2011/11/28

オリジナル盤に問題のあるクライスラー  協奏曲


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Toshiba-EMI TOCE-7821 CD 1992


クライスラーが、電気録音初期に録音したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲である。これは、1926年に収録されたものだが、伴奏指揮は、レオ・ブレッヒ、楽団は、ベルリン国立歌劇場管弦楽団である。これは、古くからレコードを聴いている方には、よくお解りかと思うが、オリジナル盤のピッチが、バラバラで、商品製造の際の技術陣の体制にも大いに疑問を持たれるものである。このCDの復刻には、市販のレコードが使用されている様で針音も在るが、音質は、とても素直で聴きやすい!オリジナルは、英HMVである。国内盤は、確か日本ビクターで発売されていた筈だ!SPレコードと言うと78回転との認識が一般的だが、工業精度が不安定な時代は、とても不安定だった。オリジナル盤や国内初期盤を御持ちの方は、充分体験されていると思うが、聴いていると「???」と言う状態になる。其れは、参考に其のSPレコードの回転数を記するとレコード自体は、6枚組11面に収録されている。第1楽章は、6面を有するが、1面から4面までが、76回転、5面が、77回転なのに6面が、75回転である。第2楽章は、7面からだが、7面から8面が、76回転、そして終楽章が、9面から始まるが、其の9面が、76回転なのに10面が、77回転で最終面が、76回転に成ってしまう!そんな状態のレコードなので、オリジナル盤を御持ちの方は、余程、神経質な人なら兎も角、一般的には、諦めて聴いているのが現状だろう!だからこのCDは、そんな体験をされている方には朗報である。ピッチは万全に修正されている。此処から演奏について述べるが、カデンツァは、クライスラー自身のものである。誇張無く素っ気無いほど自然に始まる序奏は、リズムが適正で、すんなり耳に入ってくる。其れからヴァイオリンが入ってくるが、甘い音色を聴いているだけで先行きを期待されるが、何の停滞感も無いサラサラとした歌いまわしには独特の味も在り、これこそクライスラーだと思う!ブレッヒの伴奏も決して力んでいないのに聴いていて不足感を感じない!沸々と湧き上がるような情熱も充分感じられる。双方の掛け合いの間も良くて思わず聴き入ってしまった。カデンツァも見事だ!第2楽章も双方の意思の疎通も万全なのか素朴な伴奏と共に情感豊かなヴァイオリンの音が素敵である。この箇所をある批評家が、「天使が、舞い降りるようだ!」と評していたが、聴き直してみたら本当に其の通りで「じーん」と来てしまった。終楽章も優しく穏やかな演奏で音に愛が篭っている。現在の録音と比べてダイナミクスの点で不足を感じる箇所も無い訳でも無いのだが、演奏スタイルが、其れを望んで無いようだ!私は、是でも充分である。カップリングは、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番である。此方の収録は、少々古く、1924年から翌年とされている。年代的に喇叭吹込みだが、然程、古さが気に成らない!何故なら演奏が迫真的で息つく暇も無い程だからである。此方の伴奏は、ユージン・グーセンス指揮のロイヤル・アルバートホール管弦楽団である。第1楽章は、正しく入魂の演奏で、此方の方が迫力が在る位だ!だから伴奏者共々集中力の強い演奏で周りの全てのものを巻き込むかの様である。聴いているとこの頃が、クライスラーにとっては全盛期だったのかなとも思ってしまうが、事実正解かも知れない!其れと言うのも、こんなに熱中したクライスラーを聴ける録音も無いからだが、兎に角、演奏に熱いスピリットを感じる事が出来る。第2楽章も決して弱々しさを感じない堂々たるものである。力強く面々と弾き切っている。そして其れだけでは無く、勿論歌に満ちている。終楽章も快演で聴いていても気持ちが良い位に情熱を爆発させている。聴き終わって、もう少し録音技術の発展が早ければと残念な思いがした。

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2011/11/25

チェリビダーケのレクイエム  指揮者


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W Furtwangler Society Japan WFJ-53 CD


些か奇妙なCDである。と言うのも生前は、フルトヴェングラーとの不和説まで在った巨匠の演奏が、何故かフルトヴェングラー協会から領布されているからだが、巨匠本人の「あの人は、音楽家としては偉大だったが、嫉妬深かった!」と証言も在る通り、寧ろフルトヴェングラーの事を軽蔑していた巨匠の演奏が、まさか協会盤で聴けるとは、とても不思議に思ったからである。其れについては、協会会員には、「??」なんて思った人も居た筈だが、私も「なんで?」なんて思ったものである。以来、協会では、引き続き巨匠の演奏が、CD化されて領布されているのだが、前協会幹部時代では、フルトヴェングラーに対しての疑問や、まだ発売されていない演奏についての質問をしただけで不機嫌な回答が在った程の極めて保守的な協会だっただけに現在の幹部に変わった時点で、何故是ほど迄の方針転換をしたか「???」である。其れを証拠に以前では、全否定さえしていた所謂海賊盤まで協会で領布しているので。其れこそ「????」である。そんな感じで、興味が無くなって領布品を申し込まなくなってから気が付いたら何時の間にか除名されていた。実は、小生、元協会会員なのである。もうネタが無いのも解るが、以前は、研究資料としてスコア等の文述も領布されていたのだが、現在は、其れも稀の様だ!実際、怪しい原盤からのCD化も行われており、あれだけ否定していたステレオ録音盤が領布されている。是も中には原盤の出処も公表しないものも在るので、既に協会としての威厳や権限も無くなったと判断しても良いだろう!DVDの説明字幕に間違いの多いドリームコーポレーションとの提携も賛同出来ない!確か現会長さんは、其処に関わり合いの在る人なので当然か?近衛秀麿さんが会長だった頃を継承していた時代が懐かしい!旧幹部の保守的に過ぎる姿勢も、其れだけ強固だったので、威厳が保てたと言えるだろう!さて愚痴は、此処迄として紹介するが、音質は、其れなりだが、残響だらけで明瞭度に欠けて細部が聴き辛い!リマスタリングも正直失敗だと思う!此処では、巨匠が指揮したモーツァルトの「レクイエム」を紹介しようと思う!収録年は、1987年4月16日で、楽団は勿論、ミュンヘンフィルである。合唱団もその関連だ!独唱者は、ソプラノは、マリア・ヴェヌティ、アルトが、ウルズラ・クルツ、テノールが、ウーヴェ・ハイルマン、バスが、ペーター・リカである。このCDもマスターの出処が不明だ!ホール名の記載も無い!現在の協会は、いつもこんな感じだ!其れはさておき演奏評だが、入祭文は、虚無の中から音型が、ゆっくりと浮かび上がる趣きが在る。だから合唱の扱いもそんな感じである。合唱のハーモニーは、とても綺麗だが声部の扱いが、些か器楽的で人間味が無い!まるでオルガンの様だが、是こそ巨匠の美学と言うべきか?キリエは力強い!しかし終止篭り気味の録音状態なのが気になる。合唱は、デリカシーの極意で少々繊細過ぎる感じがする。続誦に移り「怒りの日」のダイナミクスもなだらかな表現なので、只、すんなりと通り過ぎた感じだ!「奇しき喇叭の音」も巨匠ならではだが素朴で平坦な表現である。だから「御稜威の大王」も同じ傾向の演奏で、もう少し曲の性格を明確に打ち出せば良いのにと思う!「思い出し給え」は美しい!此処の感想では、独唱者の事について一切触れていないが、其れは合唱との調和が良過ぎて独唱者が、良く言えば溶け込み、悪く言えば理没して聴こえる為に歌手の個性の説明をする必要が無いからだが、どうやら巨匠は、全体との調和を大事に考えていた様で、独唱者が目立つ事を避けているとしか思えない!一見、平坦に聴こえる表現も実は、巨匠の狙い通りだと思う!「呪わせし者どもを罰し」も性格描写が弱い!しかし忍び寄る様に始まる「涙の日」は、じんわりと感情の起伏が見られて、素朴な演奏も良いものだと思わせるものがある。奉献誦の「主イエズス」のスピード感の在る演奏は、曲前半の重さの解消として順当な表現で聴き易い!何故なら此処で前半のままだと聴いていても飽きて来るからだが、流石に巨匠は、曲の構成を的確に判断している。「賛美のいけにえ」の合唱は、恰も天上に風に舞う様である。男声合唱が、少し弱いのが残念だ!「聖なるかな」は、とても荘厳で聴いていて心が洗われる様である。「祝せらせ給え」に如何にも慈悲に溢れた独唱者達の歌唱は、天使が舞う様で夢を見ている様だ!「神の子羊」も祈りに満ちた表現だ!聴いていると曲の持つ感情が、じわじわと伝わって来るので一緒に祈りたくなる程である。終曲の「聖体拝領誦」を聴いていると天から光が差し込んで来るかの様な印象を受ける。確かに巨匠特有のモーツァルトだが、この程度の音質ならば本質の半分も伝えられない!

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2011/11/23

八つ墓村  映画


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Victor Japan KVX-1001 LP 1977


これは、横溝正史ブームの最中に制作された映画だが、当時、立て続けに制作された東宝作品とは、趣が大変異なる。つまり制作会社の社風の違いもあるのだが、元々、怪奇探偵小説として書かれた原作とは言え、一連の市川崑監督作品とは全く切り口の違う作品と成っている。内容は、今更なので割愛するが、これは、名作と言われた「砂の器」のスタッフが作り上げた作品だが、そこで何かを期待するのは原作の性格上無理と言うものである。当時は、オカルトブームでも在ったのが影響して怪奇色が一層強く成っている。但し映画作品だけに脚色も在り、処々原作との相違が在るのも仕方在るまい!

この映画は、私にとって、思い出深い作品でもある。これは松竹作品である。何と言っても作品の重みが凄い!尚、物語の時代設定は、映画制作当時の1977年にしている。流石に「砂の器」のスタッフが作り上げた作品だけある。それと脇を含め役者が充実している。金田一耕助は、渥美清だが、公開当時は、賛否が在った事を思い出す。だが物語の後半で、事件の経緯を話す渥美清は、妙に説得力が在る。この人は、話芸の名人でも在った!他の役者の事や落武者と村人の残虐場面については割愛しよう!其の残虐場面は、事実トラウマに成る程強烈である。1977年当時の役者は、まだ若かった!




さて、此処からレコードについて述べよう!このレコードは、画期的とも言える制作体制で、販売に漕ぎ着けたものである。それは、レコードのライナーノートでも述べられているが、映画制作の進行と共に企画され、撮影に併せてレコードの製作準備に着手したからである。だから録音したのは、映画音楽のダビング作業と同時で在り、レコード録音も行われたと言う事である。尚、レコードの販売は、映画の封切前に発売されている。経過を振り返ると封切約3ヶ月前でさえも映画は再撮も含め、まだ作品のオールラッシュも観れない状態だったとの記載が在る。因みにオールラッシュが観れたのは、8月26日と言うのだから公開直前迄、制作スタッフ共々作曲家である芥川也寸志は、奮闘をしていたと言う事である。だから5部迄制作された予告篇では、完成作品で聴かれる曲は、最後の予告篇で聴かれる「道行のテーマ」しか無い!だから予告篇の中には作曲中で編曲もされていない曲が、チェンバロで演奏された事があった!それは、村人の虐殺場面が初めて予告篇で公開された時だったので、映画館で偶々観た時は、強い印象に残った!私は、この作品は、2番館で観ている。だから初公開の1977年10月29日には間に合わなかった!その頃のテレビCMでは、「祟りじゃ!」の台詞が強烈に頭に焼き付いている方もいらっしゃるだろう!久々に引っ張り出したレコードは、些か盤面に荒れが見えるが、当時も頻繁に聴いたものだけに懐かしいものである。作曲した芥川也寸志は、「ゴジラ」で有名な伊福部昭先生に師事していたが、確かに土着性に満ちた風土性漂う旋律に特色を伺う事が出来る。しかし師匠の様に其の要素は強く無い!その代りに悲劇性を含みながらも哀愁の在る旋律に惹かれるものが在る。緊迫感の在る虐殺場面の曲も聴けば場面が蘇る。この映画については、ネットでは感想を目にするが、このサントラ盤については誰も取上げる人が居ないので、敢えて取上げた!久々に観たくなった!DVDでも観てみよう!

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タグ: 横溝正史 探偵 邦画



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