出典:週刊新潮、7月22日号(今日梅雨明け予想、27℃、72%)
既に、週刊新潮をお読みに成った方も多かろうが、
「普通じゃ無い人」とは「同和の人」を指すと言う。同和とは?いま広辞苑を引いてみると「人々が和合する事、特に部落解放に関して言う語」と有ります。これだけの説明ではナンの事か、私にはわかりません。どうやら日本列島には「人々が避けてきた職業が有るらしが、それを専業とする者が居た」らしい。例えば牛や馬の皮を剥ぐ、刑死者の死体片付け、雪駄つくり等々だと言う。普通彼らは「ヒニン」とも呼ばれたようです。彼等は、地域内の片隅に習合して住んだから「部落民」とも言われたと言う。どうやら、関東よりは関西地方に多いらしい。
日本は戦後の高度成長時代に成ると、人々の往来が激しく「そのような差別された者も霧集してしまい」差別者等は皆無(薄れた)だと言われたのです。
都会に出てくれば、やがては恋もし伴侶に恵まれ子供も生まれるのは自然です。当然ですが、その出目等は問題にされない良い時代に変わったと言う。然るに週刊誌を買って読んで見ると、現在でも「同和」と言われる者が居て「彼等は普通じゃ無い」と言わしめたのです。ここで言う「普通じゃ無い」とは「俺は同和だ!ナンで差別するのか!」等の恫喝が有ったのかも知れません。
現住するわが街のHPで「同和」を検索してみると、同和と言われる者が存在するらしい。盛んに、差別をしては成らないと書かれています。然しながら、これは逆効果で有って「
こんな古めかしい(同和解放の法律はS44年頃出来たらしい)旧弊が、残っている事自体が差別では無いでしょうか。その様な法律が残るから「俺は同和だ!差別されてる」等と言って、やりたい放題の法律無視者が出てくるのでは無いのか、と思うのです。今度の無法投棄等は「何度注意しても言う事は聞かなかったと言う。結果的には、多くの人命が失われたのが無念です。
尚、似非「同和を名乗る者が居て」、彼等も無法を働くと言う。
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