言葉に出来ない領域を「表現」するということ。  アイマス/ニコマス関係





名状し難い、といってしまうとまた別物になるのだけど、ここ最近は上に貼ったみたいな、言葉にし難い動画というのが目立ってる気がする。

前々からニコマスのいちジャンルとしては存在していたカテゴリーなのだけど、最近それがすこしずつ顕在化してきている、というか。
言葉や絵やダンスで消化しきれる領域がそろそろ限界だ、などとは露ほども思っちゃいないし、ニコマスの多様性のあり方の一つと言えるのだと思うけど。

それでも、見た後に何故か残る切なさと、その先に見える希望みたいなもの。
「愛されない恋人」ではラストでこちらをぼんやり見る春香の視線だったり。
「ガラパゴス」では「誰か、誰か」とくり返し呼ぶところの皆の顔だったり。
「BORDERLINE」では、実写背景で踊るアイドルたちの祈るような顔だったり。
「暗号のワルツ」では、車窓にフラッシュバックするある日の光景だったり。
そういうものが、たまらなく自分の心をとらえる。
ただ、心を捉えた理由も、喚起された感情も、うまく言葉に出来なくて。
自分の領域は、やっぱり言葉に出来る範囲を出ないんだなあって思うと、少し寂しくもあるわけで。
あまりに近くて、少し遠いようで。

読み込まれない「愛」ってなんなのだろう。ぼくらは、彼女たちはどこにいるのだろう。境界線は、存在するのだろうか。伝うわけがないと分かっていながらも、どうして伝えよう伝えようともがくんだろう、と。
ついつい色んなことを考えてしまう自分がいるのでした。

結局、自分はバカみたいにアイマスが、ニコマスが好きなんだなあって、思うのでした。
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