2014/3/27

ホーレンシュタインの「第九」  指揮者


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Vox-USA STPL 510,000 LP


これは米.Voxが、ウィーンに出向いてレコーディングをしていた時代のレコードだが、ベートーヴェンの「第九」としては、初めてレコード一枚に収まった「第九」としても知られているものだ。しかしながら此処で紹介するのは、再販で然も擬似ステレオである。だが処理は適切で、少し音場を広げただけで不自然な感じはしない。とは言え、古い録音なので装置によっては聴き辛いかも知れない。収録年は購入当時は不明だったが、後から1956年なのが解った。ヤッシャ・ホーレンシュタインと言うと通向けとも何とも音楽ファンには微妙な存在だが、マーラーが好きな人には、やはり気になる指揮者でもある。とても理知的で積極的な音楽表現をする印象も在るが、このベートヴェンとて同様である。楽団は、ウィーン・プロ・ムジカ交響楽団としているが、どうやらこれも覆面楽団のようだ。実態はウィーンフィルの楽員が中心になっているらしい?その縁か、ウィーン楽友協会合唱団も起用されている。歌手は豪華だ。ヴィルマ・リップ(S)、エリーザベト・ヘンゲン(A)、ユリウス・パツァーク(T)、オットー・ヴィーナー(Bs)と、つまりそれを含め、当時のオールウィーン・メンバーが結集したレコードと言えるだろう。さて演奏だが、聴いてみると実際の演奏時間よりも早く聴こえる。しかし第1楽章は音楽の骨格と言おうか、構成面を明らかにして行く処も在り、ちっとも説明的ではないのに楽曲の構成が良く理解出来る。それが巨匠の特徴である理知的な音楽性なのかと思うが、同時にとてもレスポンスが高い演奏でも在るので聴き手に向かって音が飛んで来る印象もある。それがテンポが速く聴こえる要因だろう。そんな感じなので展開部まで一気に聴かせる勢いが物凄い。その分、スケール感は程々だが求心性は強い。第2楽章も基本的には変わりない。だがリズムは意外と強剛だ。此処でも音の動きが明快だ。それは巨匠のポリフォニー感覚が如何に優れているかの証でも在る訳だが、デリカシーも在り、その音楽性がマーラーの大家としての存在を表しているように思われる。音楽の切り口は鋭い。第3楽章も同様の表現で一環している。だからあまり表情的ではないのであっさりしている。此処まで凭れず聴ける演奏もないだろう。但し「警告の喇叭」で少し落ち着く。第4楽章冒頭もあまり騒がしくなく始まる。だがこれで充分だ。此処でも巨匠の構成的解釈がものを言っている。それに独唱が入るまでも変に神妙振らないのも良い。だが音楽は膨れ上がる。さて独唱だが、オットー・ヴィーナーの気品に満ちた一声が良い。合唱は最初は力がないが、綺麗なハーモニーを聴かせる。マーチの後はユリウス・パツァークだが、少し弱い感じがする。その頃には合唱も何かに感化されたように熱を帯びているが、巨匠は良く綱を締めている。合唱は、男性合唱が少し弱い感じがするが、混声でバランスが取れる。流石に後半に差し掛かると渾然一体となって行くが、此処でも音の見通しが良いのには関心する。女性独唱者では、ヴィルマ・リップが特に素晴らしい。エリーザベト・ヘンゲンも脇を締めている。フィナーレは、とても華やかだ。尚、演奏には全く関係のない事だが、ジャケットには、ラファエロの傑作「エゼキエルの幻視」が使用されている。それで描かれているのは勿論、知天使ケルビムだが、改めてこの楽曲との係わり合いが知れて興味深い。

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2014/3/6

ドリフのシングルコレクション  CD


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Toshiba-EMI TOCT-6352 CD 1991


これは「ザ・ドリフターズ」が、東芝レコードに録音したシングル盤を中心に構成したものだが、「この歌は?」てな感じで全部が収録されている訳ではない。つまり主要曲のみである。それでもレコード音源から垣間見る「ザ・ドリフターズ」の全盛を偲ぶには絶好のCDだと言えるだろう。多少、日本の芸能界に詳しい人なら御解りだと思うが、現在の「ザ・ドリフターズ」は新生「ザ・ドリフターズ」である。名称は、まんまアメリカのドゥワップ・グループなのだが、古いグループである。いかりや長介さん亡き後は、高木ブーさんが実質上のリーダーだと思うが、実際はどうだろう?加藤茶さんと志村けんさんが、現在のそれに近いとの見方も在るのだが、グループとしての活動は、略停止状態なので何とも言えないのが実情なのではなかろうか?此処で沿革からのメンバーを整理してみよう。資料はWikipediaである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA


「サンズ・オブ・ドリフターズ」 1956年秋に結成

岸部清(リーダー)、大野義夫、多田正幸、新井利昌、鈴木修、根本節夫、吉田博久、
能勢武、清水一夫、斉藤任弘、山下敬二郎、桜井輝夫


「井上ひろしとザ・ドリフターズ」 1957年12月結成 メンバーは4期に渡る

1:岸部、鈴木、吉田、能勢、桜井、新家治、井上ひろし
2(昭和33年頃):岸部、鈴木、吉田、能勢、桜井、新家、井上、坂本
3(昭和34年頃):岸部、鈴木、吉田、能勢、桜井、新家、井上、小山仁義、城みさを
4(昭和34年頃):岸部、鈴木、吉田、能勢、桜井、新家、井上、小山、城、小野


「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」 1960年結成 メンバーは3期に渡る

1(昭和35年頃):桜井、小野、青木の3人
2(昭和36年頃):桜井、小野、青木、田中良夫、三好明の5人
3(昭和36年頃):桜井、小野、青木、田中良夫、三好明、※高松(※は専属シンガー)の6人

碇矢と加藤の加入は、1962年とされる。


コミック・バンドとしてのドリフターズ

1(昭和37年頃):桜井、小野、青木、田中、三好、小山威、碇矢、加藤、
 ※木の実、※高松(※後述2人は専属シンガー)の10人
2(昭和37年頃):桜井、小野、青木、田中、三好、小山、碇矢、加藤、吉田、
 ※木の実、※高松(※後述2人は専属シンガー)の11人
3(昭和37年頃):桜井、小野、小山、碇矢、加藤、吉田、
 ※木の実、※高松(※後述2人は専属シンガー)の8人

その後は、活動方針の違いから小野やすし、吉田博久、能勢武、猪熊虎五郎が抜けて「ドンキー・カルテット」を結成するのは御存知の通りである。しかしながらコミック路線を嫌って脱退してから結成したバンドもコミック・バンドなのは皮肉である。グループ自体は、この辺が母体か?


その頃のメンバー

1(昭和38年頃):桜井(オーナー)、小野、碇矢、加藤、小山、吉田、飯塚文男、
 猪熊虎五郎の8人
2(昭和39年頃):桜井(オーナー)、小野、碇矢、小山、加藤、吉田、飯塚、猪熊、
 綱木文夫の9人
3(昭和39年頃):桜井(オーナー)、小山、碇矢、加藤、綱木の5人


その後は、高木・荒井が加入する。

(昭和39年頃):桜井(オーナー)、小山、いかりや、加藤、綱木、高木、荒井の7人


そんな感じなので、結構紆余曲折が在ったグループなのが解る。その後にリーダーが、いかりや長一に変わり「新生ドリフターズ」が誕生する。この辺りから現在のメンバー構成に近くなるものの、まだ発展途上に在ったのが垣間見れる。


「新生ドリフターズ」(いかりや長一とザ・ドリフターズ)

1(昭和39年頃):いかりや、加藤、綱木、高木、荒井の5人
2(昭和40年頃):いかりや、加藤、綱木、高木、荒井、仲本の6人
3(昭和41年頃):いかりや、加藤、高木、荒井、仲本の5人

※渡辺プロ移籍 各メンバーの芸名が「クレージー・キャッツ」のハナ肇から付けられた。


当時のドリフターズは、ポスト「クレージー・キャッツ」との売り込みだったのは当然の成り行きかも知れない。そこで浮かぶのは、フジテレビで放送していた「新春スターかくし芸大会」でのオープニングで出演者達が歌う「一月一日」の後に「クレージーキャッツ」と「ザ・ドリフターズ」の獅子舞が小競り合いになる御約束事が在ったが、その演出に込められた意図が、双方のグループの位置関係だったと今更思う。実際そんなものだろう。それから「荒井注」が体力を理由に1973年に脱退宣言するが、その頃に付き人になった「志村けん」が翌年にメンバーになるのだから世の中解らないものである。その後は見ての通りである。最近の現状を見ると何故か悲しくなる。別のブログでも述べたが、「加藤茶」さんが年齢で仕方ないとは言え、相当衰えた印象なのは直視出来ない現実として本当にキツイのだ。だからこその、このCDなのだが、往時を偲びながらも時代を感じてしまう。だけど聴いてるうちは元気になれる。



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