2010/11/28

ショルティのワーグナー  指揮者


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King-London L54C=5046/8 3LP 1977


ゲオルグ・ショルティが、他界してから既に13年を数えようとしているが、嘗て英.DECCAの看板指揮者だっただけに現在の市場の衰退は残念なものである。巨匠と言えば、同社のカタログでは、独境系を含め出世の糸口と成ったワーグナーは、特に代表的なものだろうが、その「指環」の印象が強いのか、過去の巨匠亡き後は、何かとショルティの名が引き合いに出された事を懐かしく思われる方もいらっしゃるだろう!しかし実際の処、ワーグナーの作品を集中的に録音したのは、DECCAの戦略でも在った!巨匠の特色は、瞬発力と勢いのふたつ位のものだろうが、耳が良いので、精度の高い音楽を作り出す名手でも在った!だが、それだけだと言っても過言でもなかろう!巨匠は、正にレコードと共に育った音楽家である。さてワーグナーと言えば、バイロイトだが、巨匠も実は、一度だけ登場している。それは、1983年の作曲家、没後100周年に掛けたイベントでも在ったが、英国の演出家であるピーター・ホールの演出が不評で、巨匠も其の後の契約を破棄してしまった!其の後、指揮は、ペーター・シュナイダーが引き継いで、其れなりの成果を上げて結局は、取りあえず成功した様だが、此処でショルティが、踏ん張りを効かせていたらと本当に残念である。因みにピーター・ホールの演出は、作曲家が指定したト書きに出来るだけ忠実に添ったもので、当時は、ラインの乙女が、本当に肌襦袢を着ずに全裸で現われたのには仰天したものである。全曲に渡り忠実に再現していた。所謂、保守派からは嫌われたと言う事だろう!この演奏は、幸いエア・チェックしていたので幸い現在でも聴く事が出来るが、直進的で真撃な姿勢は、前途を期待させるものだっただけに本当に残念である。だが、保守とは何かとの疑問も在る。戦後の新バイロイト様式なるものは革新が目的だった筈である。つまり此処で挫折した様にも取れる。思えば、ヴォルフガングとヴィーンラント体制が崩れてからのバイロイトは、何か柱に成るもの迄、失った様にも思えて成らない!さて是は其の後のプロジェクトである。楽団が、シカゴ交響楽団に変わり、再び取組んだワーグナーの全曲録音だが、これは、巨匠の造型感覚を知るには、絶好のレコードと言える。曲は歌劇「さまよえるオランダ人」である。針を降ろすと劇的緊張よりもオラトリオでも聴いている様な気分に成るが、それは、巨匠が、年輪を重ねたのが要因だろう!だから序曲も嘗ての単独で録音したウィーン・フィルとの1960年の演奏と比べ客観的なので、勢いは寧ろ後退していると言える。その代わり見通しは良くなっている。こちらの収録は、1976年の5月なので、変化が在って当然かも知れない!序曲後の水夫達の男性合唱は、形式的と言おうか、劇的な表現からは後退しており少々物足りない!ダーラントは、マルティ・タルヴェラだが、意外とすっきり歌っている。弱いのは、舵手のヴェルナー・クレンで、全く存在感を感じない!余りにも非力なので、飛ばして聴きたくなる位である。オランダ人のノーマン・ベリーも弱くて聴いていてつまらない!女声合唱と言えば、第2幕だが、御馴染の糸車の合唱は、此処まで出来れば、まあ良いだろうと言うレベルだ!つまり水準の粋は出ていない!ゼンダは、ジャスニス・マーティンである。例のバラードは、なかなかの聴かせ処だが、巨匠の指揮が、あまりにも割り切られ過ぎて表現が薄いのが残念である。ルネ・コロのエリックは、丁度油が乗ってきた時期の録音だけに英雄的な声も見事だが、この作品では、出番が少ないのが残念である。

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2010/11/21

手塚治虫と薔薇の騎士  歌劇・楽劇


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polydor Japan DECCA=London POCL-2043/5 3CD 1990


巷では、「ベルばら」人気が再燃?しているそうだが、その世界観に近いもので即座に浮かぶのは、宝塚少女歌劇団のレヴュ―と言う事に成るだろう!これは、単に固定概念に過ぎないが、どうも新派に有りがちな欧州貴族の物語を舞台化して上演している印象が強い!そして其れに影響を受けたのが、手塚治虫とも言える訳だが、成程、代表作である「リボンの騎士」は、そのイメージ其のままである。だから「ベルサイユのばら」を舞台化するに辺り、宝塚少女歌劇団の演目として制作を表明した時は、要を得たりと感心したものである。貴族社会を舞台とした物語は、既に古典としても在り、ダ・ポンテの「フィガロの結婚」やモリエ―ルが貴族社会を滑稽に扱った「町人貴族」等は、其の最たるものだが、裏に隠れたメッセージは、批判や風刺であるので、娯楽作品として成立させるには、毒を削る必要が在るのは当然の事実でもある。さて「ベルばら」は、御存知、フランス革命を架空のオスカルと言う男装の麗人に重ねて動乱の時代を描いた歴史絵巻だが、それに加味されるのは、単なる恋愛劇である。恋愛と言うのは、物語に於いて普遍的な題材だが、それには、一見、取っ付き辛いと思われる物語でも、融和させて糸も簡単に登場人物の背景を明らかにさせる利点も在り、時には、物語に劇的な緊張感さえ漂わせる効果も在る。しかし手の込んだ見せ場が作れる映画とは違い、舞台では、なるべく観客に理解出来る様に簡潔にする事も必要である。だから他愛の無い話が舞台化されやすい傾向に在る訳だが、それは観客の立場から判断しても良策と言えるだろう!さて、ここで取り上げるのは、詩人ホフマンスタ―ルが、脚本を手掛けた「ばらの騎士」である。これは、R・シュトラウスの代表作としても有名である。この楽劇は、1911年の初演当時から評判が良く、現在に至っても上演の機会が多いが、録音も有名な1933年のヘーガー盤以前にも部分抜粋の形で既に収録されていた。日本では、カラヤンの全曲盤辺りからようやく注目を浴びたとも言えるだろうが、因みに日本初演の年代を調べてみたら、1956年に10月30日の日比谷公会堂にて、マンフレート・グルリットの指揮によって行われている。レコードは、その後のベーム盤も然りだが、編成の関係も在り、ステレオ録音には、効果的な題材でも在る。だが、否定的な事を言う様だが、演奏が良ければの話である。だからと言って愚痴を言う気も無いが、この手の題材は、如何にも宝塚向けである。ところが、宝塚歌劇により上演されたのは、2001年元旦に新装オープンした東京宝塚劇場の開場を記念して、月組により大幅にアレンジをしてミュージカル化している。おそらくフィナーレも宝塚流だろうが、その世界観が、類似している為か、なんで今迄、上演の機会が無かったのかが不思議だ!正統派には、憤慨だろうが、これも手で在る。この作品には大衆性が在る。初演時も其の指摘が在ったので、要も得たりである。宝塚版の上演は、再演されたかは不明だが、この形式は、浅草オペラ以来なので、現在では、珍妙に思われるが仕方なかろう!私は、この楽劇を初めて観た時は、即座に「リボンの騎士」が浮かんだが、オクタヴィアンを演じる歌手が、男装なので正にイメージ通りである。昔から新劇のズボン役は、全て女性なのだから当然である。比較するとすれば、御国柄の違い位なものである。さて、このCDだが、LP初期の名盤としても有名なものである。アナログ盤は、聴いた事が無いが、これは、音質も良好で、エーリッヒ・クライバーの表現も手に取る様に解かる。そのセンスは、見事に息子に継がれたが、いつの間にかに他界されたのは、残念な事である。演奏自体も当時のウィーンを知る上では、貴重な資料とも言えるが、正にウィーンをホームグラウンドにして活躍された歌手ばかりが起用されているのも要を得たりである。収録は、1954年だが、ウィーン・フィルも心成しか現在よりもウィーン情緒が濃く、伴奏を聴いているだけでも魅力的である。オクタヴィアンは、セーナ・ユリナッチだが、この人は、フィガロでもケルビーノ役が得意だったのも起因してか、ここでも見事である。凛とした歌唱が好ましい!それと品格と言う面では、オックス男爵を演ずるルードヴィッヒ・ヴェーバーが、如何にも田舎貴族と言う雰囲気を漂わせ愛嬌すら感じる。それともう少しリリックで在ればと惜しいのが、ゾフィーのヒルデ・ギューデンだが、可憐な歌唱は、まづまづである。元師夫人は、マリア・ランニングである。私は、カラヤン盤のシュワルツコップより優しい雰囲気が在るので、こちらの方を評価したい!

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因みに「リボンの騎士」の王女サファイヤのモデルは、元、宝塚女優の淡島千景である。確かに其の面影は、主人公に感じるものは在る。
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2010/11/13

ジェダイの復讐  映画


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Polydor Japan 28MW 0031 1983 LP


これは、今更ながら見つけて購入したレコードだが、スター・ウォ―ズファンは、旧三部作に思い入れの在る人が世評では多い様だ!私も其の独りだが、それも特別篇では無く、オリジナルが良い!まだコンピューターを技術に取り入れ始めた時代の作品とは言え、光学合成が主流の特撮作品である。だから制作サイドの苦労が解り、手作り感覚に人間味を感じる。そこが魅力でも在るので、CG補正版の特別篇は、何かと敬遠されたファンも居る事だろう!これでは技術が幾ら発展しても補正する事で、当時の技術スタッフに対して冒涜には成らないかと思ってしまう!これは明らかにジョージ・ルーカス監督の愚行である。ファンのオリジナルへの拘りは、それを敬遠した結果とも言える。さて、このレコードだが、これは旧三部作の最終作品である。この映画で、全ての謎が解けた訳だが、この映画の魅力としては、サブキャラクタ―の魅力が大きい事だろう!それもクリチャ―達が面白く、悪玉の頭領であるジャバ・ザ・ハットの風格が特に素晴らしい!他のクリチャ―も色々な特色が在り楽しめたが、何と言っても其の後、単独で映画化されたイウォ―クが愛らしい!勿論、特撮も凄く、光学合成技術の最高峰と言える程の傑作でも在る。これは、当時、映画館で観て余りの素晴らしさに全身から血の気が引く思いがしたものだ!新三部作の存在意義は、薄い感じがする。前二作のレコードより枚数が少ないが、これは一部に使いまわしが在るからである。




特別篇は、全く別の映画に見えてしまう!アナキン・スカイウォーカー役の俳優を差し替えたのも愚行のひとつだろう!それを支持したくないファンが居るのは、最もだと思う!




こちらが、オリジナル!やっぱり、しっくりくる。他の愚行も色々と在るが、ジャバ・ザ・ハットの前で、クリチャーの歌手が歌う歌迄、別の歌に差し替えられている。

これが、オリジナル曲の「Lapti Nek」である。


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ファンの苦言を受けたのか、最近では、オリジナル版と併せて2枚組にしたDVDが発売されているのは、実に喜ばしい事である。
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