2015/1/1

初夢は心臓鷲掴み!  

意味不明なタイトルですみません。 今年最初の記事は、帰省先の実家から埼玉県央部へ帰宅してから、皆さんへの「明けましておめでとうございます」の挨拶でスタートするつもりだったのですが・・・

私事ですが、実は私・・・ 元日の夜、二日の未明に千葉の実家で心筋梗塞を起こし、翌朝入院・手術、その後も発作等を起こしたものの、13日に何とか退院し、埼玉の自宅へ戻り現在は自宅療養中となっています。

一部の知人・友人には一般病棟に移って携帯メールを使えるようになったところで連絡は取りましたが、このブログには何も報告出来ず、長らく不在状態が続いておりましたことお詫びします。

この正月に私に起きたこと、もしかすると今、この世に存在しなくなっていたかもしれない私の経験を記すことにより、不幸にして皆さんにそのようなことが起きない事を祈ると同時に、万一の場合にも即座に処置が受けられますことを祈って、その顛末を記することにします。

意見・病状等には個人差があることをご理解、ご了承願います。

この記録のシリーズ名は「心筋梗塞始末記」とさせて頂き、私自身不本意ではありますが文章ばかりで画像はあまりありませんので、読みにくいかと思いますが、何卒ご了解願います。


心筋梗塞始末記1

千葉の実家で迎えた新年は穏やかにスタートし、今年も去年同様に仕事もプライベートも進んでいくのだろうとたかをくくって、初詣もサボり酒宴を楽しんでいた元日・・・ 無宗教の私に、どの神様かは判りませんが、神は鉄槌を下す決定をされたのでした。

遅めにおきた朝から、おせちをつまみの飲み疲れで、昼過ぎから夕方まで一寝入りし、夜もまた近所に住む弟を迎えての酒宴の後、火事が怖いからと暖房もいれずにいた部屋の寝床に潜り込み、初夢を見るべく眠りに陥ったのですが・・・

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草木も眠る丑三つ時? 夜中の3時頃に急に胸が痛苦しくて目が覚めたのですが、当初は夢見心地で状況が理解出来ず、その一瞬は苦しい夢を見ているのかとも思いましたが、胸(みぞおち)以外に左の肩が猛烈に痛いのと、手先が冷たく、左手には軽い痺れを感じ、頭部からは冷や汗が出てきます。

寝たままではまともに呼吸が出来ず、布団に座った状態で左膝をたて、恐る恐る息をする分には苦しさはあるものの何とか息は出来たので、その姿勢でじっと我慢していました。(今思えば、この時点で救急車を呼んでいれば、心臓へのダメージは最小に押さえられたらしいのですが、自宅以外で起きた初めての状況に、自分なりにパニックになっていたのかもしれません。 ここで慌ててバタバタ動こうとして、より多くの酸素を必要とし、深く呼吸することが出来ずに酸欠に陥ったらきっと死ぬだろうな・・・というような本能的な予感みたいなものは感じていました。)

およそ1時間ほど耐えた頃でしょうか・・・ ある瞬間からスッと胸の痛みが無くなり、呼吸も普通に出来るようになり、今までの苦しみが嘘のように楽になりました。 あぁ、助かったのだとの安心感から、水分補給に水をのみに行った以外には何もせず再び眠りに陥りました。

しかしながら神の怒りは未だ鎮まってはいなかったのです・・・ 再び寝入った1時間程後の明け方5時頃、再び心臓鷲掴みの痛みに飛び起きました。

さすがに二度目ともなると、これはただ事ではない事は分かりましたが、この時間から両親を叩き起こすのは憚られ、遠い彼方から聞こえる救急車のサイレンも気持ちにセーブをかけます。

そして、ここが埼玉の地元でないデメリットと、親族等の関係者が多い実家のメリット等を考えたりして、苦しいながらも運転して埼玉県央部まで帰られるだろうか?等と色々なことを考えていました。

そして再び1時間程経った頃、今度はジワジワと痛みが引き始めました。 取り敢えず、両親の起きる時間迄じっとしていようと横になったのですが、それでも神は許してはくれませんでした。

辺りも明るくなった7時頃に三度目の発作が起きましたが、慣れてきたせいなのか、やや胸の痛みは軽く感じるものの、もう既にただ事ではないことは認識していましたから、仕事に穴を開ける事になることになっても病院へ行かなくてはと思い、ゆっくりと外出着に着替え、自分の荷物をまとめてから、母親の部屋のドアを叩きました。
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