2010/7/31

シェルヘンのマーラー  指揮者


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Warner-Pioner Westminster G-10571/2 2LP


鬼才、ヘルマン・シェルヘンのマーラーである。曲は、第5交響曲だが、楽団名のウィーン国立歌劇場管弦楽団の名称は、どうとでも取れて判断出来ない!しかし合奏能力からして所謂、シュターツカペレ?かどうかは疑問が残る。それは覆面オケである事が否定出来無いからだが、一節によるとシュターツオーパーかも知れないとの指摘も在る。これは、パイオニア・レコードで、米、ウエストミンスター盤を再発した盤だが、オリジナルを尊重しており、マスターテープが、不幸にして紛失していた場合、良好なオリジナル盤から板起しをしてマスターを備える徹底振りであった。流浪のレーベル成る失意である。御家芸の室内楽に於いても万全を尽くしている。これも解説によると批評家の故.岡俊雄さん所有のレコードから音取された様である。そこで気に成る音質だが、その様な事情を知らずに聴けば、極めて良好と言えるだろう!オリジナルは、1952年に米国で発売されている。さて演奏だが、冒頭のトランペットが、如何に響くかが注目されるが、ワルター盤よりは明瞭である。オケのスケール感も在るので、この交響曲を聴く醍醐味は充分に満喫出来る。第1楽章が、葬送行進曲で在る事は、悲壮感漂い、暗く深鬱な表情で、楽天的なワルター盤とは、正反対の表現である。その後の急落的な爆奏も分裂気質の作品の性格を表しており、作風が、シェルヘンに合っている様だ!常に常人とは違う危険な演奏である。第2楽章には、嵐の様に激しくとの指示が在る楽章だが、意外と冷めた表現をしている。寧ろ弱音が、慎重に扱われており、激しい楽想との対比が効果的である。テンポも動くが、気分で成り立っていないのは、リズムの取り扱いが厳しく、決して上滑りしない頑固な造型が、曲の性格を露わにしている事からも理解出来る。それに対し第3楽章の気楽とも取れるユーモア溢れる演奏は、聴く者の緊張を緩ませるのに充分なものが在るが、常に影が付き纏う曲想に不安を覚え、この曲が、マーラーで在る事を証明している。第4楽章は、浪漫主義への懐郷とも取れるが、寧ろ淡々とした演奏である。無理に表情を煽らない点が好ましく感じられる。終楽章は、各主題の性格を的確に描き分けており、全体の構成を念密に築きあげる事で、マーラーの優れた対位法的な造型を見事に音に表している。終始部の壮大な表現も、この交響曲に相応しい!余白面に第10交響曲の第1楽章が入っている。儚く美しい旋律が、半音階的で悲劇的に扱われ、徐々に膨れ上がる主題を激しい情熱が取巻き、正に慟哭するかの様だ!終始部の直前に現れる不協和音もシェルヘンの表現は、強烈で在り、滅多に味わえない圧倒的な印象を残し、曲は終わる。

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2010/7/28

世界初録音のブルックナー  クラシック


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Ken Record WCD61 CD


ブルックナーの第7交響曲である。喇叭吹込末期から電気録音初期に掛けて大曲を集中して録音を行なった事から世界初と言う事で、録音史に残るオスカー・フリートの復刻盤である。収録年は、1924年と在るので喇叭吹込だが、当時の録音技術は、改善されており、多少もどかしい点は在りながらも明瞭な状態で聴ける。さて、このブルックナーだが、当時の慣例として収録に好ましい編成に変更されている為に使用譜について論議するのは野暮であろう!敢えて言えば、歴史的背景に於いてシャルク版であるのは明白である。原盤は、ドイツ・グラモフォンである。参考に原盤番号を挙げるとmov.1-66318/9、mov.2-66320/2A、mov.3-66322B/3A、mov.4-66323B/4、7枚14面である。第1楽章は、圭角の取れた音質と言う事も在り、優美な面が強調されるが、慎重に造型面を重視している印象も受ける。しかし第1主題から次の主題に変わる箇所でアッチェレランドが大袈裟に掛かるのは、時代を感じ、古めかしい!だが客観的な面も在り、節度は保たれていると言える。テンポは全体に速めに処理されている。第2楽章も構成面で気使いが在り、揺ぎ無い造型感を感じる。情熱に満ちた表現も素晴らしい!第3楽章の躍動感の在る表現も要を得ており、各動機の対処も細やかである。全曲中では、これが上出来とも言える演奏だ!終楽章も造型面では揺ぎ無いが、演奏をしているベルリン・シュターツカペレの楽団も奮闘しており、破線無く進行する実力に驚嘆する。と言うのも収録は、現在の様な状況下に於いて不能だからだ!その中で成し遂げた偉業は大きい!
 
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タグ: 世界初 ドイツ 録音

2010/7/27

マリオ・デル・モナコのラダメス  歌劇・楽劇


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Decca-London Polydor Japan POCL-3072/3 2CD 1992


本当は、レナータ・テバルティが、アイーダなのだからラダメス役のマリオ・デル・モナコを表に表記する必要も無いと思うのだが、ジャケットの扱いもそう成っているのだから仕方在るまい!これは、モノーラル期の同曲としては、些か地味な印象を受けるが、かく言う私もトスカニーニのコントラストのハッキリした熱狂的なRCA盤から聴き始めたので印象の薄い盤である。このCDを購入したのも単にマリオ・デル・モナコのラダメスを聴いてみたかったのが、その理由である。指揮は、NHKのイタリア歌劇団公演で御馴染のアルベルト・エレーゼである。序曲は、柔らかい弦の音色に魅了される。演奏は、ローマ・チェチーリア音楽院管弦楽団である。音色も意外と地味だが、圭角の落ちた音質も影響しているのかも知れない!幕が開くとランフィスのダリオ・カッセリの一声だが、落ち着きの在る良い声である。次にデル・モナコのラダメスだが、「清きアイーダ」の清涼で若々しい歌声は、役に合っており好感が持てる。必要以上に声を張り上げないのも良い!さてアムネリスだが、エベ・スティニャーニの少し癖の在る声は、腹に何かを思い込めた陰影の在る表現に深みを増していると言えよう!フェルナンド・コレナのエジプト王の風格在る声も充分である。レナータ・テバルティのアイーダの意志の通った声もヒロインに相応しく、純真ながら強い女性の象徴みたいな存在感もなかなかのものである。他の歌手についても特に不満は無い!落ち着き払った指揮振りを示すエレーゼの客観的な表現も自然とドラマを浮き立たせている。トスカニーニ盤とは、対極に在る演奏と言える。だから例の凱旋行進曲も情景が淡々と進み過度な盛り上がりをみせないので、情緒的な面とか内面性が解かる点は、好ましいと思う!惜しむらくは音質で、何と無く濁った感じがするので、定めてアナログ・レコードで入手出来れば、是非、聴き返したいものである。

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