(注 このブログは美容室での残念な出来事がこれから数多く出て参りますが、

けっして残念な美容院ってなわけではございません。

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2012/3/17  あやめ池の歴史  日記

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熊野さんありがとうございます!
たいへんおいしゅうございます。

最近あやめ池に新しい燃料投下をしに行こうと街について色々調べていたら、驚くべき事実がいっぱい出てきました。おいしいプリンを食べながら書いてみたいと思います。

あやめ池って言えばその昔、遊園地があったね?とかOSK歌劇団の人がいっぱい歩いてたね?っていうイメージが強いですが、あやめ池の歴史を大正時代まで遡ると、近鉄の前身大阪電気軌道という社名の会社が、大阪から鉄道をひいてこれからまさにあやめ池という街として活性させようと、大阪から芸者さんを迎え、住んでもらい、茶屋等を開いてもらったことから始まったそうです、むしゃむしゃ。

その後大正15年にご存知遊園地が開業。ですが、昭和4年にあやめ池温泉場が開業されていたのは知りませんでした。誰か知ってた人いますか?

更に驚くべきことに、俳優の北大路欣也さんの父である市川右太衛門が当地に芸能プロダクションと撮影所を建設し、太秦の映画村ばりに様々な映画を世に送り出したのも、現在のあやめ池北1丁目である元遊園地内でのことだそうです、二個目いただきます。


最近ですと、OSK歌劇団が様々な苦労をされたのは、遊園地閉園前後当時のニュースをご覧になられていらっしゃった皆様は、きっと心配されていらっしゃったのでご存知でしょうが、現在では心斎橋の劇場で平日ならほぼ毎日公演されていますので、いつでも会いに行くことが出来るようになったそうです。

なにやらその昔、芸能のかほりがプンプンしたるあやめ池。


意外な歴史に舌鼓を打ちながら今日の日記は終わります。
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