2013/11/22

山田一雄の第九  指揮者


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Fandango-Records 25NW3004 CD


何気に中古CD店に寄ったら山田一雄さんが、札幌交響楽団でベートーヴェン・チクルスを組んだ時の「第九」が何と300円で売られていた。手に取ると何だかとても不憫な感じがしたので購入したのだが未開封盤だったので更に悲しくなった。生前の山田一雄さんのイメージと言うとマーラーや伊福部昭さんの曲を指揮する姿が浮かぶのだが、私の地元のオケである札幌交響楽団の演奏会も思い出深い。だが私が聴いた演奏会は悲しくも死の前年のベートーヴェンだった。それは「エグモント」序曲で始まり、交響曲第2番と第5番で終わるものだった。そして次の年にも来て「第九」を振るのをチェック済だったので、とても楽しみにしていたのだが、どうしても予定が合わず残念な思いがしたものである。そしてその年に他界してしまった。会場は現在、ニトリホールになっている厚生年金会館だった。此処の大ホ−ルはいつも響きが何となく乾いた感じで金管ばかりが突出して聞こえるのが不満だったが、巨匠(此処からそう称する。)の熱っぽい演奏に最後はどうでも良くなったのを覚えている。但し2番は響きが散ってこじんまりと聞こえたのは残念だった。これから紹介するCDは正に聴けなかった「第九」である。聴きに行こうと思っていて行けなかった演奏会のものなので聴いていると、とても感銘深い。だから懐かしさも在り、多少「痘痕も笑窪」みたいな評になるとは思うが、此処はひとつ御許し願いたい。その時代はバブル期だった。だから地方オケの録音も現在より盛んに行われていた印象が在る。つまり財力がものを言うのである。このCDもそんな一環で可能になったものだと思う。感想を述べよう。序奏部は軽い感じもするが、ホールの響きが起因するかも知れない。それにしてもオケの響きは豪快だ。テンポは遅めなのだがダレずに重厚で、これこそベートーヴェンと言う感じがする。聴いていると何か居切り立っているような印象も受けるが情熱が成せるものでオケも感化されているようだ。だから響きも荒くなる。聴いていると札響のベートーヴェンも良いものだと今更ながら思う。展開部は、そんなに力んだ演奏でもないのに嵐のようである。各主題が生き物のように襲い掛かるのも生きた音楽が目の前に展開されているのを実感させる。此処までくると録音の不満が無くなるのだから不思議だ。終止部は生命感の在る骨太な響きで終わる。第2楽章は、すっかり演奏に乗ったオケの有機的な演奏が楽しめる。前楽章の緊張を保ったまま進むので聴いていても楽しいが、この手の演奏も最近では聴かれなくなっただけに貴重な感じがする。オケの響きも余り磨かれていない。第3楽章は心のアダージョだ。慈愛に満ち溢れ聴いていると心が暖かくなる。テンポは遅からず早からずだが途中からやや早めで流れが良い。例の天上からの警告もそれ程鋭く演奏されていない。終楽章冒頭は些か弱い印象も在るが、ペース配分を考慮した結果とも思われ、「職人的な一面も在るのかな?」とも思う。テノールが入るまでの演奏は然程神経質にならないので聴きやすい。一声は大野徹也である。とても誠実な印象を受ける。合唱は札幌アカデミー合唱団と札幌放送合唱団の混合編成である。バリトンの木村俊光も安定した歌唱で流石と思わせる。最初の合唱の後のマーチも快適である。曲が進むと渾然一体になった充実感が素晴らしいが、巨匠の目も充分行き届いており、造型も確かで揺ぎ無い。ソプラノの大島洋子、アルトの西明美も好演だ。終止部にも節度が在り、熱狂的では在るが最後まで神経を配っているのは巨匠の才覚だろう。これは1991年5月20日に行われた札幌交響楽団、第325回定期演奏会からの実況録音である。

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2013/11/16

ビートルズの定盤  LPレコード


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Toshiba-EMI EAP-9032B LP


このレコードを紹介するのは今更だが、「ビートルズ」とて現在ではファンも古老なので下手な事も言えない。それこそ私のような若輩がである。しかしながらその魅力は私を夢中にさせる。解らない世代の人も閲覧するブログなので簡単な解説位はしておくが、所謂「赤盤」「青盤」とは、ビートルズが公式にEMIにレコーディングした1962年から1970年までのものをグループ解散後に再びメンバーが集まり、編集をした各2枚組のベスト盤である。だからファンの誰もが聴いた曲ばかりで、ファンでは無い人でも「これからビートルズを聴こう。」と思っている人には絶好の入門盤となった。だからビートルズに興味を持った人は、まづは此処からである。このレコードは、じっくり聴くのも良いが、何かしながらBGMとして流すのも部屋の雰囲気が明るくなり、とても効果的だ。何故今まで此方のブログで紹介していないのかと不思議だが、それは上記の理由による。だから敢えて感想までに言及もしていないのだが、聴いていると何かと欲も出るのは、レコードを趣味とする人の宿命だろうか?取り敢えずファーストとセカンド位は極めたい。だから趣味は尽きない。そんな独り言で終わりにしよう。



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Toshiba-EMI EAP-9034B LP

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タグ: ビートルズ

2013/11/10

R・シュトラウス自作自演集(ウィーン・フィル編) Part.2  クラシック


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Tokuma Japan-Deutsche Schllplatten ET-2000/13 5LP


独.シャルプラッテン社原盤のレコードである。以前はバラ売りもされていたが、セットでまとめたものが後から発売されたので、この機会と思い購入した。此処では「ツァラトゥストラはかく語りき」を取り上げよう。これは巨匠が生誕80周年を祝った1944年に録音されたものをレコード化したものである。作曲家、R・シュトラウスは生前指揮者としても高名だった。然も巨匠は当時の表現主義であるノイエ・ザッハリヒカイト、即ち新即物主義の影響を受けている。これは偶然だが自作指揮の録音が残っている作曲家に浪漫主義的な演奏をする人も意外と居ない。そんな作曲家の言い分としては「全てはスコアに書いてある。」と言うのが常套句でもあるのだ。これもそんな演奏だ。だから楽曲の構成事に感想を述べるのが解り易いだろう。楽団は勿論ウィーンフィルである。Einleitung(導入部)はパイプオルガンのC音から始まる保持音の上に、トランペットによって “自然の動機” が奏される非常に有名なものだが、キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」でも知られており、それだけでイメージが膨らむ人も居るだろう。とても淡々としており、これに慣れると他の演奏が煩く感じられる程だ。従って色彩感は地味である。Von den Hinterweltlern(世界の背後を説く者について)は前途の映画のイメージが在るので「自然」を象徴する導入部は、とても原始的な印象がするが、低弦のピッツィカートに上行分散和音を基本とした “憧憬の動機”もとても意味深い。だが見事なのは、20以上の声部に分かれた弦楽を中心に陶酔的なコラールが奏される部分だろう。私は此処にキリスト教徒の深い信仰心を感じるのだが如何なものだろう。Von der großen sehnsucht(大いなる憧れについて)の低弦の激しい動機は重厚だが拮抗しながら高まって行く様が素晴らしい。Von den Freuden und Leidenschaften(喜びと情熱について)の2つの動機の激しいうねりも凄いが、Das Grablied(墓場の歌)は、やはり楽団がウィーンフィルと言う事もあり、弦楽パートの各首席奏者の独奏は憂いを含んだ音色で素敵としか言いようがない。Von der Wissenschaft(学問について)は、曲想の為も在るが神妙で哲学的な演奏だ。Der Genesende(病より癒え行く者)は冒頭のフーガが嵐のように吹き荒れる。それがとてもエネルギッシュだ。“自然の動機” の総奏は圧倒的である。ゲネラルパウゼの後は、この作曲家ならではの色彩感が味わえる。Das Tanzlied(舞踏の歌)もウィーンフィルの演奏なればこそ優美で、戦時中は多くの優秀なユダヤ人奏者が居ない為にアンサンブルの質が落ちたと言われているのが嘘のようだ。つまり定説なんぞは全く宛にならないのである。クライマックスも壮麗で聴いていると胸が高鳴る。こんな豊麗なオーケストラの音もそう聴けるものではない。Nachtwandlerlied(夜の流離い人の歌)の鐘の音は真夜中を告げるものだが、その後の動機が優しく語りかけるのを聴いていると音楽で人生哲学を表現出来る技量に感心する。自作実演は面白くないと言う音楽ファンも居るだろうが、R・シュトラウスが残した録音はストラヴィンスキーの自作指揮のレコードと共に重要なものだと思う。正に指揮者としても一流だった。

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