2013/9/19

エドウィン・フイッシャーの皇帝  協奏曲


クリックすると元のサイズで表示します
Toshiba-EMI TOCE-12108 CD


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番である。所謂「皇帝」だが、残念ながら私はこの曲に対して良い聴き手ではない。今までレコードの紹介すら稀なのも、それが理由である。私の皇帝協奏曲に対する印象としては、変に大仰で尊大な上に派手な曲なので、幾らピアノがエレガントに弾かれようとも違和感が先立つのである。だから聴いていても「どうも我慢ならん!」と言う事となる。然も演奏によっては悪趣味にも感じられる。その手の曲には、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番が在るが、その曲も同様の理由で苦手である。いや寧ろ嫌いだと言っても良い。だから演奏者の感覚が余程洗練されていないと「ギラギラテカテカのゴージャスてんこ盛り」みたいな演奏になってしまう。私はそれにうんざりしている。一般的な見識としては外観だけで見せるものは中身が空っぽで内容が無い印象だが、精神性が薄いとも解釈する人も居るだろう。さてこれから紹介するCDは、エドウィン・フイッシャーのピアノにフルトヴェングラーが指揮をしてフィルハーモニア管弦楽団で伴奏したものである。収録は、1951年である。私はアナログ盤では購入せずにCDなのだが、音の状態はリマスタリングも上々で鑑賞には何の支障もない。しかしながらこの時代の巨匠の録音は何かと原盤に問題が在るようだ。マスターはテープ収録である。しかし初盤は78回転盤のようだ。つまり変換期の録音である。此処でフォーマットについて説明した処で演奏には何等関係はないので終りにするが、第1楽章冒頭の鮮やかさとエレガントな表情は、意外と品が良く、フイッシャーのピアノも小気味良い。巨匠の指揮も然程重厚でもないので聴きやすいが、テンポも速めなのでピアニストに合わせたのかな?なんて感じがする。そして表情も繊細だが、高貴な趣きが如何にも「皇帝」らしい。色彩感も品が良い。必要以上に重たくならないのも楽団の特質なのかも知れない。何だか聴きながらそう思った。第2楽章は巨匠の暖かく包みこまれるようなサポートに深い精神性を喩えた演奏と言ったところだが、フィッシャーは天上に向かって音楽を奏でている。そんな高潔で純真な態度が印象的だ。終楽章もその延長だが、とても無理のない表現で聴きやすい。フィッシャーのペースもそのままだ。この曲が好きな人ならまだ筆も進むのだろうが、私は此処までである。アナログ盤で聴き直せば印象も変わるかな?

人気ブログランキングへ 

0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ