2009/9/19

ワルターの忘れ去られた録音  指揮者


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columbia.USA 33CX 1082


ここで一枚のレコードを紹介しましょう!曲は、お馴染みの「ジュピター」と「未完成」ですが、原在は、後に録音された物が発売されている為にカタログ落ちしています。その為、ファン向けの演奏とも言えますが、古い録音を乗り越える魅力にも乏しいのが難点です。双方、米.コロムビアの録音です。「未完成」から聴いてみましょう!収録は、1947年、フィラデルフィア管弦楽団の演奏です。音質は、如何にも古く、LP盤にしては、レンジの狭い録音ですが、当時の米国コロムビア社では、まだテープ録音方式は採用されてませんでした。原盤は、16吋で、33回転でした。これは、映画会社や放送局でマスター用として使用していたディスク式録音機です。最大15分位の収録が出来ました。イコライザーが在り、高域にプリレファンスが掛かるのが特徴です。その為、SN比に優れており、テープ方式出現前には、マスター用として使用されてました。演奏評です。同楽団と言えば、ストコフスキーで聴かれる華麗で壮大な響きが特徴ですが、ここでは、ややくすんだ重厚な響きに変貌しております。ワルターなりのヨーロッパトーンともとれますが、戦後と言う事も在り、ウィーンへの回郷の念が感じとれるレコードと見て良いでしょう!同年に渡英したおり、ウィーンフィルと久々に共演を果たしているのも、その理由だと思います。たぶんレコーディング中、振ってる間の頭の中は、ウィーンの想いでいっぱいだったと思います。そう思って聴けば感銘も違いますが、何故か魅力に乏しいのが残念ですね!その理由は楽団の個性を無視した事です。何せ天下のフィラデルフィア管弦楽団です。ストコフスキーで黄金期を迎え、米国の大衆にも知られた名門です。あのトスカニーニでさえも特色を尊重したフィラデルフィアサウンドです。話を戻しましょう!第1楽章の冒頭は、実に重たく始まります。ワルター自身が深い響きを求めているのが解ります。続くオーボエも神妙ですが、音のひとつひとつに気を使っているのか表情が細かく、気持ちは解りますが、神経過敏と言われても仕方がない位です。そんな感じの演奏を以前に聴いた覚えが在ったので、思い出してみると、1993年にフィラデルフィア管弦楽団が来日したおりにウォルフガング・サヴァリッシュが振った時の同曲が似た傾向の演奏でした。サヴァリッシュは、NHK交響楽団で聴いても解る通り、楽団の個性を尊重する指揮者です。その為、楽団側に個性が無いと凡演でも無いが、名演でも無い演奏になります。幸いオルマンディーを経てムーティーに至ってもフィラデルフィアサウンドは健在でしたので、その弊害は在りませんでしたが、感覚の違いによる表情の違いに苦労した様です。つまりヨーロッパの楽団では、自然に身に付いている事をわざわざ言葉で指示した演奏です。第2楽章も同様ですが、サヴァリッシュが繊細な表情が昇華して名演になりましたが、ワルターの場合、只の神経質な演奏になりました。これは、解剖学的演奏と言えます。教則用とも言えるかな?それに対しジュピターは満開です。それは楽団が、ニューヨークフィルだからとも言えますが、ようやく楽団とも慣れてきた頃なので自信たっぷり振ってます。曲も十八番ですからね!時に唸り声も聞こえます。演奏はスケールが小さく筋肉質で、やや強引な印象を受けます。それと推進力は、ワルターがレコーディングした同曲中では一番です。ノリで振ってる様な感じもしますね!そのせいか第2楽章も余り思い入れも無く健康的ですし、第3楽章もリズムが弾んでます。ですから終楽章も当然、勢いが在り、怒濤の内に全曲が終わりますが、完成度と言う点では低いのは致し方在りません!こちらでは動的なワルターが聴けます。収録は、1945年ですが、音質は「未完成」より良好です。
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