出典:東京新聞、7月24日(水)朝刊から(梅雨、27℃、74%)
日本と言うブランドは「平和憲法」を基にしてるから、朝鮮人の国以外からは好ましくも、頼りにされたのです。
中国広東省に長らく滞在した時に経験したが、日本人は公平で親切で優しいから、出稼ぎの若い男女諸君は表裏無く懸命に学び働いたくれたのです。それが広東省をして世界の製造工場として成さしめたわけです。過去には忌まわしい日中戦争が有って、日本軍は鬼畜とも言われたと言うが、それは全くの嘘話だったのです。それを代表するのが南京大虐殺事件です。あれは日本人の一部の者(左翼系闘士の新聞記者)の、デッチ上げから始まったのです。あの博物館は日本の左翼勢力が資金を出し、設計から完成まで手を貸したのです。序に言うが、展示されてる白骨は獣骨とか人工骨(石灰)だと、中国人が教えてくれました。
現在は知らないが’90年代の中国国内に於ける日本人と言うのは尊敬と信頼の人だったのです。
日本人のパスポートは、恰も水戸黄門の印籠の如きで有ったのです。どの様なステージに於いてもパス出来たから、その信用の程がお分かり頂けるだろう。
ブログでの長い話は、飽きられ読んでくれないから終わるが、現在の韓国人(文大統領は北の代理人とも言われる)の日本に対する挑戦はタダ毎では無いようです。
元々が争いの好きな朝鮮人そのままの姿で有って、エンドレスが有りません。戦後の日本人には平和憲法が有って争いを好まず、全くの平和人種と言っても良いだろう。嫌味を言われても、笑って見過ごす鷹揚を備えていたのです。粘りが有り執念深く責められても、我慢したのが日本人だったのです。然しながら、国力を損なえ多大な損失を被った時は「堪忍袋の緒も切れる」のです。それが↑だろう。黙っていれば良い気に成って責めたてると、その反動は大きい事を朝鮮人は知るべきです。
日本古来の領土で有る「竹島」は、日本の敗戦と共に韓国初代大統領李承晩に攻め取られたのです。戦後の日本海は朝鮮人の漁船が跋扈し、日本人が出漁すると拿捕され罰金を課せられたのです。それを後押ししてたのが李承晩だったのです。序だが、李承晩夫人は朝鮮人では有りません。それはさて置き、
理不尽な韓国の攻勢には我慢が出来ず、これを最大のチャンスとして竹島を取り戻すべきです。方法は武力攻勢では如何なものでしょう。他国への侵略では有りませんから、憲法に違反する事は無いでしょう。
武力攻勢とは穏やかでは有りませんが、度が過ぎればこの様な意見が出て危険です。困った隣人ですが、彼等自身の鉾の収め方を知りたいものです。
喧嘩仕舞を知らない者は、喧嘩を売っては成りません。
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