↑の写真は福島第一原発の警戒区域(20km圏内)のもので、かっては豊かな田園地帯でしたが、地震と津波で「行くも来るも定めない有様」です。そこに来て原発事故ですから「死の町」と言われてもしょうが有りません。地震と津波は天災ですが、
原発事故はナンドモ言うように人災です。有り余る高い電気料金を徴収し「安全神話」を創り出し、怠惰と傲慢に走り、事故を起こした電力会社の責任は大きいのです。地震と津波のみ被害で有れば、今頃は、復旧復興の光明は見えだしただろう。
尚、この写真(南相馬市小高区)は警戒区域への、特別許可をいて入った者から頂いたものです。道路は国道6号線かと思われます。
福島第一原発事故による「セシウム137」は土壌に降り注ぎ、その土壌から植物に移行するのは当然です。ここで「セシウムには134と137」の両方の核質が有るのですが、134の方は半減期が約2年と短く、2年の歳月を過ぎれば問題は無いだろう。問題はセシウム137の方で、半減期が約30年だと言われます。
1986年(昭和61年)にチェルノブイリの原発事故が有って、欧州各国にも放射能雲が広がったから、欧州各国は原発事故に対する研究が広く行われた様です。チェルノブイリ周辺の地形と言うのは、山岳地帯と言うよりは平原地帯で、山林とか河川、沼沢地等が有るようです。つまり、福島第一原発周辺とは、地形風土が大きく異なります。
福島第一原発(
海岸の段丘部を削り10m程度の場所につくった。津波の高さは15m程度ですから浸水するのは当然です)は、福島県双葉郡大熊町と双葉町に跨がっていて、東は太平洋で西方は阿武隈山脈(標高500m前後)が南北に走っています。阿武隈山脈から流れる小河川が幾筋も有って、海に突き出た段丘部とか沖積平野部から成り立っています。四季にはメリハリが有り、梅雨時に冷たい「北東風」が吹くと稲作に影響が出る地方です。北東風は「やませ」とも呼び、この風が吹くと必ず冷害に見舞われたのです。要するに、原発が出来るまでは、出稼ぎの多い貧しい寒村で有ったと言う。この貧しさが「原発を誘致し」悲劇を招いたと言っても良いだろう。ネパール王国の様に人は皆「
つつましく生きれば」良かったのですが、これは結果論です。
さて問題のセシウム137ですが、土壌に降った後は根の部分から植物への移行が有るのは当然です。作物への移行は「土壌の種類」によって大きく異なると言う。
1)土壌の種類によるセシウム137の保持力が異なる。これは土壌成分の親和性に関係すると言う。土壌の表層に於ける鉱物組成がモノを言うらしい。
2)根の吸収に於ける「イオン競合反応」の違いが有る。セシウムは「1価」の陽イオンとして存在しますから、ナトリウムとかカリウム等と同じく、腐食物とか粘土鉱物等の土壌中の「負電荷」に保持されます。その結びつきは固いようです。あたかも外周を殻で包まれた「籾」のような感じだと思いば良いだろうか。
3)セシウム137の内部分布に於ける、作物種や部位(例えば、稲の根、茎と葉、稲穂、精米後のヌカ)等によって異なる。現在、福島県大波地区の米が汚染されているとか騒がれていますが、恐らく、精米(ヌカを取り除けば)すれが可食はOKでしょう。ここで強調したいのだが、セシウム137の半減期は約30年だと言うのだが、
実際には溶脱して下層に溶け込んだり、水域に流れたり、植物に吸い上げられたりしますから、早ければ9年程度で半減するかも知れません。特に水田の回復は早いでしょうか。
チェルノブイリ原発事故を受けて欧州各国は、放射能汚染に対する作物研究とか畜産関係の研究が進んだようですが、日本とは土壌が違うからとは言っても、真似できる事とか参考にすべき事柄は、大いに学ぶべきだろう。
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