2011/1/3

密林の聖者  クラシック


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Toshiba EMI TOCE-6918/20 3CD 1991


アルベルト・シュヴァイツァーが、EMIに残したオルガン曲を集大成したCD集である。これは、J.S・バッハの曲目で構成されている。さてシュヴァイツァー博士と言えば、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、当地の住民への医療などに生涯を捧げた件でも御存知の方もおられるだろう!だから音楽ファンでなければ、博士がオルガニストで、数々の録音が残されている事も知らない人もいるだろう!何せ「生命への畏敬」への哲学などでも知られており、世界平和にも貢献し「密林の聖者」とまで呼ばれた御仁である。その業績は野口英世のように児童向けの偉人伝等で触れた人も居る事だろう!私も其の口なので、バッハの研究家で尚且つ録音が残っている事を知ったのも大分後の事である。博士は、1875年当時、ドイツ帝国領だったオーバーエルザスのカイザースベルク、(現在のフランス領アルザス・オー=ラン県のケゼルスベール)で牧師の子として生まれている。博士は、7歳の頃からピアノを習い、14歳の頃からパイプオルガンを習っている。これが、バッハの研究の下地となった訳だが、リセ(Lycée)(正確にはジムナーズ=ギムナジウム(Gymnase))を卒業後、シュトラースブルク(ストラスブール)大学に進学しており、神学博士・哲学博士を取得している。尚、哲学博士の論文は『カントの宗教哲学』との事である。

さて此処では、CDの紹介をするので、博士の功績は、其の位にしておくが、3枚に分けて収録されたCDを聴いていると、なんと慈愛に満ちた音楽が聴こえる事かと思う!特に其れを感じるのが、1枚目の衆賛前奏曲をまとめたものである。これは、私もお気に入りで、このCDを掛ける時には、必ずと言って良いほど聴いている。博士のバッハの解釈は、現在に於いては、評価が変わろうと言うものだが、確かに演奏精度に於いては、何かと物足りなさを感じる。だが淡々と色を付けずに進む演奏は即物的で、聴いていると作品の真の姿が見事に浮かび上がる事を目の当たりにする事だろう!だから2枚目のトッカータとフーガ.BWV.565 も大フーガ.BWV.578 もアッサリとしたものである。特にこの曲は、ストコフスキー張りにオルガンで大袈裟な演奏をする傾向に在るので、この様な作意の無い演奏も良いものである。それは構えの大きいトッカータ、アダージョとフーガ.BWV.564 も同様である。それは、3枚目に収録されている曲目も然りである。因みに気に成る音の状態だが、復刻は上々なので鑑賞には差し支えないのは嬉しい!是は、1935年と翌年に収録されたものを中心に構成されている。

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2011/1/3

ブルーノ・ワルター最古のレクイエム  指揮者


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EMI Pate Marconi 2907811 LP 1986


ブルーノ・ワルター最古のモーツァルトのレクイエムのレコーディングである。これは、1937年、パリ万博の折にシャンゼリゼ劇場にて行われたウィーンフィル演奏会をEMIが収録したものである。6月29日との記述がある。勿論、販売を見込んでの収録だが、テスト盤迄は制作されたものの市場に出るには及ばなかった。それは聴けば解かるが、演奏技術上の欠陥が其の原因である。とは言え現在に於いて、理由は兎も角、聴ける事は有難い事だ!因みにソリストは、エリーザベト・シューマン(S)、ケルスティン・トルボルク(Ms)、アントン・デルモータ(T)、アレクザンダー・キプニス(B)、合唱は、ウィーン国立歌劇場合唱団である。尚、この演奏が、陽の目を見たのは、1986年であった。さて針を降ろすと音質も良く、鑑賞には、何の支障も無い!だが演奏は、流石に時代掛っているので、人に寄っては抵抗が在るだろう!何せ冒頭の入祭文からテンポが遅くて表情も重たい!それと当時の演奏の慣例であるポルタメントが影響してか、更に其れを助長している様だ!現在では、まだスッキリやるだろうが、常に粘り気味である。キリエも其のまま進むので、2重フーガも物凄く構えが大きく聴こえる。つまり演奏様式が浪漫的なのだが、怒りの日もティンパニー奏者がリズムを間違う程、叩き捲っているので気持ちも解かろうと言うものである。だが2部の金管のミスは痛い!歌手達の歌唱は、古い時代の演奏を聴くんだと割り切って聴けば、そんなものだと聴く事が出来るレベルだ!第4部の「思い出させ給え」もソリストの好演も在って聴き応えが在る。第5部のリズムも引き摺る様で重いが、重量感が凄くうねる様だ!だから第6部の「涙の日」が何と悲しく、涙をいっぱい溜めたモーツァルトの表現が是程似合うものは無く、合唱も絶唱を聴かせる。作曲家は、此処で絶筆と成ったのだが、演奏も此処で終わらせても良い位の充実感がある。しかし第4曲の奉献文を聴かねば成るまい!説明も野暮だが、是は、ジェスマイアー版である。前半の演奏が重かったので、どうかと思ったが、やはり重い!此処は、もう少しスッキリ演奏すると前半との対比が取れて聴き易いのだが、巨匠は、そんな事御構い無しである。だが是が時代のスタイルなのかとも思う!第2部の「賛美のいけにえ」の「主よ賛美の犠牲と祈りとを主に捧げる」と歌う合唱は綺麗だが思い入れも濃い表現である。その点では、続く第5曲の「聖なるかな」も同じ事が言えると思う!此処では重い表現が壮大さを増す要因を作っていると言える。もしかしたら巨匠は、弟子のジェスマイアーの書いた箇所とモーツァルトの対比を避けたい為の策かも知れない!第6曲の「神の子羊」も慈悲深く、終曲の聖体拝領誦も荘厳に締め括る。粘った重たい表現の演奏を探している人には、御薦めの1枚である。復刻は、Keith Hardwick である。

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