2011/5/14

ホロヴィッツの展覧会の絵  クラシック


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RVC Japan RVC-1513 1977 LP


ウラディーミル・ホロヴィッツと言えば、トスカニーニを姑に持った事でも知られるピアニストだが、共演した曲も在り、レコードも残っているが、演奏から感じる緊迫感は、実は、嫁さんの父親だから内心ビビッている事からくるものだと思う位だが、ホロヴィッツ自体の天性と言おうか、若い時の演奏を聴いていると誠に鋭敏で、その辺の感性も姑であるトスカニーニも認めていたから娘のワンダを嫁にやったのかな?と思う!奥さんのワンダさんと言えば、私は初老期から晩年の姿しか知らないが、流石トスカニーニの娘だなと感心した程の気の強い婆さんとの印象が強い。若い頃のホロヴィッツは、大変神経質な人だったが、ワンダ夫人と夫婦で会見している処を拝見していたら良い意味でのカカア天下で夫を支えつつ牽引してる姿が垣間見れて面白かった事を思い出す。思えば、「こんな夫婦、何処にでも居るな?」てなものである。さて「展覧会の絵」と言えば、巨匠は、RCA−ビクターに1947年と1951年に2回録音をしているが、中でも名盤と名高いのは、カーネギーホールの実況盤である。1951年4月23日に行われた演奏会のものである。1947年盤は、嘗て国内盤でもSPレコードの時代に流通していたと思うが、録音に関しては、新しい1951年盤の音質が良いかと言うと正直そうでも無い。確かに録音は鮮明なのだがガサツな音質で聴き苦しい。どうやらマイク・バランスに問題が在る様だ。手持ちのレコードは再販で比較的後期の国内盤なので使用したテープの老化も原因かも知れない。前置きが長く成ったが、此処から演奏の感想を述べよう。これは、ホロヴィッツが編曲したものである。プロムナードは適正に進むが途中から聴き慣れない音の強弱が原典版の印象が在る人には、とても奇妙に感じられると思う。「こびと」は、巨匠の表現主義の一面がはっきり出た怪演である。「古城」も同様の表現だが、とても曲の心情を捉えた細かいテンポの動きが特色である。「チュイルリー」のたどたどしい足取りは微笑ましいが「ビドロ」の重い演奏ながらも何かを手にしようともがく様子は強い生命感を感じさせる。「殻を着けたヒヨコの踊り」は、情景が浮かぶ程で面白い。「サミュエル・ゴールドベルクとシュミュイレ」は、両者の対比をしっかり描きながら人間の真髄に迫ろうとする程の深さが在る。「リモージュの市場」は鮮やかだ。「カタコンベ」の壮絶な暗さは、衝撃な鍵盤の強打と共に絶望感を感じさせる。だが後半は、救済の手が差し伸べられたかの優しい弱音に救われる。「バーバ、ヤガーの小屋」は、魔女と言うより魑魅魍魎が飛び回る妖艶で怪奇な光景が浮かぶ。聴いていると思わずどっきりする。「キエフの大門」は、まるで群集が立ち上がり明るい将来に向かって力強く歩き出す堂々たる演奏で終曲に相応しい力演だが、演奏全体の緊張度も凄く全曲を一気に貫く。カップリングの以下の曲も実況録音である。曲は、スクリャービンのピアノ・ソナタ第9番と前奏曲と練習曲である。ピアノ・ソナタ第9番は、とても神秘的で法悦への昂揚を感じる。展開部の凄まじさは目を見張る。それに対し前奏曲2曲は、抒情的な憂愁を感じさせ演奏もそれに答えている。詩的な練習曲も素晴らしい。壮絶な「展覧会の絵」を聴いた後だと、とても癒される。収録は、ピアノ・ソナタ第9番が、1953年2月25日、前奏曲ニ長調が1951年3月5日、嬰ト短調が4月23日、練習曲変ロ短調と嬰ハ短調が1953年2月15日だった。



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此処から補足だが、ひょんな事から国内盤の初版を入手した。「展覧会の絵」だけが、ゆったりとカッティングをされたレコードだ。それもあるのかホロヴィッツが鍵盤に触れる指の強さが解るので、聴いていても充実感がある。音の腰もしっかりとしているので前記に挙げた聴き辛い感じもない。低音部もしっかり鳴るのでスケール感もある。そこでやっぱり古い録音はなるべく初期に近いもので聴いた方が良いのだなと実感する。中にはイコライザーの関係で難しいものもあるが、セカンド・プレスのものはそれがないので、色々と聴いてみるのも良いだろう。ジャケットの画像も追記しておくが、懐かしく感じらる方も居られるだろう。しかしながら元々ピアノが原曲のものを編曲とするのは不思議だ。これもそうだが、それなら作曲家の意図が何処にあるのかとも思う。

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2011/5/8

ミトロプーロスの幻想交響曲  指揮者


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Colombia Masterworks ML5188 LP


「ギリシャの哲人」とウィーンフィルの奏者から呼ばれ、評価も高かった巨匠のレコードである。オケのリハーサルも緻密であり、驚異的な記憶力で信じられない逸話も残すが、音楽監督を1951年から1957年まで務めたニューヨークフィルからは、方針の違いでの対立も在り最後は追い出される様に辞任している。演奏の特徴としては、客観的に鋭く斬りこむ鋭敏な感性が評価されていたが、現代音楽を得意としていた事も其の要因と言えるだろう!だから或るマニアには、其の鋭敏で繊細な音を再現しようと専用の装置まで作り上げた御仁まで居る程である。実際、斬り込む程の演奏を再現しようとすると音の速度が問題に成ってくるが、装置のクオリティーを上げれば、確かに改善は可能だが、伝導率とも成ると話は別だ!電気再生は、意外と其の点が悪い!だからSP盤の蓄音機再生が見直される事実もある。理由は簡単だ!つまり振動板によって再生された音が間に何の介入も無く耳に届けば良いだけである。そう考えれば画点が行くだろう!蓄音機は、サウンド・ボックスから得た音声を単に喇叭で拡大するだけである。音速度が速いのは当たり前である。其処に現実感を感じる訳である。だが電気再生は違う!アナログでもCDでもそうだが、プレーヤーから出た音声信号は、拡大する必要がある。だからアンプを通すが、其れで終わらずにスピーカーが必要となる。其の差は著しい!つまり其の御仁は、電気再生の欠点を自ら克服しようと奮闘している訳だが、私は、其の記事を過去の「レコード芸術」で読んで感激してしまった!だが敢えて其れから先は述べずにおこう!拝読していた方は御存知かも知れない!さて前置きが長くなったが、此処からレコードの感想を述べよう!収録年は、1957年なのでニューヨークフィルを離れる最後の年のものである。年代的にステレオ初期のレコードだが、残念ながら私の持っている物は、同時発売のモノラル盤である。だが音質上の問題は無いので音場の事さえ気にしなければ何の支障も無い!紹介が遅れたが勿論、楽団は、ニューヨークフィルである。針を降ろすと優美な旋律も明確に扱われるので情感を殊更強調する訳でも無いが極めて遅いテンポでスミソニアンのテーマが扱われるので嫌が詣でも繊細な表現に成る。デリカシーに富んだ演奏と言えるが、一点の音さえ疎かにしない姿勢が伺えて其処が巨匠らしい!主部の失踪する感じも良い!だが決して感情で押す事が無いのに物凄い推進力を感じる。聴いていると、兎に角音が此方に飛び込んで来る様に聴こえる。まるでエネルギーが飛んで来る感じだ!本当に切れ込みの良い演奏である。フォルテが直線でドンと言うよりグサッと突き刺さる。そんな気の抜けない処がある。第2楽章もそんな感じだ!ワルツの主題は、細か過ぎる程なのに明確に鳴る。音が飛んで来る印象も其のままである。例えれば、マルケヴィッチに似ている処も在るが、此方の方が少し線が太い印象である。だが刃先は、やはり鋭い!第3楽章の「野の風景」もスコア上の音だけで勝負している感じだ!だから情景描写と言う点では、後退した表現だが、主張は強い!第4楽章の「処刑台への断頭」は、最も緊張感の在る楽章だが、目の前で繰り広げられる音のドラマは、言語道断の厳しい表現の元で推進していて、やはり見事である。ティンパニーも雄弁に鳴響き厚いブラスの音と共に終始部は怒涛の音響の中で終わる。終楽章は、「悪魔の祝日の夜の夢」と題されるだけ在って気味の悪い表現も可能だが、ティンパニーの強打にぶっ飛ばされて背後から刀でバッサリと斬りかかられた感じである。鐘の音をピアノと重ねているのは一寸したアイデアだが聴き進むと意外と効果的だ!なんだか聴いていると巨匠の演奏を完全再現したくなったマニアの気も解る。それ程、巨匠の音楽は現実的にメッセージを飛ばしている。終始部も圧倒的に流儀を通して終わる。是は、聴き終わると暫く動けなくなる演奏である。巨匠の個性満開だ!

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2011/5/8

フレデリック・ストック  指揮者


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Columbia USA ENTRE' RL 3013 LP


フレデリック・ストックが、シカゴ交響楽団を指揮したブラームスの第3交響曲である。巨匠の同楽団の音楽監督は長く在期は、1905年から1942迄務めているので37年間に及ぶ。其の為、楽団に対する影響力は強く、現在のシカゴ交響楽団に於けるアンサンブルの基盤を作ったとも言われている。同楽団の評価は、フリッツ・ライナーの功績が高いが、何の基盤無しに成果は現れない!ライナーは、其の基盤が在ったからこそ更に発展に従事出来たと言うのが本当の事では無かろうか?途もあれ巨匠の功績は、数多い録音で確認する事が出来る。フレデリック・ストックと聴いて懐かしさに目を細める音楽ファンは、現在では、かなりの高齢の方だろう!活動した年代からも解るが、完全にSPレコード時代の巨匠であり、コロムビア、ビクター双方に録音が在ったので、日本でも相当数発売されていた。巨匠の演奏の特色については、是から紹介するレコードの感想と共に述べよう!収録年は、1940年である。針を降ろすと意外に素っ気なく始まるが土台のしっかりした低音部の安定した鳴り方が効を相して安心して聴ける。高弦のセクションは、何処と無くメロウな印象でシルキーな音色が素敵だ!楽団自体の合奏能力も素晴らしい!沸々と湧き上がる情熱も感じさせる演奏だ!木管の鳴り方も趣味が良く、曲にマッチングしている。全体にはしなやかな音色が魅力と行っても良かろう!作品其の物が語りかける様な純粋さを感じるのは巨匠の音楽性だろう!第2楽章も其の延長上に在る。主旋律には、ある種の主張を感じる。曲の壷は、しっかり抑えている。必要以上に浪漫的な表情には成らないが、とても素直である。だから他の指揮者によっては、お涙頂戴と成る第3楽章も過度に表情的に成らずに淡々としている。ブラームス特有のくどさやしつこさとは無縁なので、其の点に気に成る人には丁度良いレコードである。終楽章も傾向としては同じだが、楽章の性格上、推進力が増すのは当然と言える。だが切羽詰った処は無く堂々と進む。造型もしっかりしており揺らぐ事無く終始部を決めて曲は終わる。尚、音質は録音年代の割には良好で鑑賞には何の支障も無い!

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