2010/10/29

アイザック・スターンのツゴイネルワイゼン  SPレコード


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Nippon Columbia Z90 78rpm wax.xco35760 1A-A-1.xco35761 2A-A-1


アイザック・スターンを見ていると落語家の春風亭柳昇や5代目.柳家小さんの共に晩年を思い出すが、それは、若き日の各名人の姿を知らない事が要因である。だけど共通点は在るのでは?こう言っては、何だが双方、大器晩成型で、その芸風に触れて魅力を感じたのも失礼だが、初老に成ってからの高座やレコードからである。

どうも米国で活躍した音楽家は、日本では軽視される傾向に在り、残念な面も在るが、ステージ・パフォーマンスを重視する米国ならではの逸話も在る。あれは、ピアニストのルービンシュタインだったが、ハリウッド・ボウル管弦楽団と共演した時にPAの操作に驚嘆し呆れたと言う事だ!あれは野外公会堂だったので音響装置が不可欠だが、ピアニシモは本当に弱く、フォルテシモは、 が幾つ付くのだろうと驚愕する程の極端な操作だったそうだ!これは、音響エンジニアの愚行であるが、そのエンジニアは、「どんな愚演でも聴衆に感動させてやる!」と豪呼したそうである。確かに演奏効果のみを考慮すると理解出来るが、呆れたものである。クレッシェンドやフォルテシモは演奏偉観で効果的だが、是みよがしな表現は、醜いのも事実である。カラヤンが、フィルハーモニー・ホールにレコーディング会場が変わってからの録音もそんな批評が在った!ここにも力の論議を重要視する米国文化が見て取れる。さて、この「ツゴイネルワイゼン」だが、伴奏指揮をフランツ・ワックスマンが、務めるこの盤は、1946年の録音だそうだ!楽団は、彼のオーケストラとの表記が在るので、単なる録音用のオケかも知れない!肝心の演奏だが、少々大袈裟に悲劇性を強調するワックスマンの伴奏は曲の要点を掴んでいるが、それに乗ったのかスターンもノッペリと息苦しい程にのめり込んでいるのも面白い!これはべったりとした浪漫派の演奏である。聴いていると、まるで曲と共に心中でもしてしまう位だが、その真剣さたるや素晴らしい!集中力も物凄い!アレグロに入ってからの斬れは、いまひとつだが、ワックスマンの力強い伴奏に助けられている。後半は、やや上滑りしているのが残念だ!この人の功績は、数々在って、計り知れないものが在るが、日本では晩年に勲三等旭日中綬章を授与されている。


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2010/10/29

クナッパーツブッシュの英雄  指揮者


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King-Cetra SLF5001 LP 1979


このレコードの解説によると1950年にバイエルン放送協会が収録した放送用スタジオ録音らしい!らしいと言うのも発売当時に多数在った所謂海賊レーベルの国内販売なので信憑性に疑いが在るからだが、針を降ろすと音質もそう悪くない!冒頭の2音から遅いテンポで進むが、その大河みたいな流れが如何にもクナッパーツブッシュである。晩年の印象から雑な印象も在るが品格は高く神々が天界から全てを見下ろす風情が在るので曲の見通しが良い!余談だが、聴いていると聴衆の咳が聞こえるので放送録音と言うのは誤記である。これは主観的な人間感情が炸裂する浪漫的な演奏とは一概を為すものだ!ホールの残響も良く入っていて柔らかい響きが特色のレコードだが、それによって巨匠特有のド迫力が少々軽減して聞こえるのは少し残念でも在る。第2楽章は、沈み込む様に始まるが、必要以上に深刻に成っていないのが良い!何故かと言うと其の重さに敬遠して聴くのも億劫に成る楽章だからだ!しかし呼吸が深いので、聴き手もゆっくり、曲の世界観を堪能出来る。一緒に呼吸しながら演奏に浸る感じだ!勇猛なホルンの音は巨匠ならではである。スケルツォも基本的には変わらない!自然体で好感が持てる。だけど巨匠の特色は現れており、トリオ直前の大きな間は如何にも巨匠である。そこで吹かれるホルンの重奏の深い響きは、ドイツの森の様である。此処まで情景が浮かぶ程の描写は今まで聴いた事が無い!さてフィナーレだが、冒頭の壮大な表現が素晴らしい!例のプロメテウスの主題も優しく繊細に扱われており、フォルテの決して力ずくに成らない壮大な響きも素晴らしい!その後の堂々とした進行も良いが、とても余裕の在る表現で、音楽が、たっぷりと満ち溢れているのが素晴らしい!まるで無限に広がる大宇宙を感じさせる。時にブルックナーでも聴いている気分に成るのも不思議だ!そして終始部は、全ての総決算の様に人類を祝福する様な風情が在る。



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2010/10/28

日本では些か評判の悪いブルーノ・ワルターのベートーヴェン?  指揮者


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Columbia USA ML 5200 LP 1957


日本では、モーツァルトのスペシャリストとして過大な程の評価を得てるブルーノ・ワルターだが、ベートーヴェンとなると評価は限られる様だ!特に奇数番号の交響曲の評価が低いが、それで偶数番号の曲の評価が高いかと言えば、それ程でも無く6番ばかりが持て囃されているのは、巨匠らしいと言う事か?つまり造型が余りにも古典的過ぎるので浪漫派の作品に感覚的にも合わない事が実証されているとも言えるだろう!だから浪漫派の作曲家作品については浪漫的な表現を求めながらも基本が古典的なので解釈に一貫性が持てないのが要因であるのは明白だ!これから紹介するレコードは古いファンには御馴染のものだろうが、まだ現役だった時代のレコードだけに現在の評価との差異が在るのも当然である。さて、この第九だが、元々2枚組で発売されたのは往年のファンには御存知の事だろうが、LPレコードが出現して初めての第九でもあった。これは、1957年に長時間カッティングが可能に成った事から技術の成果を発表するが如く発売に相成ったと言う事である。(実は、ホーレンシュタインのVox盤が最初の1枚にカッティングされた第九が本当だが、)このレコードは同時期に発売された同曲のトスカニーニ盤と製盤技術合戦に成ったが、この録音は、1949年の録音である。しかし、この再販盤は、終楽章のみが1953年に再録されているのも今更説明する迄も無いだろう!さて演奏だが、音質は、そう危惧する程じゃない!嘗てデジタル・リマスターされた時に差し替えされた状態で2枚組(カップリングは、第8交響曲)が復活した事が在ったが、今思えば其の時購入すれば良かったのだが、後の祭である。楽団は、ニューヨーク・フィルである。序奏部は、早目のテンポで始まるが第1主題の手前で掛けるリタルダンドは如何にも不自然である。だから聴く度に其処が引っかかるのだが、それは解釈の古さと見ても良いかも知れない!だが、その後は順調に進んでいる様で、テンポの揺らぎが在るのも何か自身の解釈に自信が無い様に感じられて、聴いてる者には解釈の迷いと判断されるのがオチである。主部は割りとストレートな表現と言える。巨匠が強豪な響きを求めているのは理解出来る。しかし展開部は流れる様に進む。終始部のリタルダンドは古臭い!第2楽章は、一貫したリズムを大切にしてるが、これは正解である。揺ぎ無い信念は、この作曲家の作品には必要だと思う!このレコードは第3楽章の評価のみが高いが、冒頭から慈愛に満ちた響きに溢れており、弦の調べが本当に優美である。ここに来て巨匠の本領発揮と言えるが、まるで、この楽章が演奏したい為に収録した様な印象を与えてしまうのは如何なものだろう?天国の花の園が浮かぶ優美な演奏である。ゆっくりとした足取りで其の花畑を見つめるように進むのも巨匠の気持ちが反映されているのか、聴いていても心地良い!正に恍惚の響きである。例の警告のトランペットも天からの声である。やや機能的だが、まづまづと言えるだろう!名残惜しそうに終わるのも曲の性格を表しており、とても良い!終楽章は、極めて古典的な姿勢で接しており、冒険もしてないが、表現は適切であり、解釈の迷いもなく引き締まった演奏である。全楽章を其れで通しても良かったのにと惜しまれる。基本テンポは普通よりも少し早目だが無駄が無くて好感が持てる。バリトンが入るまでの前奏部分は意志の通った快演である。マック・ハーレルのバリトンも大らかである。最初の合唱の入りは録音のせいか発声が不明瞭なのが残念だ!だが徐々に持ち直してくる。その後のマーチの後のテノールは、ディビッド・ロイドだが、明瞭な歌声に好感が持てる。オケも緊張感在る引き締まった演奏をしている。合唱は、ウェストミンスター合唱団だが精神の高揚に従い、どんどん熱を帯びて行く様は感動である。余談だが、この楽章のみ1953年の収録だけ在って音質は飛躍的に良く、聴く者には有難い!フランシス・イーンドのソプラノの可憐な声も文句は無い!アルトのマーサ・リプトンの声ともバランスが取れており問題は無いと思う!終始部もストレートな演奏で申し分無い!


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