2011/12/31

ギーゼキングのドビュッシー  器楽曲


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EMI 7243 5 67262 2 2 CD 2000


ワルター・ギーゼキングと言えば、SPレコードの時代から録音も多くブルーノ・ワルターと組んで録音した皇帝協奏曲は、現在でも知られたものだが、そのレコードを聴いても解る通りに浪漫的なブルーノ・ワルターと演奏スタイルの点でズレを生じており、当時新鋭の新即物主義の演奏家である事も明白なので、同曲で在れば、再録のカラヤンとのレコードの方が良かった位だが、独奏で聴こうとなるとモーツァルトとかドビュッシー等は、聴いていて本当に心地が良い!あまり心地が良いので、ながら族的にBGMとして掛けるのは、巨匠には申し訳ないのだが、絶好の演奏が多い!此処で取り上げるCDは、ドビュッシーの前奏曲第1集と2集なのだが、録音も1953〜1955年と古いので圭角の取れた丸い音質で巨匠本来の鋭敏なタッチが弱く聴こえるのは残念だが、BGM感覚で聴き始めても思わず「ハッ!」とする瞬間が、この演奏に在る。これは私の私見だが、ドビュッシーの演奏には、ある種の鋭敏さが無いと曲の持つ感覚的な美しさが活かされない様に思われる。ガラスの玉が飛び散った色彩感は、それでこそ活かされる。つまり透明感も必要で矛盾するようだが、氷のような冷たさの在る色彩が欲しくなる。それでもこのCDは、巨匠の粒立ちの良い音色が解るのだが、アナログ盤でも聴き返してみる必要が在りそうである。オリジナルは、確か10吋盤3枚で発売されていた筈である。

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2011/12/22

アンドレ・クリュイタンスの「第九」  指揮者


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Toshiba EMI EAC-30007


是は戦後初のベルリンフィルによるベ―ト―ヴェン交響曲全集に成ったものからの分配だが、此処でベルギー系のフランス人であるアンドレ・クリュイタンスが起用されたのは、単にナチ色排除が目的で在った事は容易に理解出来る。楽団がベルリンフィルと在れば尚更である。この「第九」の収録は1958年頃なので、まだステレオ初期だが、EMIは古い技術に固持する傾向に在ったのでステレオ化は他社より遅い。実は独系レ―ベルも遅いのだが、此れは敗戦国なので単に経済的な理由による。途もあれカラヤン以前にまだ旧来の音色が残った楽団の記録としても貴重である。しかし巨匠のアプローチはベルリンフィルの機能性を生かしながらも独自性を示している。さて此処から演奏に触れるが、此方のレコードは廉価盤で発売されていた東芝EMIのニュー・セラフィム・ベスト100シリーズのレコードである。 耳辺りも柔らかく聴いていても心地が良いが今ひとつ奥行きが感じられないのは、やはり72分も在る演奏を1枚にカッティングした事が弊害であろう!針を降ろすと重厚と言うよりは鮮やかで瑞々しい音色だが、巨匠の選んだ遅めのテンポでは其の演奏スタイルとのズレも感じる。やはりこの遅いテンポでは緊張度が足りない。爽やかで美観に優れているのは良いが、それならば野太い重量感が無くては駄目だ。だから何となく密度が薄く聴こえる。だから展開部の盛り上がりも壮絶な響きが欲しい。そんな第1楽章だった。其処が、この演奏の難点なのかも知れない。オリジナル盤がやたらと高値がついているのは其の辺に理由が在るのかも知れない。因みに似たような演奏スタイルでは、オランダの巨匠であるオッテルローが浮かぶが、其れは過度な表現を決して取っていないのにも関わらず説得力も演奏密度も充分だった。続く第2楽章は巨匠のリズム感を知るのに絶好の楽章だが、構成もしっかりしているのでキビキビと進む。聴いていて少しも無駄な箇所が見つからない。楽団も後年のカラヤンの音とは違い、律儀に木目細かい弦の音色も魅力的だ。何故なら後年では、やや大仰に肥大した響きに変貌を遂げるからである。其の為か第3楽章では、神聖な響きが聴かれる。テンポは普通だが奥行きも充分でスケール感も程々在る。音色の素晴らしさに魅了される演奏である。さて終楽章だが、独唱者を紹介しておくとグレ・ブルーウェンスティーン(S)、ケルスティン・マイヤー(A)、ニコライ・ゲッダ(T)、フレデリック・ギュトリー(BS)の面々である。それと合唱には、ベルリン聖ヘドヴィッヒ教会合唱団が参加している。冒頭は、テインパニーの連打から始まるが、其れに重なる木管がとても綺麗である。前奏部分も各主題の描き分けが巧みである。聴いていると素直に楽曲に没頭しているのが解かる程だが、残念なのが、録音にもう少し奥行きが欲しい点である。もしやスッキリした音楽性は、録音バランスにも起因しているのでは?とも感じてしまう。バリトンの歌いだしにも品がある。マイヤーの深々とした歌唱も良い。最初の合唱が終わった後のマーチも最適で、ニコライ・ゲッダの過度の無い歌い方も好感が持てる。それと心の篭った合唱も良いと思う!終始部の精神的な高揚も見事だが、巨匠の知的なアプローチは、最後まで変わらず本当に過度と言うものが無いのがクリュイタンスのEMI録音での特色で在る事が解かる。何故なら巨匠も実演で燃え上がる演奏は、伝説に成っているからである。其の内2枚組のオリジナルも聴いてみたいものである。

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2011/12/14

ショルティのマーラー  指揮者


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Polydor Japan Decca-London L20C-2029 LP


ゲオルグ・ショルティは、マーラーの交響曲を全集として英.DECCAに残しているが、マーラーを得意とする人は、やはりブルックナーは、何故か鬼門の様で、あまり良いものは無いが、ショルティとて例外じゃない感じがする。だけど意外に本人には、其れなりの理念が在って、別に鬼門とも思っていないかも知れない!是から紹介するレコードも其の典型だが、久々に聴いてみると相当な演奏である。この演奏は、以前には、2枚組で、「こどもの不思議な角笛」とカップリングされて発売されていたが、私は後に廉価盤で購入した為に第3楽章が2面に分かれている。是が、このレコードだが、危惧した音質も良好で、流石にDECCAてな感じがする。勿論、嘗てに発売されていたものとは、奥行きや量感に差が在ると思うが、ズドンと腹に応える低音も聴こえるので、まだ条件は、かなり良い方だと思う!何故かCDされたものよりも空気感と言うか、空間性も良いので、其の辺が、アナログ盤ならでは何だろうなと感心する。腐っても鯛とは、よく言ったものである。さて此方の収録は、1970年なので、巨匠が、シカゴ交響楽団の音楽監督に就任した翌年と言う事になる。つまり、このレコードでは、巨匠就任当時のシカゴ交響楽団が、如何なる合奏精度だったかを確認する事が出来る。私が、そもそもゲオルグ・ショルティに興味を持ったのは、映画「地獄の黙示録」の爆撃場面で聴いた「ワルキューレの騎行」が、ショルティの歴史的名盤とされる「ニーベルングの指環」からのものだったと言う理由なのだが、そんな感じで聴き始めた人も多いと思う!だが意外とショルティのワーグナーを聴いて感動した覚えが稀な私にとっては、単にレコード産業史上、偉業を達成した指揮者との認識しかない!寧ろ感心したのは、1986年にシカゴ交響楽団と共に来日した時に演奏されたマーラーの交響曲第5盤である。巨匠は、何度かの来日で、この曲を演奏しているので、当時の批評では、前回のものと比べて緊張度が薄くなったとか言われていたが、私には、大して関係の無い事だった。其処で仰天したのは、冒頭の葬送の主題をハーゼスが、サラリと吹いてオケが微動だにしない精度の高いアンサンブルで整然と鳴った瞬間を耳にした時だった。是から少しずつ巨匠のレコードが揃い始めたのは言うまでもない!其の印象は、このレコードとて変わりは無いのだが、強剛で引き締まったアンサンブルは、此方の演奏が上だと思う!其の為に些か窮屈な面も在るのだが、シカゴ交響楽団特有の機能美に感心してしまう!勿論、マーラー特有の分裂気質である特色も充分に表している。雪崩込む様に始まる第2楽章も威圧的な表現だが、思わず圧倒されてしまう!第3楽章のダイナミックなスケルツォも鋭角に響くが、透明度の高いオケの音色が、聴く者を納得させる。アダージョも甘さは無いが、透き通る様に繊細な透明度の高い弦の音色に魅了される。終楽章の造型も見事だ!是も音響のみで聴かせる演奏だが、変に嫌味を感じさせないのも巨匠ならではだろう!シカゴ交響楽団の機能美に浸りたい人には御薦めの演奏だ!2枚組のレコ−ドも其の内欲しいものだ!

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