることになったんだっけ。今、思い出しましたw
記録によれば、撃ち出しが8003M、189系11両編成の「あさま73号」からですから朝も8時過ぎてからやっとこ、と言った風。しかし雨はまだ降っていて、皆傘を差しながらの撮影です。まだシトシトと雨が降り続いている0840時
「さよなら碓氷峠レインボー」が、予定通りEF58 89牽引で通過。
↓9301レ

パンタグラフの摺り板から水飛沫を噴きながら
カメラを構えて待ち受ける鉄ちゃんに向かって
「タヒねや」と叫ばんばかりの高速で橋梁を渡るパック。
それがゴハチだと知っていても
さらにそれが「通常営業」のゴハチだと解っていても
露出の厳しい中でやられたら、もう…
雨の中で鉄ちゃんなんて、今だに滅多にやりませんが
あの時のパック程恐ろしいものは見たことがありません。
まだ降ってますが、だいぶ降り方が弱まってきた頃。
貨物を1本挟んだ次は、0911時
EF62 46牽引の12系客車8連による「さよなら碓氷峠」号。
↓9347レ

今ならホトショでファイル作って
転写してしまえばすぐ立派なのが出来る時代。
立派なのに越したことはないとは言えど
この頃はまだ、手描きの手作り感がウケていたものでした。
後でもう1回同じ列車を撮った時に
別ver.の『看』があることが分かるのですが
それはまた次以降の話に置いとくことにします。
ロクヨンの仙一、もといEF64 1001牽引の旧型客車による
「レトロ碓氷号」なんてのも走りました。
6日の編成から2両抜いて、替わりにスハフ32を足し
便洗代用12系客車を逆位置に繋げた
見たところ先週6日の編成をいじった編成は
時刻表に掲載のない団体臨時列車か何かで
通過は昼頃だったと思います。
しかし、この列車だけ時間を記録してなかったので
詳細は(ちょっとよく)不明と。
↓9321レ

次から次と機関車牽引で信越線に抜ける
列番9300代の列車が岡部〜本庄間を駆けて行きます。
朝っぱらから待ち構えるこちらも
コレだけネタがあれば帰るに帰れません。
列番、列車番号を振る方も苦心したんではないか?と思う所。
しかし、EF62は3両しか本線上を走ってないので
信越線、碓氷峠がらみの列車はここまで。
ですが、もう1本。
↓9713レ

つくば万博が開かれた折のお召し列車牽引機
EF81 81の牽引による、お座敷列車「江戸」の団臨。
碓氷とは余り関係ない列車(列番9700代は高崎・上越線へ抜ける)で
ホントならコレを撮らずに、もう帰ろうかと思ったのですが
今朝方俺を呼び止めた知り合いの彼に
「(´・ω・)さん、コレ撮ってから引き上げましょうよ」
と教えてもらったので、さらに居残りで撮った次第。
数十人はいたウラポンの鉄ちゃんも
この時には半分ぐらいに減ってました。
やっとこ全ネタを撮り終えて
件の知り合い氏のクルマで、彼の実家近く
宇都宮線の某駅まで載せてもらって帰路につきました。
せめて雨さえ降らなきゃ良かったんでしょうが
パックの牽引(列車)なんて是非に一度は行かねば
そう思ってましたから、この日は貴重な一日になりました。
しかし、パンタの摺り板から水飛沫噴いて走る列車は
この時初めて見ましたけど、本当に怖かったです…
ショートしないんですか?アレ。
怒濤の一ヶ月は、まだまだ続きます。
(また次回)