写真は福島第一原発事故を経験した、福島県双葉郡大熊町に伝わる「
長者原賽神社のじゃんがら」と言う伝統行事です。この伝統行事は、いつ頃誰の手によって始めたのかは存じません。書架本の「磐城誌料歳時民俗記」等には、江戸期の「
祐天上人」が、故郷の岩城地方の人々に教えたらしい事が書かれています。普通は「念仏踊り」と言われ、南無阿弥陀仏を唱えながら鐘や太鼓を打ちながら踊り狂うものらしい。この「じゃんがら」は岩城地方で始まり暫時、この大熊町まで北上したのだろう。もしもこの起源を言うのなら豊年万作への祈りとか、
苦しい農作業のつかの間の休息等を、考えるのが当たっているだろう。民俗学者では有りませんから詳しい事は知りません。
いずれにしても、この民俗芸能とも言われる伝統の「じゃんがら」は、今度の福島第一原発事故によって、
消滅の危険に晒されているわけです。何度も言うのだが、原発事故と言うのは、その地域の何もかも一つ残らず奪ってしまうのです。地域の存在(地図から消えてしまう)すら奪ってしまうのです。政府や東電は「福島の再生なくしては、、、」とは言うのだが、放射能の恐怖は、そのような念仏では払拭できないのです。日本列島に50基も有る原子炉の恐怖の正体は、故郷の全てを奪ってしまうと言う事に有るのです。原発を推進する者は「
全て己の金の為に賛成している」のを知るべきです。
昨日(1月8日)だったか川崎駅でエスカレータが突然止まり、怪我人が出たと言うが、原因は未だ分らないと言う。恐らく全自動で動作し、安全装置等も二重三重に備わっているのだろうが、
基本的な安全に関する考えは、原子炉と全く同じなのだろう。安全だと信じて乗っていた者は突然の動作停止に驚いた事だろう。電子機器で動作するものに、絶対の安全等は無いのです。特に電子機器はノイズに弱く、スパイク電圧によって異常な動作をするものです。但し、川崎駅のエスカレータの突然の動作停止が、その為なのかは知りません。要は、
人間の創るものに「絶対の安全」等は無いと言う事です。
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