2011/7/12

ウィーンフィルのマタイ  宗教音楽


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SWF France SWF 061 CD 2006


ウィーンフィルの商業録音で、意外と少ない作曲家の作品は、何だろうと思い浮かべるとJ・S・バッハと言う事になろうか?確かに過去に名盤と言われたレコードにもウィーンフィルが、やったものは浮かばない!だが勿論、全く無い訳でもないのだが、即座に浮かばない程少ない!在っても過去の巨匠の実況録音を放送局のテープを転用して制作されたものばかりである。其の中には大作も在るが、中でもよく知られたものでは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが、1954年に指揮をした「マタイ受難曲」と言う事になるだろう!この演奏は、後にEMIから正規盤が、1995年に突如として登場したので驚かれた方も居られると思う!巨匠は、戦前の演奏会も含めると通算35回振っており、ウィーンフィルが関わったものでは、1952年の演奏も録音記録として存在する。此処では、其の1952年の演奏をCD化したものを紹介するが、其の2つ以外にウィーンフィルのマタイは、私は浮かばないが皆様如何なものか?残念なのは、第1部しか残っていない事で、全曲在れば、当然評価も変わるだろうが仕方が無かろう!尚、19、29のアリアは、嘗て同曲を復活上演したメンデルスゾーンの解釈に従いカットされている。其処で気になる音質だが、低域は、ノイズ処理の為にカットされており、高音域も引き上げているので何となく軽い音色だが、思ったよりは聴き易く、鑑賞の支障になる状態ではない!曲のテンポ設定や第1部全体の捉え方としては、EMI盤とも然程変わりが無いが、ニュアンスの点で差異が在るのも確かで、聴き比べると解釈の円熟度の違いを比較する事が出来る。ソリストは、次の通りである。ユリウス・パツァーク(T:福音史家)、オットー・ヴィーナー(Br:イエス)、イルムガルト・ゼーフリート(S)、ヒルデ・レッスル=マイダン(A)、ハンス・ブラウン(B) 以上で在るが、1954年のソリストを比べて些か小粒の印象があるが、聴いていると然程どうのと言う事も無い!特色が弱いとの感想も他のブログ等でも在るが、確かに男性陣が弱いので、そう感じられるのだろう?尚、合唱は、ウィーン楽友協会合唱団だが、少年合唱団も参加している。これは、1952年4月9日にウィーン・コンツェルトハウス大ホールで行われている。第1曲は、重厚だが、儚く悲しく始まる。何と言ってもウィーンフィルの美音が素晴らしい!女声合唱も気持ちが篭っており、聴いているとマタイ伝の世界観が、しんみりと心に入り込む。少年合唱団も清純そのもので天使の様だ!巨匠の解釈で問題が在るとすれば、合唱の掛け合いで、後の合唱のタイミングを少しズラしている点を上げる事になるが、1954年盤の様な不自然さは無いので、此方の方が聴き易い!2曲目で福音史家とイエスが出てくるが、パツァークの福音史家は、些か弱いと言おうか下手に聴こえるのは、どうした事か?寧ろイエスのオットー・ヴィーナーが重厚で良い味を出している。4曲から8曲に掛けての合唱は迫真的で緊張感が伝わる。9曲目のソロは、ヒルデ・レッスル=マイダンだが、とても伸びやかに歌っており、それも深々としているのが良い!それと伴奏の素朴さもソロを引き立てている。木管の慈愛に満ちた音色に心が洗われる。12曲目の気持ちの篭ったしっとりとした弦の調べも良いと思う!尚、レシタティーヴォで聴こえるチェンバロも良いのだが、誰が弾いているのだろう?此処から聖書では、最後の晩餐が終わった後に辺るのだが、イエスの心情もよく表現されていると思う!18曲から25曲目までは、ゲッセマネの祈りだが、弟子達と共に苦悩するイエスの姿が、ヴィーナーの淡々とした歌唱によって語られている印象を受ける。イエス伝に辺る26曲目は、パツァークが、とても下手に聴こえるがどうした事か?それでも合唱が良いので助けられているが残念だ!思えば最初から「この人、調子が悪いのかな?」てな感じだった。大祭司カヤパの前のイエスは、31曲目の合唱から始まる。2人の偽証人が出てイエスに不利な証言をする場面だが、そのカノンの流れも良い!合唱の緊張感も素晴らしく、オルガンを共に歌われるクライマックスも、もう少し音質が良ければと思うが、一気に聴き込んでしまった。第2部は、紛失したのか、元々録音をしなかったかは不明だが、もし存在が明らかになれば聴きたいものである。

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