2012/1/3

聴くと勇気の沸いてくる曲  交響曲


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Columbia Japan WL 5226 LP


聴いていると何となく勇気の沸いてくる曲は、誰にでも在ると思うが、私の場合は、ジュピター交響曲である。ジュピターと言えば、巷では、ホルストを差すように曲の印象にも変貌が在ったみたいだが、私が最初に知ったジュピターとは、モーツァルトの交響曲第41番である。好きな曲なので、どんな演奏で聴いても愉快なのだが、此処では、ブルーノ・ワルターが、ニューヨークフィルを指揮したレコードを紹介しよう!是は、現在では、ソニー・クラシカルで発売されているが、当初はコロムビアで発売されていた。ジャケット・デザインは、米盤共通なので、このジャケットに懐かしさを感じる人も居るだろうが、盤質も良いので、充分演奏に堪能出来る。この曲を聴いていて思うのだが、勇気が沸いてくる要素が何処に在るのか考えた時に曲の特性を分析する必要も在りそうだが、そんなに難しく考えなくても聴いていれば充分理解出来る。思いつく特性を挙げると「情熱」「喜び」「悲しみ」を感じるものの、何故か「怒り」の感情が聴き取れない!悲しみは、情念の発露みたいなものなので気持ちも解ろうと言うものだが、つまりマイナス的な要因が無いのが、聴き手の向上心を刺激するのではないかと聴けば聴くほど感じてしまう!このレコードの演奏も冒頭から力が漲っていて気持ちが良いが、巨匠の演奏には歌が在る。第1楽章は、剛と軟の妙な掛け合いが面白いが、この演奏は、その対比よりも勢いが凄い!それでいて造型は意外と質実剛健なのが不思議だが、ベートーヴェンでは軟弱に感じる巨匠も此処では本当に頼もしい!やはり相性が良いのだろうと思う!この楽章を聴き終えると一仕事終えたように感じる程充実している。第2各章の叙情的な旋律も美しく、時に緊張度を伴う慟哭は、胸に突き刺さる程のものが在る。そして何よりもオケの充実した響きも立派で言う事無しである。第3楽章もメヌエットと言う感じよりも、どっしりとした量感でスケール感が凄い!終楽章は、巨匠の風格が全てを支配しているような名演!聴いていると是ほど見事な構成的解釈も無いと思われる程だが、説明的に成らずとも音楽其のもので物語っているのが素晴らしい!収録は、1956年、まだ現役時の巨匠の姿を演奏で示している。カップリングとして1953&56年収録の第39番の交響曲がある。こちらのオケの充実度も素晴らしく、まるでベートーヴェンでも聴いているような男性的な表現が魅力的である。こんな感じでベートーヴェンを演奏すれば良かったのにと思う程だが、現実と言うのは、そう言うものなのだろう?だからこの曲も荘厳ながら逞しく始まる。しかしながらうっとりする様な歌謡性は、巨匠ならではのもので、聴く者の心を和ませる。それは第2楽章も同様だ!素朴なのに逞しい!重量級のメヌエットが聴ける第3楽章も素晴らしい!そして終楽章は唸りを上げて突進するようだ!

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2011/12/11

ベートーヴェン没後100周年の「第九」  交響曲


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Sinseidou-Toshiba EMI SGR8528 CD 1999


ベートーヴェンの没後100年を記念して当時のレコード会社は、色々と企画を組んだが、その中でも英国コロムビア社は、偉業と言える程の膨大なレコードを製作しており、英国楽壇に関りの在る音楽家と一大事業を成功させているが、現在では、それらの録音も復刻されているので、どの様なものだったかを垣間見る事が出来る。此処で紹介する電気録音では恐らく最初の「第九」も其のプロジェクトのものである。指揮者は、ワインガルトナーである。巨匠が、初めて英国に関りを持ったのは、1898年かららしいが、実際、評価も高かった様である。事実、当時の巨匠は、ベートーヴェンの権威としても知られており、欧州楽壇への影響力も強かった。だからこの企画に巨匠が選抜されたのも当然と言えるが、演奏を聴けば、現在でも充分納得出来る。巨匠も新即物主義の音楽家だった。嘗て若き日にハンス・フォン・ビューロと対立した事でも有名だが、巨匠こそが、現在の模範と成る指揮者と言える。知っての通り、巨匠には、ウィーンフィルと再録した同曲の方が有名だが、是とて無視出来るものでは無い!此処で演奏者の紹介だが、ロンドン交響楽団と其の合唱団、そして独唱者は、ミリアム・リセット(S)、ミュリエル・ブランスキル(A)、ヒューベルト・アイスデル(T)、ハロルド・ウィリアムス(B)である。収録は、ロンドン・ペテイ・フランス録音所で、1926年3月16日と17日に行われている。歌詞は、ナタリー・マクファーレンが英訳したものを使用した。不思議な事だが、当時の録音には、英訳された同曲のレコードも多く、演奏会でもそんな感じだったが、当時の時代背景を調べると色々と理解出来ると思う!気に成る復刻状態も良好なので充分に演奏を堪能出来る。さて演奏だが、録音年代から演奏精度について苦言を述べるのも酷な感じもするが、序奏部のホルンのズレは在るものの自然に音楽が流れているので然程気に成らなくなる。そして音には、気合が篭っているのが解る位に熱っぽい!そして各主題に対しての描き分けも神経が行き届いているので単調にならずに聴く事が出来る。木管部分の箇所でテンポを落とすのも印象的深い!ウィーン盤とは、9年の開きが在るが、断然、推進力は、此方の方が在る。それは巨匠の年齢を考えても当り前だろう!展開部もストレートな表現である。テインパニーの響きが薄いのは、当時の再生装置を考慮した結果なので仕方が無いが、蓄音機でオリジナル盤を再生すると案外気に成らない箇所かも知れない!品の良いフレーズの扱いは、この頃の録音からでも健在である。第2楽章は、とてもキビキビとしたリズム感が印象的だが、余りキツイ印象は無い!最初のリピートが無いのは収録の関係だと思う!聴いていると楽員の英国人としてのジェントルマン気質が、巨匠によって、より助長されている様だ!第3楽章は、冒頭からクシャミの音と共に始まるので「おやっ?」と思う!そのクシャミは、途中も聴こえるが、演奏は、サラサラ進む。うっとりする程の美音を奏でているが、指揮者の資質が、やはり重要なのが実感出来る。ウィーン盤とは、別の良さが在ると思う!終楽章冒頭旋律のトランペット加筆は、巨匠ならではだが、バリトンが入るまでのオケ部分は、流石堂々としている。ハロルド・ウィリアムスの英語での歌いだしは、どうかと気に成ったが、然程違和感が無かった!それは、巨匠がオーストリア人なのも関係する事かも知れない!他の独唱者のバランスも良い!だが合唱団の水準は、「当時は、こんなものなのかな?」と思う位だが、この頃のブルーノ・キッテル合唱団の方が、まだ上手かった感じがした。演奏全体としては、手堅くまとめられており、終止部も良いと思う!尚、このCDには、1938年2月14日収録(アビー・ロードNo.1 スタジオ)の「レオノーレ」序曲第2番が収録されている。楽団は同様である。これは堂々たる演奏で、どっしりとした印象を受ける。楽団とも相性が良いみたいで「第九」の頃よりも楽団自体の演奏精度も上がっているので文句無しの快演と言える。楽員も巨匠の表現に必死に食らい付く様で素晴らしい!

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2011/11/15

ロンドン交響楽団との第九  交響曲


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King Caviar K30Y 302 CD 1988


ロンドン交響楽団が残した「第九」の録音は、数々在るのだが、此処では、ブルーノ・ワルターが、戦後に8年半振りに訪れた時の演奏を紹介しよう!巨匠は、ベートーヴェンの奇数番号の交響曲をあまり得意では無いと思われているが、確かに巨匠の名前を聞いて思い浮かぶ作曲家は、モーツァルトやブラームスなのだから、其れは仕方が無いと言うべきか?だが、是も1つの流儀だと思えば、巨匠のファンなら満足だろうが、一般の概念に在る勇猛果敢で英雄的な表現とは、少々趣が違うのかも知れない!其処で指摘されているのは演奏の一貫性なのだが、商用録音に於いて、其の傾向が在るのも事実である。単純に言えば、解釈の迷いなのだろうが、実演では、在る程度、流動性に身を任せる処も在るので、一貫性が保たれると思う!この演奏は、嘗て日本コロムビアで発売されており、私も所有していたが、CD化された時点で手放してしまった。残念なのは、音質が悪くなった事で、古い録音だけに仕方が無いのかも知れない!音源は、何処からか解らないが、正規盤が、もし発売されれば印象も変わる事だろう!尚、是は、アナログ盤の時から指摘されていた事だが、細部の解像度が甘いのは、会場が、ロイヤル・アルバート・ホールだからだろうか?確かに音響面では、評判の悪いホールである。さて、是は、1947年11月13日に行われた演奏だが、ソリストは、イソベル・ベイリー(S)、カスリーン・フェリアー(A)、ヘドル・ナッシュ(T)、ウィリアム・パーソンズ(B)である。そしてこのCDは、巨匠ならではの爆演が聴ける。しかも第1楽章から速目のテンポで直球勝負である。音質が良ければ、もう少し引き締まった造型が、より実感出来ると思うが、演奏の推進力も物凄く、スタジオ録音に在る序奏部のリタルダンドも無い!巨匠もレコードと実演との差が激しい指揮者である。其れも夢中に成ると完全に気分で突っ走るので、良い意味でのアマチュア精神が在り、楽曲によっては共感出来るものもある。しかし是は凄まじい演奏である。展開部は、ティンパニーの強打が凄く、正しく阿修羅の如くである。其れも巨匠の表現と一体化しているので効果的である。此処で、音飛びが在るのは残念だ!続く第2楽章も炸裂する様に始まる。厳しいリズムに支えられて猛烈に突進するので尚更である。其れにしても音楽に没頭する巨匠の姿は感動的だ!この楽章もティンパニーの強打が目立つが、表現と噛み合っているので緊迫感が物凄い事に成っている。だから第3楽章が対比として幸福感成るものが、素直に伝わってくる。此処での巨匠は、絶えずリズムが前のめりに成っているが、其れは前楽章の興奮が冷めていないのでは無いだろうか?そんな感じがする。早いテンポで有機的に進んでいる。しかし単調なホルンの音で興醒めするのが残念だ!終楽章冒頭も凄い迫力である。バリトンが入る迄のオケによる歓喜の主題もとても有機的で希望に満ちた響きで、嫌が詣でも先を期待させる。バリトンのウィリアム・パーソンズの歌唱も風格が在って良いと思う!カスリーン・フェリアーも奥の支えみたいな存在感が在る。合唱団も熱に浮かされた様に熱狂的だ!マーチの後のテノールは、ヘドル・ナッシュだが、とても英雄的な声質で好感が持てる。聴いているとじわじわと感動してくる。この辺まで聴いていると音質上の事も余り気に成らなくなるんだから不思議だ!イソベル・ベイリーのソプラノもまづまづで、4重唱に成る箇所でもバランスが取れている。終止部に向かっての精神的な高揚感も素晴らしく物凄い熱狂の中で曲は締められる。聴き直して感じた事だが、演奏の一貫性に関しては、この実況盤程、商用の正規録音が上手く行っていないのは何故だろうか?じっくりと楽曲に対して完成度を極められるスタジオ録音の方が寧ろ悪いのが不思議だ!この実演盤では、奏者の不備も在るが聴き終ると然程気に成らない!処々に巨匠の唸り声が入っている。

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