2014/10/19

短縮版のリエンツィ  歌劇・楽劇


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Melodram MEL 27023 2CD 1988



妙なタイトルだが、本当の事だ。つまり現時点に於いて、R・ワーグナーの初期の傑作である「リエンツィ、最後の護民官」は、完全上演の機会がない。参考の為に作曲家自身が編集した縮小版の最終稿の演奏時間とされるものを記しておこう。これは音楽友之社刊の「オペラ名曲百科」を参考にした。そこでは序曲11分、第一幕41分、第二幕64分、第三幕44分、第四幕24分、第五幕33分とされている。つまり合計217分である。しかしながら現在は、それすらも上演の機会がなく、更に三分の一を縮小した版での上演が一般的だ。だからこれから紹介するCDもそれである。因みにドレスデン初演時のオリジナル版では演奏時間は休憩も含め、6時間を優に越えた。配役から先に記すが次の通りである。コーラ・リエンツィ(T)・ セット・スヴァンホルム、イレーネ(S)アンネ・ルント・クリスティアンセン、ステファノ・コロンナ(Br)パウル・シェフラー、アドリアーノ・コロンナ(Ms)クリスタ・ルートヴィヒ、 パオロ・オルシーニ(Br)ヴァルター・ベリー、ライモンド(B)ハインツ・ホレチェク、バロンチェリ(T)カール・テルカル、チェッコ・デル・ヴェッキオ(B)アロイス・ペルネルストルファー、講和使節(S)テレサ・シュティヒ=ランダルの面々である。そして指揮はワインガルトナーに師事したヨゼフ・クリップスである。それにウィーン交響楽団とウィーン楽友協会合唱団にウィーン少年合唱団が加わる極めてウィーン・スタイルのものである。これは1960年6月14日に楽友協会大ホールで行われた演奏会の録音記録である。もっと良い演奏もあるとは思うが、このCDが自身にとっては気軽に聴けるのでお気に入りになっている。さて演奏だが、現代に於いては軟弱な印象との批評もあるウィーンの巨匠の指揮は、とても安定しており好感が持てる。終始フレーズの切り方も洒落ているので極めて品性が高い。「そんな処がウィーン風なのかな?」とも思いながら序曲から聴き始めるが、とにかく鋭角的な音楽にはならない。然も造型はビクともしない土台の確かさを感じる。「誰が軟弱なんだ?」と言いたい位だ。些か矛盾する表現で申し訳ないが、素朴ながら豊満な音楽が楽しめる。序奏も壮大で、続くアレグロの部分も溌剌としている。だが何となくのんびりした感じがする。演奏は何処をとっても歌がある。そして風格もある。そこが素晴らしい。幕が開くと(と言っても演奏会形式だが、)まるでベートーヴェンのフィデリオでも聴いているようだが、そんな作品だ。これはワーグナー初期の三作目なのだから先人の影響が聴かれても当然なのだ。合唱の扱いもアンサンブル・オペラから脱していないが、それは作品の限界なので仕方がない。だが合唱の占める位置は正にワーグナーのそれであり、処々に後年の「タンホイザー」を彷彿とさせるものがある。それにしても流れの良い演奏だ。歌手の声の色も揃っており、違和感はない。主役のスヴァンホルムもヘンデン・テノールとしての存在感を充分に感じる事が出来る。女性陣は、やはりルートヴィヒが素晴らしい。特に第一幕では、クリスティアンセンとの掛け合いが圧巻だ。これはいい。それに合唱はそんなに上手くはないが、勢いで聞かせる処もあり、微妙だが不満がない。第二幕序奏部の向上感も良いが、この幕は巨匠の美観が随所に光る。ウィーン少年合唱団も好演である。此処ではシェフラーが実に奥の控えみたいな存在感を示している。尚、第二幕は輝かしく終わる。以下の幕も同傾向なので似たような感想になるので割愛するが、第五幕で歌われる「全能の神よ」は、まるでタンホイザーのローマ語りのようだが、此処でもスヴァンホルムは圧巻だった。全曲聴き終って、特に不満もないが、メロドラムのCDは、レコード同様に圭角の取れた丸い音色なので、音に不満を持つ人も居るだろう。それでも必要な音は充分聞こえる。まだこの演奏は入手出来るようだ。

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2014/10/11

フルトヴェングラーの、もうひとつの「第九」  指揮者


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(C) NIHONMONITOR CO.LTD DREAMLIFE.ENTERPRISE RIPD-0003 CD 2009


タイトルに示したが、フルトヴェングラーの、もうひとつの「第九」とは、東映ビデオを母体に持つ「ドリームライフ」が、2009年に発売した1953年の「第九」で、ウィーン・フィルのニコライ記念演奏会でのものとされているものだが、此処のレーベルは何かと胡散臭い。私はニホン・モニター提供の映像を東映ビデオが発売している頃から観ているのだが、誤字や意味の取り違いの字幕ばかりで観るのも嫌になった思い出がある。その字幕の例としては、ウィーン国立歌劇場合唱団を事もあろうに「ウィーン国立オペラ歌劇場合唱団」なんて表記をするのだから呆れる。つまり余計な解釈が反映されてもいるのだが、残念な事に歴史的な音楽家の映像が此処まで揃う処もないのだから厄介なものだ。結局、そんな印象しかないので、私が持っているDVDなりは中古で二束三文で購入したものばかりである。こんなもの中古でなければ購入もおこがましい。さてこれは、私がまだ「日本フルトヴェングラー協会」の会員だった頃に頒布品として購入したものである。尚、同協会は、その頃から方向性に疑問を持つ事が少なからずあった。それで間違い等を指摘していたら、いつの間にか会報に必要な会費は収めていたのに突然、会報が配布すらされなくなった。それは流石に遺憾な思いがした。この時に協会は、すっかり堕落したと思った。それで何故、ドリーム・ライフのCDが頒布されていたかと言うと、その関係者が日本フルトヴェングラー協会と繋がりが深いからだ。同一人物だと表現しても良いが、その辺の事情は敢えて濁らせよう。愚痴は此処迄である。さてこの音源は、フルトヴェングラー協会からも頒布されたのだから公式音源の筈である。だが何処から出た音源かは不明と言う代物だ。つまりこのCD自体が怪しいのだ。思えばこの協会は、新体制になってからは音源の出処が本当に解らない。更に解説も捏造している疑いもある。協会が海賊盤を出して誰が得をするのだろう?日本のマスコミではないが、巨匠の録音に関しては、ある事ない事でっち上げて、煽る批評家も横行した経緯もある。私も途中から、それに気がついたのだが、「クラシック音楽」には、権威に纏わる「事大主義」が蔓延しており、とても危険だ。だから日本版の偽ベートーヴェンが存在したのであり、「捏造」や「偏向」は当たり前に行われていた事実は知らねば成るまい。此処からようやく演奏に触れるが、始まりの拍手から収録されているのは目新しいのだが、楽団と収録日が殆ど同様な事もあり、31日のウィーン芸術週間のものとかなり似ている。聴いていても以前に日本コロムビアの2枚組の盤で聴いた感じが思い出される。音質は此方の方が鮮明なものの、同傾向の音色なので余計にそれを感じる。テインパニーのアタックも録音が明瞭な分、力感が増しただけである。全体としては円満具足な第1楽章だった。そしてのんびりした第2楽章に続く。この演奏も以前に聴いた感じがする。なので以下も同文みたいな表現になるので割愛するが、これとても結局は海賊盤だ。敢えて違いを挙げればテインパニーの扱いが両端楽章で「あれっ?」てな箇所がある。そんな感じなので、これは色々な点でややこしいCDだ。演奏の感想が遂、そっちのけになってしまった。だが誠にフルトヴェングラーの歴史的音源に関しては、日本の左翼系新聞社が起こした歴史問題みたいな事になっているので、これからその手の演奏に触れる人は充分注意して頂きたい。過去の批評家による「○○証言」みたいなものも多々ある。

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