2010/6/30

続.拝啓、戸川純様  CD


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TEICHIKU 30CH-310 CD 1988


ゲルニカ第2弾だが、レコード会社が、テイチク・レコードに変わり、1988年7月に発売された。タイトルは、『新世紀への運河』である。前作は、昭和モダニズムを感じさせる内容であったが、こちらは一歩進んで1930年代前半を感じさせる。音楽性も前作のテクノ調からオーケストラに変更をしている。

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だが、基本メンバーは、変わらず、ボーカルが、戸川純、作曲、編曲が、上野耕路、作詞及び美術を太田螢一が務めた。コンセプトが、前作と比べ、より向上してるのは、言う迄も無かろう!前回は、述べる事無く終わったが、歌手、戸川純として、このアルバムを初めて聴いた人は、その奇異なる歌い方に拒絶する方も居られるであろう?




しかし、彼女が女優で在ると言う事実を前提に聴くと妙に納得出来る点も在る。つまり表現力が多彩なのだ!所謂、歌唱能力で歌を聴かせる歌い方とは、コンセプトが異なる。それは、アルバムを聴けば、一目瞭然だが、彼女は、詩の世界観に奥深く入り込み、その詩の中で役を演じるリアリティーが在る。つまり彼女自身の持っている表現力は、芝居が基本に在ると見た方が良い様である。彼女は、現在、舞台で活躍されてるそうだが、嘗ての様にメディアに触れる事無く地道な活動をされてると聞く!彼女の全盛期には、シンディー・ローパーが、引き合いに出されたが、現在のレディー・ガガを見るにつけ、比較の対象になる対抗馬的な存在が無いのが惜しまれる。
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2010/6/28

常に謎の残るフルトヴェングラーのステレオ録音  指揮者


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WFJ-79/80 2CD 2010


又もや正体不明のステレオ録音が登場!それも協会盤と在っては真偽の程が気に成るが、音源は、何処から出たのかは一切何も通告無しと言う代物である。最近の協会は、前会長の時代には、否定してたステレオ録音が、意図も簡単に発見と相成り不思議で成らない!曲は、ヒンデミットの「世界の調和」である。収録は、1953年なので可能性が無いでは無いが、それならば協会は、会員の為に適切なアナウンスが在るべきだろう?楽団は、ウィーン・フィルなので、本来ならオ−ストリア放送協会の筈である。しかしこれは、ステレオ盤としては始めての発売では無い!1980年代に伊.フォニット・チェトラのフルトヴェングラー・エディションの収集に夢中に成った御仁には御存知かも知れないが、FE−22の製品番号で嘗て発売された物である。チェトラには、この様に巨匠のステレオ盤が複数存在するが、中には可也信憑性が高い物も在りながら半信半疑だったのは事実である。協会盤は、罷り間違っても海賊盤では無い!それは当り前の事だ!しかし、それを正規盤が証明してくれない事には協会は、何の役目を果たしてないと言えるだろう?前置きが長くなったので、聴いた感想だが、一見、横一列に奏者が並んだ様な鳴り方をするのは事実だ!音質も比較的鮮明だが、ヘッドホーンで聴くと音像は頭の上に乗った様な感じに聴こえるが明確な定位感が無いのに気が付く、しかし残響が回りに纏わり付いた広がりを感じるので、ドイツ・エレクトーラ社がやったブライトクランク盤みたいな鳴り方だ!それでは、例え2チャンネルと言っても副音声を兼ねた録音と解釈出来るのでは無いか?要するにマイク・セッティングが、ステレオ収録を考慮したものでは無いと言う事だ!これでは話に成るまい!結局、今回の協会盤ステレオ録音?も???の域を脱しない!困ったものだ!他の収録内容は割愛する。
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2010/6/27

コルトーが、感銘を受けたピアニスト  クラシック


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Toshiba EMI AB-8049 LP


往年の音楽ファンから未だに夭逝が惜しまれるピアニストである。リパッティーは、1917年にルーマニアのブガレストに産まれ1950年にスイスのジュネーヴで他界した。リパッティーは、1934年にウィーンで行なわれた国際コンクールで惜しくも2位に成ったが、審査員を務めたアルフレード・コルトーが、その天分に感銘を受けたそうである。しかし健康に恵まれているとは言えず、持病と推察されるリューマチ性関節炎が災いし死期を早めたと言う事だ!このレコードは、SP末期の1948年に収録された。復刻は、時代相応だが、もう少し低音に豊かさが在っても良い様に思われる。楽団は、フィルハーモニア管弦楽団である。グリークのピアノ協奏曲から聴いてみよう!指揮は、アルシオ・ガリエラである。冒頭から天分の輝きが感じられリパッティーの非凡な才能が開花しているのが即座に聴き取れる。何処を取っても切れ込みが鋭く、勿論、情緒にも欠けていないが、情熱も凄いもので、実況録音かと思われる様な切迫感がある。曲に対する姿勢が真撃で在るのは言うまでも無い!感化されたのかオケも盛り上がり、一体化した素晴らしさは、文章で伝えるのがもどかしい位である。第2楽章は、曲想にもよるが、澄み切った境地を感じさせ、感情も深いが、音に厳しさが漂うのは、彼ならではである。終楽章は、集大成とも言える出来で寸分の隙も無い!ガリエラの指揮も情熱的である。そしてしっかりとした力強いタッチで曲は締め括られる。裏面は、シューマンのピアノ協奏曲である。指揮は、若き日のヘルベルト・フォン・カラヤンである。この頃の巨匠は、変な癖も無く聴き易い!その後、何であれ程迄に音楽性の変貌を遂げたかが不思議な位である。ここで聴ける指揮振りは、曲に対して真剣に取り組み全く音色上の無駄が無い!その為にリパッティーの鋭い音色も阻害されずに聴く事が出来る。曲のせいか、ピアノの音色も豊かさを感じさせスケール感も上がっている様である。勿論、技巧的な面も無視出来ないが、鳴るピアノの音が、常に興味を引き耳が離せないのは、リパッティーの持つ個性が如何に強いものかが伺い知れる。第2楽章の抒情感も素晴らしいが、これはカラヤンの個性であろう!リパッティーも曲に対し深い造詣で挑んでるのが解かる。それは終楽章も同様だ!長大な終章に於ける燦然たる感情の高揚が素晴らしい!
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