2012/5/30 | 投稿者: らっち

 いや〜 カープ、ようやく勝ちましたね〜♪ 前回の記事(こちら)で、「ズムスタ逆入場キャンペーン」を紹介し、皆さんに賛同をお願いしたところなのですが、今日のような試合を見ているとやはり球場に行きたくなりますね。悪いのは選手じゃない。選手は、私たち以上に悔しい思いをしている。選手には罪はない。ならば、やはり、球場で精一杯声援を送ろうじゃないか… ついつい、そう思ってしまう今日の試合でした。

 ただ、球団の本気の改革を望むなら、やはり、ファンが動いて、一旦カープをグチャグチャにする必要があると思いますね。ここでグチャグチャにしておかないと、カープはまた変革せずに、いつまで経っても変わらない可能性が高い。横浜も親会社が変わった今、このままでは「万年最下位」が定着してしまう恐れがあります。ここで、これまでの蓄積を捨ててこそ、新たな道が生まれるように思います。「蓄積」と言えばカッコいいですが、それは一歩間違えると「馴れ合い」「組織の硬直」なのです。
 その例が、秋葉前市長時代の広島市でした。私、松井市長が誕生したとき、こんなことを書いてますね。(こちら

 こういう人、どこの会社にもいるんじゃありません? いつもいつも上司の機嫌を伺い、上司の言うことなら何でも賛成する人。
 そういう人が出世する会社って、ロクな会社じゃないですよね。元気が良い会社の条件は、「下の人と上の人が本気で議論できる会社」ですよ。現場のことを良く知っている人間が、上司に反論する形になってでも、会社のためを思って意見する。そういう行動が評価されるような会社じゃないと、発展はありません。社長のゴマスリばっかりが社長の周りを固め、社長の発想の範囲でしか会社が動かないようになったら、その会社は近いうちに倒産しますよ。
 それと同様のことが広島市にも言えるのです。だから私は、秋葉市長の発想の範囲でしか動いていない今の市政を崩す必要があると思っていました。


 秋葉市政末期、広島市は完全に硬直化していました。その象徴が、あのオリンピック構想です。「1000億円寄付を集めてオリンピックをやる」なんて言うアホな話を、誰も止められない。批判することすら許されない雰囲気で、マスコミも表立っては批判出来ない。市役所を中心に、広島市全体がどことなくどんよりしていた時期、それが秋葉市政末期の広島市の状況でした。この状況、今のカープにそっくりですよね…。(まあ、オリンピックというアホな話がないだけ良し、という感じでしょうか)

 広島市長は代わりました。今度は、カープが変わる番です。「オーナー代われ」とまでは言いません。球団経営の変革を強く望みます。
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(写真に深い意味はありません…。ただ、記事に写真なしでは寂しいかなぁと…。こうしてみると、私って、なんかいつも同じような場所で観戦しているのですね…。たまには外野席にでも行こうかなぁ…。おっと、逆入場キャンペーン中だった…(;一_一))

2012/5/26 | 投稿者: らっち

(この記事掲載以降、アクセスが急増しています。それだけ皆さんの関心の深い話題ということですね。この状況を受け、分かりやすいように加筆しました。ぜひご覧くださいませ。) 

 我らがカープ、余りにもふがいない試合が続いていますね…。
 私はそんなに熱烈なファンという訳ではないので、このブログでは今まで書くのを控えていましたが、今シーズンは余りにも酷い。それほどの熱烈なファンではない私ですら、もうぶち切れそうな状態です。熱心なファンなどは、寝れない夜が続いているのではないでしょうか。
 もう、球団を根本から変えていかなければ仕方ないでしょう。とは言え、企業としては優良企業の「広島東洋カープ」は、ちょっとやそっとじゃ変わりません。今年悲惨な成績で終えるとしても、それだけでは、監督を交替させるだけの対応で終わってしまう可能性があります。
 そうならないために、ファンから行動を起こしていきましょう。その名も「ズムスタ逆入場キャンペーン」。要するに、「球場に観戦に行かない」ということです。(詳細はこちら) 

 ファンが球場に足を運ばず、球団の収入が大幅に落ち込み、先行きが見えない経営状況になってくれば、さすがに球団も考えざるを得なくなるでしょう。そう言う時が、球団経営改革のチャンスです。今こそファンは声を挙げていきましょう。

 具体的に、どう変革してもらうか。様々な意見があるでしょうが、私としては、以前に書いた次の2記事のとおりの改革を希望します。

2010年11月21日付記事:カープ・1リーグ制に向けて
2011年12月19日付記事:広島マツダカープ?


 要するに、@球団名変更(身売りではない)による広告料収入の増加 A四国や山口をターゲットにしたフランチャイズの拡大 です。
 例えば、「広島東洋カープ」が「広島マツダカープ」になったら、どれだけの広告の効果があるか。ユニフォーム、球団旗、カープグッズにⓂのマークやMAZDAの文字が入ることにより、どんな効果があるか。ちなみに、実現はしませんでしたが、かつて「近鉄バファローズ」が球団名のネーミングライツを検討したことがありました。あのときの額が、年間36億円。仮に、カープの現状で、球団名を変えるだけで36億円の広告料が入ってくると考えて見なさい。単純に考えて、1億円プレーヤーを36人補強できますよ。(まあ、マツダの経営状態から見て、36億円もいただくのは難しいですね。球場の命名権を取りやめ、またオールスターゲームのスポンサーからも降りてもらい、その相当額をカープに投資してもらえないでしょうかね。)

 それに、フランチャイズの拡大。四国や山口のファンの掘り起こしを行いましょう。松山を準フランチャイズにしたり、愛媛県でキャンプをしたり、また、四国アイランドリーグのチームと交流試合をしたりすれば、ファンはまだまだ増えると思いますけどね…。それに、プロスポーツ不毛の地、山口にカープファンを増やしましょう。2軍を山口密着のチームにしましょうよ。

…私のこれらの案、不可能だと思います? 非現実的だと思います? 私は、十分実現可能だと思います。身売りなんかよりも、よほど現実的な案だと思いますが。
 ただ、今の硬直化した経営体制では難しいかもしれませんね。ここはやはり、ファンが意図的にかき回す必要があります。硬直化した組織を、敢えてぐちゃぐちゃにする必要があります。その為に、「まずは球場での観戦をやめる」。みなさん、ご賛同くださいませ。

2012/5/24 | 投稿者: らっち

 私がこのブログで再三訴えてきた、「共同サテライトキャンパス」。ついに実現するそうですね。来年度から、紙屋町(大手町)の鯉城会館が、「共用サテライトキャンパス」になるとのこと。(中国新聞関連記事
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鯉城会館のHPから勝手に引用。すいません…)
 
 要はここで、学生向けの単位互換科目の講義が開催されたり、社会人向けの講座が開催されたりするということですね。
 私は常々、「郊外に分散してしまっている大学生が都心に足を運ぶようなきっかけ作りを」と言ってきました。そのきっかけの第一歩として、このサテライトキャンパスがスタートする。非常に喜ばしいですね。後は、次のようなものが併設されるとなお良いですね。

@大学合同サークルのためのサークルBOX・練習室
Aアルバイト斡旋所
B図書館


 これまで、このブログをご覧になられた方なら、何故このようなものを私が欲しいと思っているか、理由は簡単に分かると思います。要するに、「街中に学生のたまり場を作りたい」ということです。
 参考までに、代表的な過去の記事

2005年9月13日付:「広大跡地・追加」
2007年4月22日付:「広大跡地と合唱団ある」

 まず、街中に学生のたまり場を作ることで、中心市街地活性化が見込まれる。そして、そこで学生が交流することで、「新たな学生文化の創出」が見込まれる。そのための手段が、共同(共用)サテライトキャンパスであり、上述の@〜Bなのです。

 例えば、県内の大学生で構成される吹奏楽団「ブラス・スクエア」という楽団があります。規模の小さな大学では、吹奏楽をしようと思っても1大学ではまともに楽団が編成できない。なので、合同で楽団を作った、という事例です。
 こういう団体のために、街中に自由に使える練習室くらい作ってあげても良いじゃないですか。
 例えば、共同サテライトキャンパス「鯉城会館」で授業を受けた後、そのまま同じ建物内にある専用練習場で練習を、という具合になれば楽しいですね。
 そして練習後、そのままその周辺の居酒屋でコンパにいそしむ、となればもっと楽しい。で、酔っ払って終電に乗れなかった学生は、そのまま練習室に帰ってそこで寝泊りする、なんて言う状況が一般的になれば、鯉城会館周辺は学生のたまり場になりますよ。

 吹奏楽だけじゃなく、合唱も、オーケストラも、そして他の様々なサークルも、この鯉城会館を中心に交流できるようになれば素晴らしい。これらが実現すれば、先ほどの「中心市街地活性化」や「学生の新たな文化創出」だけにとどまらず、「大学の魅力向上」にも繋がっていくのですよ。 実際、私の知り合いにも、「○○大学には合唱団がなかったから、県外の△△大学に進学した」なんて人がいます。もったいない話です。大学単体でサークルを運営できないなら、共同でサークル作っちゃいましょう。大学側は、そういう動きをサポートできる体制を作りましょう。そういう動きを、この「共用サテライトキャンパス」から作っていければ、最高に素晴らしいですね。
 それでは次回、この大学合同サークルの練習室、また学生のたまり場について、妄想を爆発させましょう。

2012/5/21 | 投稿者: らっち

*このブログをご覧になられている方々の多くが、「まちづくり」系の話を望んでいらっしゃるのは承知しています。しかし、今回は、まるっきり音楽の話をさせていただきます。(最後に何故か秋葉信者が出てきますがw) 今週中に、もう一つ、今度はまちづくり系の話題を取り上げますので、今回は音楽の話でご了承ください。

 広島中央合唱団の定期演奏会を聴いてきました。
 曲目は、カルダーラという作曲家のスターバト・マーテルと、モーツァルトのレクイエム。
 まず、スターバト・マーテルについて。
 実は、この演奏会、私は遅刻していきました(汗)。なので、席を見つけることが出来なくて、仕方なく前のほうの右端に座った私。まあ、お風呂状態でした。ワンワン響き過ぎ(笑)。もう少し、音楽の輪郭をはっきり聴きたかったですね…。まあ、私が悪いのですけど…。
 ただ、いい曲でしたよ。このカルダーラという作曲家、バロック期のイタリアの作曲家なのだそうですが(私は知りませんでした)、バロック時代らしい、聴きやすい曲で、崇高な美しい曲でした。
 続いて、モーツァルトレクイエム。響きすぎる席から移動して、真ん中辺りで聴きました。その甲斐あってか、非常に楽しめたレクイエムでした。やや速めのテンポで、どちらかというと軽めの演奏。とは言え、激しいところは激しくと、メリハリのある演奏でした。激しいといっても、音楽性を崩すこともなく、また、この曲の演奏で時々聞かれる「重たすぎる演奏」でもない。合唱、ソリスト、オーケストラのバランスも良く、それぞれがはっきり聴こえる、良い演奏でした。
 あと、特筆すべきは、「Sanctus」「Benedictus」「Agnus Dei」をグレゴリオ聖歌で対応したことですね。実は、ずいぶん前、Hiroshima Bach Soloistsがこのレクイエムを演奏したとき、やはり同じようにグレゴリオ聖歌で対応していました。
 そのとき、私の率直な感想は「変なの…」というものでした(笑)。いくら作曲の経緯を考えての対応といっても、ここにグレゴリオ聖歌を入れるというのは、私の感覚からすると変。料理で言うと、メインディッシュのステーキを食べた後、お粥が出されるような感じ(笑)。
 今回も、最初は「ん?」と思いましたが、逆に、グレゴリオ聖歌が終わって、「Communio」のソプラノソロが始まった瞬間です。何か、目の前にすばらしく美しい世界が広がりました。なんて言うんだろう…。キリストが昇天する感じ? 美しい感覚に包まれました。グレゴリオ聖歌からの一連の流れが、とても美しかったです。楽しませていただきました。

 全体として、非常に楽しませていただいた演奏会でした。やはり、広島中央合唱団は、広島を代表するアマチュア合唱団の一つですね。非常にレベルが高い。
 あと、ソリストの皆様もそれぞれすばらしかったのですが、私としては、私のパート・テノールのソロにやはり耳がいきますね。
 彼の柔らかい、軽い声は、私の目指すところで、今回も、その素晴らしさを十分に聴かせてくれました。特に、スターバト・マーテルは彼の声に良くあっている。古楽の宗教音楽が好きな私からすると、目標にしたい声ですね。(まあ、遠い目標ですけどね)。

 と言うことで、楽しませていただいた演奏会でした。広島中央合唱団の皆様、ありがとうございました。
 来年は、委嘱初演にチャレンジされるそうで…。楽しみです。ぜひ、来年も聴きにいきたいと思います。

おまけその1:私の現状について
 今日のブログを見て、「いやいや、「来年も聴きに行きます」じゃなくて、お前もいい加減歌の世界に帰って来いよ…」と思っている人がいることでしょう。
 う〜ん。それがですね…。なかなかの悩みどころなのです…。「とりあえず、少しでも歌う機会を増やしていきたいな」とは思っているのですが、「じゃあ、具体的にどこで歌う?」となると、これがなかなか…。今の状況では、とりあえず寺漢は無理。みんなに迷惑かけてしまう。じゃあ? となると…。「歌のレッスン復活」も考えはしましたが、歌の先生が近い未来に母になるとのことなので、今復活させるのも迷惑かなと。う〜ん。悩みどころです…。

おまけその2:歴史的名演?
 音楽関係の話題ということで、少し笑える話を。秋葉前市長の支援者のブログで、「タウンNEWS広島」という笑えるブログがある、と言うのはこのブログで何度か触れました。このブログ、またやってくれています。この記事です。
 コメント欄を見てくださいませ。まあ、笑える話です…。何故か2005年8月のマタイ受難曲の演奏会に固執し、「歴史に残る名演だった」とか、「今も心に残っている数少ない素晴らしい演奏だった」とか、「2005年は他に印象深いコンサートが沢山ありましたが、慰霊の夕べは別格でした」とか、「歴史的名演の要素があり過ぎる」とか、とにかくべた褒めです。
 で、「どんなところが素晴らしかったのですか? 具体的に教えてください」というコメントが入ると、まともに応えられず最後には逆切れ(笑)。
 最終的に、「プロとアマの演奏を比較するのは野暮なだけだ」とか、「感動するということと、上手いというのは別次元だ」とか言うなら、最初から「歴史的名演だ」なんて言うなって(笑)。見栄を張ってカッコいいこと言おうとするからこうなる(笑)。最初から素直に、「演奏自体も良かったが、技術云々より、熱のこもった素晴らしい演奏だった」とか「詳しい技術的なことは分からないが、様々な点でこだわりが見られた、素晴らしい演奏会だった」とか言っておけば恥かかなくて済んだのにね(笑)。
 で、決定的に笑えるのがこのコメント。
「ウンチク好きの人がいますが、感動に理由が必要な人は可哀想ですね」
だって(笑)。

 いやいや、ウンチク好きはお前らだろうが(笑)。「被爆60周年に日本人とドイツ人それにアメリカ人が1つの舞台に立った」とか「オルガンは有名な先生が演奏した」とか。そういうのを「ウンチク」って言うんだよ(笑)。本当に音楽で感動したなら、音楽語れよ。自分で何言っているのか分かっていないんだろうなぁ…。悲しいほどに情けないですね…。

 ちなみに、この秋葉信者連中が無理やりにでも「歴史的名演」にしたがっているこのコンサート、実は秋葉前市長が構想段階から関わっている「秋葉色」満載のコンサートなのです。次のサイトに、詳しいことが掲載されています。

広島市議会議員 平野博昭広島平和コンサートについて

 いや〜 さすがだね、秋葉信者。教祖様が企画段階から関わっているこのコンサートは、どんなことがあっても「歴史的名演」でないといけないのですな(笑)。まさに新興宗教の世界。私、こいつらが、将来大事件でも起こさないか、心配になって来ました…。
 今後、演奏会を企画する人にアドバイスです。今後、「歴史的名演」を目指すコンサートを企画したいなら、次の点に気をつければよいみたいですよ。

・被爆○周年に外国人を呼んで一緒に演奏する。
・プロ、素人、学生が一緒に演奏する。
・オルガンは有名な先生に演奏をお願いする。
・歌詞の日本語訳を電光掲示板で流す。

 いかがでしょうか? おっと、大事な事を忘れていました。「秋葉氏に企画に関わってもらう」。これ、重要ですね。それが出来れば、貴方の演奏も「歴史的名演」の仲間入り♪ 素晴らしいですね(笑)。

(最後、「おまけ」が随分長くなってしまいました…。中央合唱団の皆さま、折角の演奏会レポート、最後茶化すような形になって申し訳ありません…。皆さんの演奏会は素晴らしかったです。ただ、私のこのブログが外道なだけです。ごめんなさい…。秋葉信者のみなさん、文句があるなら、直接私に言うように。私と中央合唱団は、基本的に全く関係ありません。私が憎いからと言って、間違っても、中央合唱団の活動を邪魔することのないように。誰かのように、ウソの出前を大量に発注する事などしないでくださいね。(こちら))

2012/5/16 | 投稿者: らっち

 前回、沖縄の独立なり、分権についてなり、話をしました。今回はその続きです。
 前回の記事のコメント欄の意見交換でも出てきましたが、この国は政治が3流です。
 この状況をどうしていけば良いか。また私の好きな(笑)、ヨーロッパ・スペインの事例から見てみましょう
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(スペインの首都・マドリッド)

 スペインが大変な状況になってきているのは皆さんご存知でしょう。そんな中、バルセロナがあるカタルーニャ地方では、独立運動(的なもの)が定期的に起こっています。(wikipeiaより、カタルーニャ・ナショナリズム

 カタルーニャ文化はスペイン文化とは異なると主張し、高い自治権を主張する。そこには、「豊かなカタルーニャ,貧しいスペイン」という背景もあり、要するに、「なんでスペイン国家の赤字をカタルーニャが負担しないといけないんだ。スペインとは縁切ろうぜ」という話です。(ちょっと単純に説明しすぎですね。ごめんなさい。詳しくは各自で調べてください。とりあえず、話を先に進めるために、次に進みます。ご了承ください)
 以前、このブログで、私が「日本はもう駄目だね」みたいなことを書いたとき、「今こそフロンティア精神が必要だ」と書き込んでこられた方がいました(こちら)。それはそうかもしれませんね。では、そのフロンティア精神で何を目指すのでしょうか。
 とりあえず、私は、「国家依存を捨てること」だと思っています。個人として、国家に依存することをやめる。地域として、国家に依存することをやめる。もっと言えば、独立を図る。
 はっきり言って、この国自体はもう駄目ですよ。1年前、あれだけの大震災が起こり、明らかに国の方向転換が迫られているのに、未だに政治は混迷に陥ったまま。未だに現状維持で何とかごまかそうとしている。こんな状況では、この国は沈む一方です。
 こうなると、もう、国を見捨てるしかない。この国のシステムから逃げ、独立することを考えるべきでしょう。
 「独立? 出来るわけないじゃん」とか言われそうですね。確かに、国家としての独立は難しいでしょう。しかし、「出来る限り独立に近い形を作っていく」というのは考えてよいのではないでしょうか。今はやりの地方分権ってやつです。
 地方のことは地方で考える。景気対策や国道などのインフラ整備は地方が考えてやる。国の仕事は国防のような国際政治関連のもの、また通貨管理などに限定する。それくらいやらないと、地方は、中央のアホな政治家や事なかれ主義の官僚につぶされてしまいます。
 前回、「本土の人たちは沖縄のことを理解していない」という話をしましたが、これは沖縄に限った話ではなく、基本、中央の人間は地方のことを理解していません。これは普段ニュースなどを見ていても明らかです。こんな連中に地方の将来を任せるわけにはいかないでしょ。「中央の人間は引っ込んでおけよ!」というぐらい、地方は声を上げていくべきだ、と思います。
 本土とは異なる歴史を有する沖縄や北海道。そして「都構想」などが出て行きている大阪や愛知。特にこういう地域が、今後国からの独立を図っていって欲しい。あと、福岡などもそうですね。地域に活力があって、また「アジアの福岡」として発展をしているのだから、沈没しかけている日本なんかに足を引っ張られるのは損。日本を見切って、独立を図ったほうが得ですよ。あと、大阪の橋下市長なども、総理大臣を目指すのではなく、やるなら関西の大統領を目指して欲しい。総理大臣なんかになったって駄目ですよ。国会議員、官僚、マスコミに足を引っ張られて何も出来ない。それだけこの国のシステムは麻痺してしまっています。(私は、橋下市長の政治手法、考え方には基本反対の立場を取りますが、とりあえず、現状を変えようとしていること自体は評価します。彼は、おそらくごちゃ混ぜに混ぜるだけで退却することとなると思いますが、現在のこの国では、それだけでも価値がある。それすら出来ていないのが国会であり、官僚です)

 各地域が独立を目指し動き出す。そしてその運動の落としどころは地方分権です。道州制? 甘い甘い。どうせなら、連邦制まで目指しましょう。地方から、新しい時代を作っていく。不可能な話ではないと思いますがいかがでしょうか。




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