2012/9/10

田園の名盤  交響曲


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Nippon Columbia OS-194 1962


私は通俗名曲が嫌いである。それもベートーヴェンの第6交響曲等は特に嫌いだ。だから散々絶賛された所謂名盤の類は最も苦手である。なのに此処で紹介するレコードは正しく定番名曲の名盤だ。さて人によっては、とても懐かしく感じるこのレコード・ジャケットだが私の持っているレコードは、国内盤ではサード盤でステレオ・カッティングされたレコードとしてはセカンド・プレスである。因みにオリジナルのモノーラル盤ともジャケット・デザインは同じだった。指揮はジャケットを見ても解るようにブルーノ・ワルターである。曲は勿論、田園の通称で知られるベートーヴェンの第6交響曲である。巨匠は同曲を3回録音している。最初はウィーン時代の有名な名盤で2回目はフィラデルフィア管弦楽団による些か疑問形のものと3回目は此処で挙げるレコード録音用に編成されたコロムビア交響楽団によるものである。収録は、1958年である。この盤については今更説明の必要も在るまい!しかしながらこの曲に対して不得手の私にとっては評価の仕方も違うと言うものである。正直申し上げるが、名盤として名高い赤地に稲穂の有名なSPレコードも所有していた事が在るが結局良さが解らず手放してしまった。批評家某氏には「音楽を聴く資格無し」と非難されるかも知れないが、人には好みが在る。元々そんな思考なので名曲名盤は、どんな曲で在っても即座に揃える事も無く、今頃聴いた演奏も多々在る。だが別に捻ている訳でも無くて、そんなレコードに限って期待が大き過ぎて聴くと落胆してしまう実体験がものを言っている。さて講釈ばかり並べていても埒が空かないので早速このレコードの感想を述べるが余り聴かない曲なので初めて聴いたような感覚で接する事が出来ると思う!さて第一楽章だが、何の抵抗も無く自然体にサラリと始まる。それが第一印象だが意外と音楽も骨太で構成も軟弱では無い!そして何処にも引っ掛かるものも無いのだが、細かいニュアンスとか音楽のディティールが豊かだ。聴いていて「是なら聴ける。」と即座に思った。聴いていると楽団の魅力としては、やや残念な此方の方が良い感じがする。何よりも楽員が巨匠の表現を一生懸命に表現しようとしているのが好ましい!第二楽章の夢のようなカンタービレも素晴らしく結局褒めてるが、壷に嵌った演奏とは、こう言うものなのだろう!現在に至ってもウィーン盤の演奏の良さは、たぶん聴き直した処で理解出来ないだろうが、この演奏には反対派を封じるものが在るような気がする。第三楽章の村人の踊りも殊更変に協調する事無く音楽が舞っている感じが良い!テンポの動きも在るが楽想事の描き分けも見事である。浮ついた表現も無く老巧な指揮振りが素晴らしい!さて例の嵐はウィーン盤に落胆している人には、取り合えず納得して頂ける演奏では無いかと思うが如何なものだろう?とても純音楽的な表現で品も良いのだが情景も伝わり私としては充分である。終楽章も嵐の後に雲が晴れ夕日に暮れて自然に感謝している在り来たりな情景が浮かぶが、聴き終わってみると何だか感動してしまった。長く聴かれる演奏は、そう言うものなのかな?

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2012/1/28

賛否を呼ぶポルタメント?  交響曲


此処では、あまりモーツァルトの交響曲を取り上げていない印象が自身には在るが、其れは、演奏家や指揮者が極めて偏っており、少々躊躇している面が在ると自己分析している。事実、其の傾向を懸念してカール・ベームに至っては、別のブログが在る位だが、其の歌劇7作品は、其方で紹介しているので、此方では、御皿が回ってこないと言う事である。そんなものだから此処では紹介するにも意外と迷う?だからと言って厳選する気は、更々無いのだが?

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CBS/SONY 25DC 5196 CD 1989


前置きが長く成ったが、此処では、ブルーノ・ワルターのモーツァルトを紹介しよう!曲は、交響曲第40番と25番である。是は実況盤で、楽団は、ウィーンフィルである。実は、この演奏は、私が高校生の時にアナログ盤で所有していたのだが、現在、手元に残るのは、CD化されたものだ!其のジャケット・デザインは、幸いオリジナルなので、まじまじ見ると懐かしい!音質も嘗て持っていたアナログ盤と変わらないのも良い!しかし古い録音なので万人向けではない!最初に40番から聴いてみよう!此処で論点と成るのは、最初の主題に掛かる上行ポルタメントと言う事に成るだろう!其れについては、私も最初は、全く理解出来なかった!だから当初購入したアナログ盤が、現在存在しない理由かも知れない!ウィーン気質なるものを意識し始めたのも近年の事である。ウィーンフィルの特色の在る奏法は、以前から知っていたが、正直其の魅力は、恒例のニューイヤー・コンサートから気付いた人も多かろう?だが寧ろ往年のレコードから本格的に触れてこそ、其の良さも解ろうと言うものである。其れほどウィーンフィルでさえ現在では、変わってしまった。良い例が、1950年代まで聴かれたポルタメント奏法である。この奏法は、古来に於いては、自然に掛かるものだったが、現在の合理的な奏法では掛かり辛いので譜面上に指示が無ければ聴かれる事も珍しくなった。だが古い音楽ファンから言わせれば、是等を含めた音色が、同楽団の魅力だと断言する人もまだ居るのも事実である。このCDでは、正に其の時代のウィーンフィルが聴ける。だから万人向けとは言えない演奏でも在るが、此処には、現在消えてしまった人間味の在るモーツァルトが聴ける。基本テンポは速い!巨匠の同曲録音に於いても第1楽章は、特に最速だと思う!疾走するアレグロと表現した方が適切かも知れない位のものだが、曲に食らい付く様な演奏だ!そして最初に聴いて違和感が在った上行ポルタメントも聴き慣れるとチャーミングである。時に巨匠が旋律を口ずさむのも御愛嬌だ!てな事で余り頻繁に聴く演奏ではないが、現在では愛聴盤になった!第2楽章は、巨匠の心情が透けて見える程の内向的な表情が特色とされるが、表現も楽団と一体化しており自由自在だ!其れに対し、第3楽章は、厳格なリズムで、この世の厳しさを諭す様な演奏である。トリオのハーモニーは、美しく癒される。そして終楽章は、正に感情の嵐である。この演奏は、1952年5月18日に行われた演奏会の実況録音であった。次には、25番の交響曲が収録されている。此方は、1956年7月26日、ザルツブルク音楽祭での実況録音である。第1楽章は、怒涛の如く突き進みテンポも速く、此処までの表現をした演奏は、中々聴けるものでは無い!巨匠は、レコードに残した演奏も在るが、基本的な造型は同じでも此方の方が精気溢れたものに成っている。そして厳しい表現だ!其の厳格さは全楽章を支配しており、第2楽章の苦悩的な表現も身に詰まされるものが在る。だから第3楽章も突き放した様な厳しさが在る。其れは終楽章とて同様で、悲しみが疾走するかの様だ!尚、巨匠の同曲では同年のニューヨーク・フィルのものが更に激しい表現らしいが現行盤が、既に存在しないのが残念だ!余談だが、このレコードは、最初の再販のレコード・ジャケットの方がデザインが良い!

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2012/1/25

正規盤の方が、音が良いのだが...  交響曲


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King-Seven seas K22C-137 LP 1981


長い事、レコードばかり聴いていると他人から垣間見ると不思議な事も在る。其れはレコード・マニアの方々には経験も在るだろうが、アナログ時代では、現在では考えられない位の海賊盤が販売されていて、所謂レア音源からのレコード化なら音質が例え悪くても聴けるだけでと満足した方も居られるだろうが、此処で取り上げるのもそんなレコードである。ジャケットを見ても解るだろうが、是は、フルトヴェングラーがウィーンフィルを指揮したもので、表記の通り1954年のザルツブルク音楽祭でのものである。是は後に独.Orfeoレーベルから正規盤CDが発売されているのだが、音質を聴き比べる迄も無くOrfeo盤が良いのは当り前だ!しかしながら実在感と言う点で比較すると音質の悪い、このレコードが演奏を聴いた気がするのも不思議な事である。其れでも買った当時は、特に音質の事を気にしないで聴いていたのだから不思議なものだ!是は、巨匠最後の「第七」としても知られているものだが、収録日を敢えて表記すると1954年8月30日にザルツブルク音楽祭で演奏されている。巨匠の同曲と言えば、戦時中のベルリンフィルのものとか英HMVのウィーン盤が有名だが、それらの演奏は、当時のレコードの音質が意外と私好みで無かったのか其の良さが解る迄、随分と時間が掛かったので、巷の定評なんてアテに成らないと思っていたのだが、反場、フルトヴェングラーの「第七」なんて?と思っていた処にこのレコードが現れたので大いに歓迎したものだ!私は、巨匠のリズム感覚は、所謂タテ乗りで彫の深い造型が魅力だと信じていたのだが、先に挙げた2点の演奏は、残念ながら満足出来なかった。其れは結局、イメージのズレが原因なのだが、このレコードは不思議と其の彫の深さや実在感を味わえるものだった。因みに原盤は、イタリアのLaudisとある。実は、このレコードは以前ほどターンテーブルに乗らないのだが、フルトヴェングラーで「第七」が聴きたくなるとやはり此方の盤が良い!テンポは、超スローと言っても良い位だが、同じ様な傾向の演奏としては、オットー・クレンペラーのEMI盤が在る。しかしながら作品を引き離し厳しく真価を問う其の演奏と比べてフルトヴェングラーの場合は、まだ親近感を感じる。冒頭の和音にしてもカロリー満開で、じっくりとした序奏部も重量級である。第1主題の受け渡しも手探りで導き渡すのも人間ぽくて良いし主部に進むに従い晴々として来るのも良い!この手の演奏としては、最後の来日公演と成ったカール・ベームの人見記念講堂でのものが似ている。購入当時は其の演奏が私の頭から消えなかった。其れでこのレコードがしっくり来た訳である。第2楽章も何処かゴリゴリとした感触が在って、真に迫って来る。聴いていて音楽の核の部分迄に触れた印象だ!寂しいが、しっかりと自らが背負っている苦悩を理解して道を歩む姿が浮かぶ。其れに対し第3楽章は一転して何か巨大なものが狂喜乱舞している豪快さを感じてしまう!金管のトリオも猛烈其のものである。其れで終楽章は、正に晩年の境地を感じさせるもので、しっかりと足取りを踏まえて頂点を上り詰めて曲は終わる。久々に聴いたら何だか感動してしまった。巨匠特有のズシッ、ズシャと言う独特のアインザッツの魅力が確実に味わえる一枚だ!

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