2012/1/28

賛否を呼ぶポルタメント?  交響曲


此処では、あまりモーツァルトの交響曲を取り上げていない印象が自身には在るが、其れは、演奏家や指揮者が極めて偏っており、少々躊躇している面が在ると自己分析している。事実、其の傾向を懸念してカール・ベームに至っては、別のブログが在る位だが、其の歌劇7作品は、其方で紹介しているので、此方では、御皿が回ってこないと言う事である。そんなものだから此処では紹介するにも意外と迷う?だからと言って厳選する気は、更々無いのだが?

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CBS/SONY 25DC 5196 CD 1989


前置きが長く成ったが、此処では、ブルーノ・ワルターのモーツァルトを紹介しよう!曲は、交響曲第40番と25番である。是は実況盤で、楽団は、ウィーンフィルである。実は、この演奏は、私が高校生の時にアナログ盤で所有していたのだが、現在、手元に残るのは、CD化されたものだ!其のジャケット・デザインは、幸いオリジナルなので、まじまじ見ると懐かしい!音質も嘗て持っていたアナログ盤と変わらないのも良い!しかし古い録音なので万人向けではない!最初に40番から聴いてみよう!此処で論点と成るのは、最初の主題に掛かる上行ポルタメントと言う事に成るだろう!其れについては、私も最初は、全く理解出来なかった!だから当初購入したアナログ盤が、現在存在しない理由かも知れない!ウィーン気質なるものを意識し始めたのも近年の事である。ウィーンフィルの特色の在る奏法は、以前から知っていたが、正直其の魅力は、恒例のニューイヤー・コンサートから気付いた人も多かろう?だが寧ろ往年のレコードから本格的に触れてこそ、其の良さも解ろうと言うものである。其れほどウィーンフィルでさえ現在では、変わってしまった。良い例が、1950年代まで聴かれたポルタメント奏法である。この奏法は、古来に於いては、自然に掛かるものだったが、現在の合理的な奏法では掛かり辛いので譜面上に指示が無ければ聴かれる事も珍しくなった。だが古い音楽ファンから言わせれば、是等を含めた音色が、同楽団の魅力だと断言する人もまだ居るのも事実である。このCDでは、正に其の時代のウィーンフィルが聴ける。だから万人向けとは言えない演奏でも在るが、此処には、現在消えてしまった人間味の在るモーツァルトが聴ける。基本テンポは速い!巨匠の同曲録音に於いても第1楽章は、特に最速だと思う!疾走するアレグロと表現した方が適切かも知れない位のものだが、曲に食らい付く様な演奏だ!そして最初に聴いて違和感が在った上行ポルタメントも聴き慣れるとチャーミングである。時に巨匠が旋律を口ずさむのも御愛嬌だ!てな事で余り頻繁に聴く演奏ではないが、現在では愛聴盤になった!第2楽章は、巨匠の心情が透けて見える程の内向的な表情が特色とされるが、表現も楽団と一体化しており自由自在だ!其れに対し、第3楽章は、厳格なリズムで、この世の厳しさを諭す様な演奏である。トリオのハーモニーは、美しく癒される。そして終楽章は、正に感情の嵐である。この演奏は、1952年5月18日に行われた演奏会の実況録音であった。次には、25番の交響曲が収録されている。此方は、1956年7月26日、ザルツブルク音楽祭での実況録音である。第1楽章は、怒涛の如く突き進みテンポも速く、此処までの表現をした演奏は、中々聴けるものでは無い!巨匠は、レコードに残した演奏も在るが、基本的な造型は同じでも此方の方が精気溢れたものに成っている。そして厳しい表現だ!其の厳格さは全楽章を支配しており、第2楽章の苦悩的な表現も身に詰まされるものが在る。だから第3楽章も突き放した様な厳しさが在る。其れは終楽章とて同様で、悲しみが疾走するかの様だ!尚、巨匠の同曲では同年のニューヨーク・フィルのものが更に激しい表現らしいが現行盤が、既に存在しないのが残念だ!余談だが、このレコードは、最初の再販のレコード・ジャケットの方がデザインが良い!

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2012/1/26

R・シュトラウス自作自演集 Part.1(DGG編)  クラシック


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Polydor Japan POCG-2915/7 3CD 1993


作曲家のR・シュトラウスは生前、指揮者としても有名で功績も実際に在って其の指揮者としての録音もかなり在る人なのだが、意外と復刻が少ないので、オークション等でSPレコードを探している時にたまに珍しいものも発見する音楽家でもある。古くは、喇叭吹込みから録音歴が在るのだが、今に成っても全容が明らかに成らないのが残念だ!有名な処では、モーツァルトの後期3大交響曲やベートヴェンの5、7番の交響曲も在るのだが、自作曲の録音も喇叭吹込み時代から在るので結構なものだと思う!このブログでも事在る毎に紹介をしているが、今回は自作曲の録音を復刻したものを取り上げよう!全て独DGGのものである。そして楽団は、一部を除いてベルリン国立管弦楽団である。尚、このCDは、3枚セットなので分けて紹介しよう!最初は「ドン・ファン」だが、収録年も1929年と古いが復刻状態は、そう悪くない!自作実演の演奏と言うと簡素過ぎて面白くない場合も多々在るのだが、其の殆どが作曲家の意図を実は指揮者が無視している印象が在る。其処に解釈上のズレを生じている訳だが、R・シュトラウスの場合は曲の編成だけに普通に振ってるだけでも大きな音が出るので当然かも知れない!さて演奏は快調だ!後年のウィーンフィルのものと比べても颯爽としているが、是は単に指揮者(作曲家)本人の年齢に起因するものだろう!本人が振っているのだから当り前だが、各主題の描き分けが、こんな古い録音からでも解る程だ!是は指揮者としての才能も長けていた事を証明するものとして良いと思う!テンポも定評通り速いが推進力も素晴らしい!だけど何処かニヒルと言うか粋な感じでサラリとしている。其れでいてドン・ファンの情熱や苦悩、憂いまでも表現し尽している。是は自作実演だとしても侮れない演奏だ!次の「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」も前者と同じ収録年だが、此処でも表現力豊かな演奏で、ティルの行動が頭に浮かぶ程で聴いていても飽きない!何かいいなと思ってる間に演奏は終わった。其の次は歌劇「インテルメッツッツォ」第1幕第5場の挿入曲がである。収録年は、1927年だが、聴いていると音に慣れたのか古さは然程気に成らない!美しく甘美な情景描写を聴くべき演奏である。意外と此処にR・シュトラウスを聴く魅力を感じてしまった。そしてこのCDを始めて聴いた時に感心したのが次の楽劇「サロメ」より「七つのヴェールの踊り」である。是だけベルリンフィルで収録年も1930年と少し新しい!しかしながら復刻は。是が一番落ちるのが残念だ!だが演奏は、退廃的で在りながらも妖艶其のものである。サロメの足のステップが聴いていて思わず浮かぶ!咽返るような官能美も素晴らしい!勿論、王女の踊りとしての気品も表しており何も言う事も無い!是は名演だ!そして最後に「死と浄化」だが、収録年は、1926年と古くて仕方ないなと思う音質だが、冒頭の陰影の在る音色から惹かれるものがある。少しづつ迫り来る死への恐怖に怯える描写も良いが、死と直面してからの戦いは、残念ながら録音が捉え切っていない!其れでも緊迫した情景が浮かんでくるは凄いが、やはり残念!この手の曲は、もっと良い音の状態で聴きたい!復刻が良ければ作曲家の意図は、もう少し伝わってくるだろうと思う!SPレコードで聴き直せる機会でも在ると良いのだが?

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2012/1/25

正規盤の方が、音が良いのだが...  交響曲


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King-Seven seas K22C-137 LP 1981


長い事、レコードばかり聴いていると他人から垣間見ると不思議な事も在る。其れはレコード・マニアの方々には経験も在るだろうが、アナログ時代では、現在では考えられない位の海賊盤が販売されていて、所謂レア音源からのレコード化なら音質が例え悪くても聴けるだけでと満足した方も居られるだろうが、此処で取り上げるのもそんなレコードである。ジャケットを見ても解るだろうが、是は、フルトヴェングラーがウィーンフィルを指揮したもので、表記の通り1954年のザルツブルク音楽祭でのものである。是は後に独.Orfeoレーベルから正規盤CDが発売されているのだが、音質を聴き比べる迄も無くOrfeo盤が良いのは当り前だ!しかしながら実在感と言う点で比較すると音質の悪い、このレコードが演奏を聴いた気がするのも不思議な事である。其れでも買った当時は、特に音質の事を気にしないで聴いていたのだから不思議なものだ!是は、巨匠最後の「第七」としても知られているものだが、収録日を敢えて表記すると1954年8月30日にザルツブルク音楽祭で演奏されている。巨匠の同曲と言えば、戦時中のベルリンフィルのものとか英HMVのウィーン盤が有名だが、それらの演奏は、当時のレコードの音質が意外と私好みで無かったのか其の良さが解る迄、随分と時間が掛かったので、巷の定評なんてアテに成らないと思っていたのだが、反場、フルトヴェングラーの「第七」なんて?と思っていた処にこのレコードが現れたので大いに歓迎したものだ!私は、巨匠のリズム感覚は、所謂タテ乗りで彫の深い造型が魅力だと信じていたのだが、先に挙げた2点の演奏は、残念ながら満足出来なかった。其れは結局、イメージのズレが原因なのだが、このレコードは不思議と其の彫の深さや実在感を味わえるものだった。因みに原盤は、イタリアのLaudisとある。実は、このレコードは以前ほどターンテーブルに乗らないのだが、フルトヴェングラーで「第七」が聴きたくなるとやはり此方の盤が良い!テンポは、超スローと言っても良い位だが、同じ様な傾向の演奏としては、オットー・クレンペラーのEMI盤が在る。しかしながら作品を引き離し厳しく真価を問う其の演奏と比べてフルトヴェングラーの場合は、まだ親近感を感じる。冒頭の和音にしてもカロリー満開で、じっくりとした序奏部も重量級である。第1主題の受け渡しも手探りで導き渡すのも人間ぽくて良いし主部に進むに従い晴々として来るのも良い!この手の演奏としては、最後の来日公演と成ったカール・ベームの人見記念講堂でのものが似ている。購入当時は其の演奏が私の頭から消えなかった。其れでこのレコードがしっくり来た訳である。第2楽章も何処かゴリゴリとした感触が在って、真に迫って来る。聴いていて音楽の核の部分迄に触れた印象だ!寂しいが、しっかりと自らが背負っている苦悩を理解して道を歩む姿が浮かぶ。其れに対し第3楽章は一転して何か巨大なものが狂喜乱舞している豪快さを感じてしまう!金管のトリオも猛烈其のものである。其れで終楽章は、正に晩年の境地を感じさせるもので、しっかりと足取りを踏まえて頂点を上り詰めて曲は終わる。久々に聴いたら何だか感動してしまった。巨匠特有のズシッ、ズシャと言う独特のアインザッツの魅力が確実に味わえる一枚だ!

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