2010/9/20

仮眠予想の車内装備  旅行・観光

今回の旅行は三連休の最終日、予定は日帰り。 荷物は万一の時用に鞄に詰めた寝袋と着替え程度。
クリックすると元のサイズで表示します
但し、高速道路の渋滞予想は夜半まで続きそうです。

日頃の疲れが抜け切らずスイマーに襲われて舟を漕ぐ可能性が高いので、車内での仮眠を想定しています。
クリックすると元のサイズで表示します
荷物が少ない分、車内を広く使えます。

荷台部分の嵩上げ板を装着、搭載したのは段差解消用タオルケット2枚、米軍マット1巻、枕、特に薄い掛け布団1枚です。
クリックすると元のサイズで表示します
この季節、夜は網戸装着では寒いくらいなので持参しませんでしたが、不要でした。
1

2010/9/20

らーめん工房 にこにこ屋  ラーメンその他

津城を見終えたところで早い昼時になったので市内にある「らーめん工房 にこにこ屋」へ入りました。♪( v ̄▽ ̄)
クリックすると元のサイズで表示します
「みそスタミナらーめん」にチャーシュー2枚をトッピングで注文。 程なく出てきました。ヽ( ̄▽ ̄)ノ

クリックすると元のサイズで表示します
ハムのようなチャーシュー以外にのっているのは、豚バラ肉、ニラ、にんにく茎、もやし、玉葱、スライスにんにくです。 麺は中細ヨレ麺、スープは薄くて辛い・・・血圧に優しくない味でした。(-'‘-;)

うーん、こりゃ事前調査の失敗だな・・・(`m´〃)
1

2010/9/20

津城  旅行・観光

津城は、永禄年間に長野氏の一族の細野藤光・藤敦父子により安濃・岩田両河川の三角州に安濃津城を構えたとされています。
クリックすると元のサイズで表示します

1568年(永禄11年)織田信長の伊勢侵攻により長野氏は織田に下り、翌年に織田信包が養子となり入城。 信包は15万石を領し城郭を拡充、1577年(天正5年)五重天守と小天守を落成します。
クリックすると元のサイズで表示します
信包は信長の死後秀吉に仕えますが「朝鮮の役」で秀吉の機嫌を損ね、1594年(文禄3年)丹波柏原に減封、替わりに富田一白が五万石で入ります。

一白の孫信高は1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いで東軍につき、西軍方の毛利秀元・長宗我部盛親軍三万に城を攻撃されます。
クリックすると元のサイズで表示します
迎える信高軍は千三百人と劣勢であったため苦戦を余儀なくされ、城内の建造物の大半を焼失する奮戦の末、木食上人の調停により開城。
クリックすると元のサイズで表示します
しかしこの奮戦により戦後、幕府より二万石の加増を受けます。

1608年(慶長13年)信高は伊予宇和島藩に転封となり、代わって伊予今治藩より藤堂高虎が伊勢・伊賀二十二万石をもって入封します。
クリックすると元のサイズで表示します
高虎は城の大改修に着手し輪郭式の城郭に変貌させ城下町を整備します。 大坂の役の功により加増を受け三十二万三千石となり、藤堂氏十二代の居城として明治維新を迎えます。
1

2010/9/20

伊勢亀山城  旅行・観光

伊勢亀山城は、1265年(文永2年)にこの地を支配する伊勢平氏の流れをくむ関実忠により、神戸、国府、鹿伏兎、峯、亀山の各城を居城とする関五家の宗家の居城として伊勢国鈴鹿郡若山に築城されました。
クリックすると元のサイズで表示します
その後現在の位置に移され、1567年(永禄10年)の織田信長の伊勢進攻以降、たびたび戦場となり、1573(元亀4)年に関盛信が織田信長により追放されるまで関氏代々の居城でした。

1590年(天正18年)に豊臣秀吉に従った岡本宗憲が入城後、天守、本丸、二の丸、三の丸などのその後の亀山城の母体となる城が形成されます。
クリックすると元のサイズで表示します

江戸時代の亀山城は、伊勢亀山藩の藩主の居城となります。 江戸時代初頭、三宅康信が藩主の時に丹波亀山城の天守を解体するよう命じられた堀尾忠晴の勘違い(真偽の程は不明)により、天守を取り壊されています。

この時期の亀山城は幕府の宿所としての役割があり、上洛する徳川家康、秀忠、家光などが本丸を休泊に利用していたようで、本丸は徳川氏の休泊に度々利用されていたため、城主居館は二の丸におかれていました。

1636年(寛永13年)、城主となった本多俊次の手で大改修が行われ、天守を失った天守台に多聞櫓が築造されました。
クリックすると元のサイズで表示します
その後伊勢亀山城主は、本田氏、石川氏、板倉氏、松平氏、板倉氏、石川氏とめまぐるしく代わり。 最後の石川氏(6万石)は1744(延享元)年以降、明治維新まで存続します。

1873年(明治6年)の廃城令により、殆どの構造物が取り壊されます。 このため現在は天守台・多聞櫓・石垣・堀・土塁等一部が残るに過ぎないものの、多聞櫓は原位置のまま残る中核的城郭建築として三重県下では唯一の遺構となっています。
1

2010/9/20

伊勢参拝と一宮巡り  旅行・観光

名古屋転勤が無ければ、今年の夏で一応の終わりを迎えていた筈の一宮巡り。 頓挫したままでは・・・とずっと気になっていました。 取敢えずの夏休みに入ってゆっくり寝られることもあり、少し体調も復活しつつある事は自覚していたので・・・

何が飛び込んでくるか判らない夏休みでしたが、今の所呼び出しもかからず何とか今週はいけるかな・・・? って思ったら、ジッとしていられなくなって、前日?当日?の夜中に今夏の予定から近場を抜粋して組みなおして・・・

朝起きたら、エスカル號に最低限の装備を搭載して即座に出発! 当初の計画では前半に三重の伊勢神宮と周辺部の一宮と城巡り、それから京都巡りが予定されていましたが、京都は先般からの散策で廻ってしまったので・・・

今回の目的は、伊勢神宮と周辺部の一宮と城巡りです。 途中、先日リニューアルオープンしたばかりの御在所SAへも寄りました。
クリックすると元のサイズで表示します
以前に寄った時には、パッとしなかったSAが奇麗に生まれ変わっていました。

最初の目的地は、鈴鹿ICに程近い伊勢國一宮「椿大神社(つばきおおかみのやしろ)」です。
クリックすると元のサイズで表示します
この神社は山腹にあるのもあって、一宮らしい鬱蒼とした森があって参道の雰囲気が良かったです。
クリックすると元のサイズで表示します
先ずは今回の旅行が無事に終わる事を祈ります。

次は近場なので、一般道を通って「亀山城跡」へ来ました。
クリックすると元のサイズで表示します
亀山城は別記事にします。

近くの伊勢道の伊勢関ICから津へ向かいます。 津ICから先の伊勢道は今「高速道路無料化社会実験」で無料になっています。 これを利用しない手はありません。 津市役所横の津城址へやって来ました。
クリックすると元のサイズで表示します
街中が藤堂高虎で盛り上がる津城は別記事です。

津市内で早めの昼時になったので、ネットで調べておいたラーメン屋へ向かいます。 ラーメンは別記事です。 津からは一般道を装甲・・・否、走行予定でしたが無料なので伊勢道を利用します。

伊勢西ICに程近い、全国一宮の総本山にあたる伊勢神宮の外宮(げくう)へやって来ました。 ここへ来るのは初めてです。
クリックすると元のサイズで表示します
ここも背の高い木が生い茂っていて、さすがに総本山という感じがします。
クリックすると元のサイズで表示します
不敬罪にあたるのでしょうか? いつもながら内部の撮影は出来ません。
クリックすると元のサイズで表示します
三連休なので混んでいますが、思った程ではないようです。(これは後程間違いだと気がつきます)

外宮を後にして、車で少し離れた内宮(ないくう)へ向かいます。 内宮に近い駐車場は満車の表示が・・・離れた駐車場に向かいますがここも満車。 五十鈴川沿いの駐車場にようやく停められました。 この混み方は尋常じゃない・・・
クリックすると元のサイズで表示します
うーん、渋谷・原宿並みの込み具合。 これは先が思いやられますが、ここまで来て引き返すわけにもいきません。
クリックすると元のサイズで表示します
商店街を抜けて、ようやく五十鈴川を渡ります。 かれこれ二十年位前に一度来ていますが、その時は商店街もあんなに店が無くて、観光客もそんなに多くなかったのに・・・
クリックすると元のサイズで表示します
さすがに総本山、参拝客数は半端じゃありません。 初詣の一宮に匹敵する混み具合です。
クリックすると元のサイズで表示します
本宮前です。 神様に一言申し上げたい事があるのですねぇ・・・皆さん!o(*≧◇≦)o
クリックすると元のサイズで表示します
そして帰り道に買いましたとも、偽装表示で営業停止に追い込まれた「赤福」。 もちろん名古屋でも手に入りますが、どうせ買うなら本家本元のここで買わなくっちゃ!(`m´〃)

内宮から伊勢道路を経て志摩市に入り、道の駅「伊勢志摩」で土産を物色。 「海ぶどう」を売っていたので、未体験の私は思わず買ってしまいました。 家に帰ってから、大盛り心太に盛り付けてみました。
クリックすると元のサイズで表示します
うーん、数の子のようなプチプチ感が面白くて良い感じに仕上がっていました。ヾ(*≧▽)ノ彡

さて今回最後の目的地は、志摩國一宮の「伊雑宮(いざわのみや)」へやって来ました。
クリックすると元のサイズで表示します
一宮にしては少し寂しい感じだなぁ・・・と思っていたら、御守りを分けてもらう時に宮司に「ここは正式な一宮でなく脇宮だから」と言われてしまいました。 勿論、知っていますとも鳥羽にある「伊射波神社」。
クリックすると元のサイズで表示します
そこへ行くのは大変だから脇宮のこちらへ廻ってきたんですってば!(という心の声は隠して) この時間から最寄の車を停められる場所から徒歩25分かけてそちらへは廻れませんって・・・(Θ_Θ;)
クリックすると元のサイズで表示します
今日の収穫です。

この後、鳥羽を経由して伊勢道を帰路につきますが、交通情報に東名阪道との合流点で25kmの渋滞表示。 東北道みたいにピタッと止まる事がなく、こちらの渋滞はノロノロ走れるので巻き込まれても良いのですが・・・

予想通り疲れが出てきて、渋滞に巻き込まれていると居眠り運転の危険が出てきました。 なので、途中「安濃SA」で早めの夕食タイム。
クリックすると元のサイズで表示します
折角ですから「松坂牛定食」を頂き、渋滞が減るまでSAにて久々の車内休息で、寝酒は飲めないのでウトウト程度でしたが仮眠してから夜半に帰宅しました。

さて、明日は何処へ行こう?(笑)
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ