2014/11/10

クリュイタンスの田園  指揮者


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Toshiba-EMI EAC-30005 LP


ベルギーの名指揮者、アンドレ・クリュイタンスがベルリン・フィルを振った全集の方のレコードだが、巨匠の録音には同楽団でのモノラル盤もあり、最近の世評では評価も高いようだが、やはり一般的には全集での此方のレコードの方が認知度が高いと言えるだろう。収録年は、1960年であるとされている。しかし小生は現時点では、そのモノラル盤を聴いてはいないので、それに関しての評価は出来ない。さてこのレコードに関しての感想だが、まだ旧ベルリン・フィル、即ちフルトヴェングラー時代の響きを彷彿とさせるとの印象はあるものの実際に聴いてみると、確かに燻した銀のような独特の艶のある繊細な弦楽器群の音色ではあるが、巨匠ならではのラテン気質の明るさは、楽曲によっては実に効果的だ。それがこれだが、音色よりは巨匠の音楽性に担うものが大きい。つまりバランス感覚が知性に溢れ、全く過度と言うものがなく、気品に満ちているのだ。だがこんな事を述べていると結局世評のそれとは同様なのが解り、「へぇー、そう言うものなんだ。」と思う事となる。前置きが長くなった。第1楽章から感想を述べよう。こんな言い方もなんだが、とても自然体の演奏だ。然もあまりにも自然過ぎて演奏を聴いている事さえ忘れてしまう。しかしながら楽団の響きには聞惚れる。それにテンポも順当な事もあり、速いのか遅いのかが解らない不思議な演奏だ。そこが巨匠ならではもバランスなのだろう。それが良い。なので第2楽章も演奏が只進んでいるだけで幸福だ。とにかく演奏の何処をとっても無駄がない。そこで「なんでこんなに安定してるのだろう?」と思った時に感じるのが重厚な低弦部に支えられ楽団の響きと言う事になるだろう。朗々と時にズンと響く重さが素敵だ。正にドイツの楽団だ。そう言う点ではドイツ的な演奏ではあるが、その響きが大して邪魔にならないのは「巨匠の音楽性なのかな?」とも思う。確かにこの後のカラヤンの独.グラモフォンのレコードでは、この重厚さが、どちらかと言えばウォームな響きとなり、ゴージャスではあるがしつこく感じるからだ。確かにこのレコードからは、ドイツの森のような深々とした、ある種の哲学さえ感じる事が出来る。だからこそ第3楽章の村の踊りも情景が浮かぶ程だ。テンポもたっぷりとしている。それで例の嵐も、とてもシンフォニックだ。此処まで充実した嵐の演奏もないが、物凄いスケール感で魅了させる。終楽章の精神的な安堵感も最初から、このレコードを聴いてこその充実感で本物の音楽を身を持って感じる事となる。今更ながらこのレコードって、「ステレオ初期の名盤だったんだな?」と思う。

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