2009/1/22

天使の声  クラシック


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Toshiba EMI TOCE-4080 CD 1997


此方では,アフリカ系アメリカ人歌手のジェイシー・ノーマンについて述べようと思います。生まれは米国ジョージア州オーガスタの出身。両親は揃って音楽愛好家で、ピアノを得意とする母親と、地元の教会で聖歌隊員をつとめた父親との間に生まれました。ハイスクールまでを地元オーガスタで過ごした後、奨学金を得てハワード大学に進学します。同校を卒業後、ミシガン大学に進んで1968年に修士号を取得。翌1969年にミュンヘンARD国際音楽コンクールの覇者となり、ベルリン国立歌劇場にてリヒャルト・ワーグナーの《タンホイザー》のエリザベート役により、オペラ歌手としてデビューを果たします。その後もドイツやイタリアのさまざまな歌劇場に出演を重ねた。1973年に帰国し、リンカーン・センターにおいて母国での公式なデビューを果たす。メトロポリタン歌劇場には、同歌劇場の創立100周年を記念して行われた定期公演のうち、ベルリオーズの《トロイ人》の上演によって初出演を果たました。現在も活躍中のソプラノですが,米国楽壇では"天使の声"と言われるそうです。本人には失礼ですが風貌は、天子とは無縁(最初見た時は驚愕しました。) に感じられますが, 目を閉じて (もしくはレコードジャケットを無視して、) 聴く彼女の声は格別です。澄んだビロードの様な声とは彼女の為に用意された言葉の如く,聴く者を圧倒させます。此処で"天使の声"と言う表現は少しも誇張が無かったと納得します。とても素晴らしい歌手で難役もさらりとこなしてしまいます。黒人と言う事で見た目だけで敬遠する音楽愛好家には残念ながら彼女の実力を伺い知る事は出来ないでしょうが,聴けば驚嘆する事請け合いです。私が何故此処まで前置きを長く書いているのは彼女のワーグナーを聴いたからです。最近はヘンデンテノールも不在で,ルネ・コロ位しか浮かばないのは残念です。イタリア人のプラシド・ドミンゴがジークフーリトを舞台で演じる位ですから益々ヘンデンテノール不足を実感してしまいます。ソプラノも然りです。最近は,シェリル・スチューダ位しか浮かびませんが案外気にも止めてない処に大物は居るものです。前記の事もあり,結局古い録音を集めている訳ですが,やはり居る処には居るもので,見つけては嬉しく成ります。其処でジェイシー・ノーマンに戻りますが,彼女のワーグナーを聴くと戦前のロッテ・レーマンやフラグシュタート,果ては戦後のマルタ・メドールやアストリッド・ヴァルナイ、それとビルギッテ・ニルソンを継ぐドラマチックソプラノだと思います。残念なのは其ワーグナーの録音が少ない事です。つまり多少の存在は在る物の主役級の役を歌った物が在りません!其処で紹介するアルバムが此方のCDです。

1. 楽劇「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死
2. 歌劇「タンホイザー」第2幕~歌の殿堂のアリア「おごそかなこの広間よ」
3. 同第3幕~エリザベートの祈り「マリア様お聞き下さい」
4. 歌劇「さまよえるオランダ人」
     ~ゼンタのバラード「真赤な帆に黒いマストの船を」
5. 楽劇「神々の黄昏」
  ~ブリュンヒルデの告別の歌「ラインの岸にたき木の山を積み」

此処では代表的な役を歌っているので聴いていて嬉しく成ってしまいます。
尚,舞台では割と主役級の役を演じている様です。



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2009/1/18

ウィーンの蝙蝠  LPレコード


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USA London LLP 281/82 1951 2LP


今更ながら聴いて良かったと思ったのは,C.クラウスのJ.シュトラウスです。御存知の通りニューイヤーコンサートの創立者であり1941年から始めました。巨匠最後に成った1954年の新年コンサートはSP盤の復刻で評価の高いopus蔵のCDで聴く事が出来ますが本題は,そこではなく「こうもり」全曲についてお話しましょう!私が所有しているレコードは残念ながら英盤ではなく米盤のロンドンレーベルですがスタンパーは英.デッカ製作ですので殆ど音響上は英盤同等と判断致します。録音は1950年で発売は翌年でした。これを聴くと演奏様式が現在と違う事が判ります。ラトルやムーティで聴くウィーンフィルは往年から比較すると優美さが後退している様に思えます。現にピッチにも変化があり標準に近くなった事から3年程前にはベルリンフィルと合同演奏と言う快挙を成し遂げました。これを進歩と見るかは難しいですが各国の楽団がお国訛りを忘れ標準化するのは寂しいですね!国際的に無個性化が進んでいるのでしょうか?しかし芸術は個性が在ってからこそと思います。誰も普通の人にお金を払いたいとは思いません!ここではウィーン情緒がまだ残る演奏が聴く事が出来ます。序曲からして違います。小気味が良く強音でも鋭角的に成らず軽快な演奏です。歌手達は当時ウィーンをホームグランドとして活躍していた人ばかりです。紹介しますと,アイゼンシュタインは,ユリウス パツァーク、ロザリンデは,ヒルデ ギューデン、アルフレートは,アントン デルモータ、ブリント博士・アウグスト ヤーレッシュ、ファルケ博士・アルフレート ペル、アデーレ・ヴィルマ リップ、オルロフスキー公・ジークリンデ ワーグナー、フランク・クルト プレーガー、それにウィーン国立歌劇場合唱団です。オペレッタですが,グランドオペラ形式で上演される機会の多い作品です。現在では,J.シュトラウスの代表作とされますが,ウィーン初演は大失敗でした。それでも現在聴く事が出来るのはベルリンでの再演が当たったからです。それからパリで当たった事により不動の地位を築いた様です。地元で当初,評判が悪いのは,よくある話です。一幕から実に品の良い歌唱が聴けます。アデーレを歌うリップは当時,モーツアルトの「魔笛」で夜の女王を演じれば代表格のコロネチュラソプラノでした。事実ザルツブルグでも歌っておりフルトヴェングラーとも協演して居ます。アデーレはアイゼンシュタイン家のお手伝いさんで軽い役と思われがちですが,第二幕には,難易度の高い有名なアリアが在ります。つまり第一幕は,ウォーミングアップみたいなものですね!他の歌手も壷にハマっていて違和感は在りません!第二幕は出演歌手全にテンションの高さが要求されます。お祭り騒ぎの様な幕ですからね!そこで道化役と成るのがオルロフスキー公です。こちらでは,ジークリンデ ワーグナーが歌って居ます。近年では,テノール歌手が演じる事もあり,珍しい処では,ヘンデンテノールのW.ウインドガッセンが歌った盤も在ります。私が観て(聴いて)驚嘆したのは,ヨッフェン コワルスキーと言う元東独のカウンターテノールです。余り強烈だったので,ジークリンデ ワーグナーには悪いのですが物足りなさを感じます。この幕は聴き処満載で,ハンガリーの貴婦人(実はロザリンデ)は,ヒルデ ギューデンですが劇中歌うチャルダッシュも聴き物です。特有の足を踏みしめるリズム感が弱いのが残念ですが,ウィーン風とは,そんなものかも知れません!それから仲良しワルツを歌ってからは乱痴気騒ぎに成るかワルツを踊って, まったりするのが慣例になっております。前者の場合は「電光と電雷」が演奏される事が多く後者は代表的なワルツから選ばれます。ここでは「春の声」が選曲されています。ウィーンのアンサンブルは.K.ベームが創り上げたと評価家は評しますが,歌手達の間では,J.クリップスであると言うのが定説の様です。E.シュヴァルツコップも力説しています。察するにリハーサルはクリップスが合理的であり簡潔で,ベームは厳格極まりなかったので歌手達の自発的なアンサンブルを創れなかったと推定されます。続く三幕は前幕の余韻を楽しむ様なもの,画してJ.シュトラウスのオペレッタ「こうもり」全三幕の幕は閉められるのでありました。こちらの演奏は,私が常々お話をするヴァイオリンのウィーン式奏法が随所に聴き取れます。アリアが終わる度にタタタン!と終わらせたり、早いテンポで捲くし立てる箇所がそうです。音がスパッ!と斬れたり早い箇所がスタッカート気味に成るのが特徴です。



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2009/1/18

仮名手本忠臣蔵三段目"足利殿中の場"  SPレコード


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Victor Japan 5847/5850 78rpm


さて年末と言えば「第九」と「紅白」ですが,昔では「忠臣蔵」も欠かせませんでした。そこで今回のレコードは「仮名手本忠臣蔵」の三段目"足利殿中の場"を紹介致します。配役は次の通りです。配役は次の通りです。塩谷判官・十五世.市村羽左衛門/高師直・大谷友右衛門/茶道・市川たかし/鷲坂伴内・助高屋高助/桃井若狭介・澤村宗十郎と名優揃いです。続いて淨瑠璃は豊竹巌太夫、三味線は豊澤扇之助です。史実では元緑時代ですが幕府の弾圧を恐れて室町時代に変えております。更に役名も全て仮名になっています。(それでもバレバレですが赤穂浪士の支持が絶大でしたので幕府は敢えて目を瞑っていたものと思われます。) こちらは1748年に人形浄瑠璃として初演されており, 原作は, 竹田出雲・並木千柳・三好松洛の合作です。後に歌舞伎として上演されました。

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さて大序から解説しますと,朝廷から勅使を迎えるのは史実と変わりませんが舞台では出演者の紹介を兼ねて前半の話に関わる役者を勢揃いさせています。その中に塩谷判 官(浅野の仮名)や顔世御前(阿久里)それと若狭介(伊達)と高師直(吉良)他,大勢がおります。その式典の最中に顔世御前に一目惚れした師直が御前を口説き始めます。その時に付文を渡します。それを見ていた若狭介が師直を咎める訳ですが恋の邪魔をされた師直に恨まれると言うのが大序です。続く二段目は若狭介を恨む師直が嫌がらせをする話です。此処で立腹した若狭介が師直を斬ろうと決心します。三段目は此ままでは殺されてしまうと感づいた師直側が若狭の側近に苦言を呈したら勘弁願いますと賄賂を貰います。それを知らない若狭介は師直を斬りに来ますが,この前の無礼をお許し下さいと簡単に謝って来たので拍子抜けをします。そして若狭介は斬るのを諦めて帰ります。其直後に判官が来ますが遅れて登城したので師直になじられます。そして会話の途中に顔世御前から師直に宛てた和歌が届きます。内容は意に添えぬと和歌に喩えていたので気分を害します。そこで判官に登城が遅れたのは顔世の元がら離れたくないのが原因と攻めて決まった所しか動き回れないのは"池の中の鮒(ふな)"の様だと喩え噺をします。そこで有名な台詞が聞かれます。それが引き金となり今迄の屈辱を晴らす為に遂に刃塲に及んで幕と成ります。尚,その後,青山青果の原作で昭和10年から連作10編として昭和16年迄の6年がかりで新歌舞伎として設定を元緑時代に戻し徹底した取材に元づき「元緑忠臣蔵」を東京劇場で上演しています。映画化に関しては源流が二つあり,前記の他は講談や浪曲で語り継がれてきた「義士伝」が元にされます。但し歌舞伎の原作では余りにも現実味が無いので多くは史実混合になっています。細部は時代を経てエピソードが創作されて付け加えられたと言えましょう

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