2015/3/13

ズービン・メータの惑星  指揮者


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King-London SLA 1031 LP 1972


今や巨匠と言っても過言ではないが、意外と聴く事がない指揮者のレコードである。これは一連の英.DECCAの米国録音でのものだが、この頃のロサンジェルス・フィルは如何なる状態だったかと振り返るには中々興味深い演奏でもある。米国の楽団と言うと荒くて粗雑みたいな印象もあるが、確かに戦前のトスカニーニが指揮するNBC交響楽団やニューヨーク・フィルを指揮したロジンンスキーのレコードでは、そんな印象もあるだろう。だが此処で聴けるロサンジェルス・フィルの音色はシルキーで磨かれた弦楽器のセクションは見事なものだし、素直に伸びる金管も荒さはない。女性合唱は、ロサンジェルス・マスター・コーラルとある。収録年は1971年である。ちなみに会場はロイズ・ホールと言う日本で言えば市民会館規模のホールである。そんな会場だが、このレコードで聴ける響きは良い。それでは本題に触れよう。針を下ろすと思ったよりも神妙に始まるが、ダイナミクスも最初は抑え込んでいて、徐々に膨れ上がるコントロールも完璧だ。だが「火星」を戦争をもたらす者とした副題から感じる戦闘を思わせるものはなく、知性的で頭脳戦でもやっているようである。しかし突如として後半から突進をするのが面白い。渾然一体として楽曲が進む感じが良い。曲想から受ける印象よりも演奏は柔らかい。金管に突き抜けるような強さがない音色なので尚更かも知れない。「金星」平和をもたらす者は、何となく温和ながら神秘的なのが、当時のロサンジェルス・フィル特有のシルキーな弦のセクションによって夢のように再現されている。仄かに感動の灯が灯る演奏だ。ふんわりとした表情の木管も良い。「水星」翼のある使者は、曲想がスケルツォぽいので、それなりのリズム感も要求されるが、此処でも巨匠の目が光っているのか知的なアプローチを聴かせる。次は有名過ぎる「木星」快楽をもたらす者だが、冒頭は流石に豪快だ。此処では強固なアンサンブルを聴かせる。全体に音が締まった印象もあるが、スケール感もある。そして例の中間部は分厚いハーモニーで奏でるが、やはり表情が柔らかい。此処でも過度な描写になり過ぎないのが良い。これも趣味の良い演奏だ。終始部のクライマックスの組み立てもバランスが良い。「土星」老いをもたらす者は、作曲家自身も出来に気に入った楽曲らしいが、これぞ宇宙の神秘を感じる曲でもある。旋律が歩きながら言葉でも話すような処が良いが、気がついた時には巨大な音像が目の前に迫る圧倒感もある。目を瞑ると無限な宇宙の拡がりを音楽で体感出来る程だ。つまりそんな演奏だ。「天王星」魔術師もどちらかと言うとスケルツォに近い曲だが、冒頭のファンファーレもそれ程キツくは演奏をされていない。空間で何か巨大なものが踊りだす趣きのある演奏だ。この楽曲は爆演に出会うと豪快で面白いのだが、巨匠は、その手前で止まる。だから終始部も、もう少し突き抜けるものがあればとは思う。最後の「海王星」は、流石に神秘主義者を思わせる演奏だが、やはり表情は柔らかく、聴いていると哲学的な深さが欲しくなる。女声合唱の無限を感じさせる神秘感は良い。しかしながら、もう少し突き抜けた演奏を期待する人には物足りないかも知れない。私は関心したが....


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