2011/4/28

バリリ弦楽四重奏団のベートーヴェン Vol.4  室内楽


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Nippon Columbia OW-8004-AW LP 1976


バリリ弦楽四重奏団で聴く「ラズモフスキー第1番」である。私は、ワルター・バリリが、ウィーンフィルのコンサートマスターの頃を知らない世代だが、活動を共にしたヴォルフガング・シュナイダーハンの時代を経てヴァルター・ヴェラーやゲルハルト・ヘッツェル、または、ライナー・キュッヘルの時代ともなれば全然違う楽団の様な印象を受けるのは仕方在るまい。だけどウィーンフィルは、まだマシな方で、ヘルベルト・フォン・カラヤン亡き後のベルリンフィルは、更に別の楽団になってしまった。古い話で恐縮だが、昔の楽団は、現在と違い地方色が豊かで一聴すれば即座に何処の楽団か解った様に個性も在ったものである。それは各楽団には、古来から特有の癖が在ったからで技能的には、如何に疑問が在ろうとも矍鑠たるものが在ったと思う。私は個性こそが芸術の真髄だと思うが芸術家なら尚更だろう。しかしその前に絵を描くのも楽器を弾くのも基本的な技術は必要である。其れが無ければ、自らの思いを表現する能力さえ不能であろう。結局、戦後の風潮では、技術信仰主義と成った事で、確かに巧く弾けるが、何かが足りないと思うのは、そう言う事である。必要なのは、これから先の事なのだ。さてウィーンフィルのコンサートマスターについて話が戻るが大事な人を忘れていた。ヴィリー・ボスコフスキーの時代も然りであろう。地域性も個性に反映する。だから情緒と言う言葉も生まれる。是から紹介するレコードは、正にウィーン情緒を聴くべき演奏である。さてメンバーは、第1ヴァイオリンのワルター・バリリを筆頭に、第2ヴァイオリンが、オットー・シュトラッサー、そしてヴィオラが、ルドルフ・シュレトンクとチェロのエマヌエル・ブラヴェッツである。第1楽章は、英雄交響曲を連想される旋律が印象的だが、失踪するアレグロは何処かのどかな面も在り、また弾む様な特有の音の切り方が如何にも洒落ていて其処にウィーン情緒を感じさせる。因みにこの曲は、各楽章がソナタ形式で書かれており其々のパートにオーボエ、クラリネット、ハープ、オルガン、ホルン等の感じを持たせているので色彩感もより立体的で多彩な音色は弦楽四重奏に於いては、面白い特色を持ち合わせていると思う。第2楽章は、初演当時にあまり評価の高いものでは無かったが、素朴さの中に情熱が込められていて主張も強い。そして音色は常に気品に満ちている。第3楽章の悲壮感は、如何にも悲しく切実に演奏されている。聴いていても身に詰まされる程だ。だが切なくも美しい。終楽章は、淡々とした語り口で始まるが、徐々に活力を増して行く。だが表現も繊細なので描いたとされる「兵士の帰還」の描写もそんなものかと頭に浮かべて聴くのも良い。終始部は、とても力強い。

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