「松本清張」作品から
「宮部みゆき」が傑作をセレクトした
『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション〈下〉』を読みました。
『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション〈上〉』、
『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション〈中〉』に続き
「松本清張」作品です。
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文春文庫30周年記念企画。
『砂の器』で再び注目を浴びている
「松本清張」の傑作短篇を
「宮部みゆき」氏がセレクト、すべてに解説を付す。
「清張」の傑作短篇を
「宮部みゆき」が選ぶシリーズ最終巻。
昭和史の謎に精力的に取り組んだ
「清張」が、権力に翻弄される人間を描いた
『帝銀事件の謎』 『鴉』や、絶妙なタイトルとストーリーの傑作
『支払い過ぎた縁談』 『生けるパスカル』 『骨壷の風景』。
さらに
「横山秀夫」ら
「松本清張」賞受賞作家が推薦する名作
『西郷札』 『火の記憶』 『菊枕』も収録。
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「松本清張」は独特の魅力があるので、読み始めると続いちゃうんですよね。
■第七章 タイトルの妙
・前口上 宮部みゆき
・支払い過ぎた縁談
・生けるパスカル
・骨壷の風景
■第八章 権力は敵か
・前口上 宮部みゆき
・帝銀事件の謎(原題:画家と毒薬と硝煙) 『日本の黒い霧』より
・鴉
■第九章 松本清張賞受賞作家にききました
・『真贋の森』と『西郷札』 山本兼一
・『菊枕』と思い出の高校演劇 森福都
・『火の記憶』の記憶 岩井三四二
・『地方紙を買う女』もどきを書いてみる 横山秀夫
・西郷札
・菊枕 ぬい女略歴
・火の記憶
・終わりに 宮部みゆき
『支払い過ぎた縁談』は、田舎の旧家の当主
「萱野徳右衛門」の娘
「幸子」の縁談に関する物語、、、
縁談話を相手の家柄・財産・教養(学歴)等を理由に断るうちに
「幸子」は26歳となり婚期を逃しかけていた… そんな或る日、東京の大学講師の
「高森正治」という男が、所蔵の古文書を見せてほしいと言って
「萱野家」を訪問、
「幸子」に好意的な視線を示したことをきっかけに二人は婚約。
しかし、しばらくして
「萱野家」に
「桃川恒夫」という青年が現れる、、、
高級車に乗った
「桃川」の身なりは近代的で洗練されており、しかも相当の資産家であった…
「徳右衛門」と
「幸子」に迷いが生じ、
「高森」と
「桃川」を天秤にかけた結果、父子は
「高森」との縁談を断り
「桃川」との縁談を進めようとするが、それを聞いた
「高森」の叔父
「剛隆」が
「萱野家」に乗り込み、慰謝料を払えと要求する。
初めて読んだ作品… 欲張っちゃダメだよねぇ という大人向けの寓話でしたね。
『生けるパスカル』は、画家
「矢沢辰生」が、異常なまでに嫉妬深い妻
「鈴恵」のヒステリーや暴力、抑圧に苦悩した末に、自分と同じ境遇の主人公
「マッティーヤ・パスカル」が登場する
『死せるパスカル』を描いた小説家
「ルイジ・ピランデルロ」に共感したことがきっかけとなり、妻に対し殺意を抱き、完全犯罪を企てる物語、、、
「鈴恵」のヒステリーが、何度発覚しても懲りない
「矢沢」の女性関係に起因しているとはいえ、相当な異常性を感じさせるので、ちょっと
「矢沢」に同情しながら読んじゃいましたね。
「矢沢」は、二人の就寝中に
「鈴恵」がガス中毒による心中を図ったと見せかけて、
「鈴恵」をガス中毒で殺害し、自身も軽いガス中毒となって被害者を装っていましたが、、、
『死せるパスカル』の主人公
「マッティーヤ・パスカル」が
「死んだことにして、実は生きている」という筋であったことを知った警察官は、
「矢沢」がこの理想を願望していたのではないかと疑い、殺人の容疑で捜査を進める… そして、
「矢沢」が制作中の絵画が完成に向け進んでいたことや、絵具の中から虫の翅がみつかったことから、
「矢沢」が事件当時、就寝しておらず、
「鈴恵」をガス中毒に陥れながら自身はカンバスに向かって絵を仕上げていたことを突き止める。
初めて読んだ作品… プロットやトリックは面白かったですが、絵画や精神面に関する専門的な記述が多かったので、ちょっと読み難かったですね。
『骨壷の風景』は、血の繋がりのない祖母
「タニ」の遺骨が30年間も寺に預けられたままになっていたが、両親の墓と一緒にいてやろうと思い立ち、小倉に両親が遺骨を預けた寺を探しに行く物語、、、
様変わりした郷里を訪ねながら、幼かった頃の自身と、祖母の人生とを思いやるという展開… 著者の自伝的要素を盛り込んだ作品ですね。
初めて読んだ作品ですが、同じ雰囲気の作品を、これまでにも何作か読んでいる気がします… 下関や小倉時代の生活が少年時代の心象風景として
「松本清張」の心の中に強い記憶として残されているんでしょうねぇ。
心に染み入るような作品です。
『帝銀事件の謎』は、1948年(昭和23年)1月26日に東京都豊島区の帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店で発生した毒物殺人事件(行員と用務員一家の合計16人に青酸化合物を飲ませ、12人が死亡)の犯人とされ死刑判決を受けた
「平沢貞通」の犯行ではなく、別に真犯人がいると推理(告発)したドキュメンタリー、、、
「松本清張」は、使用された毒物が青酸カリでは考えられない遅効性の毒物(旧陸軍研究所で製造されたアセトシアノヒドリン(ニトリール)?)だったことや、毒物の量と効果を正確に知っていたことから、毒物に関する知識が豊富で過去に使用経験がある人物であること、スポイトの代わりに軍医の野戦携帯用の短形駒込型ピペットが使われていたこと等から、細菌研究に携わっていた旧軍人でGHQに留用されていた人物… と推量します。
これが真実だとしたら、、、
いつ自分が何らかの事件の犯人にされるかわからないという恐怖、この毒物が再び使われるかもしれないという脅威… これらに対し、自分達は全く抵抗する術を持ってないということですよね。
他人事として流せない深刻な内容でした。
初めて読んだ作品… 事実は小説よりも奇なりと言いますが、真相は藪の中に隠されたまま表には出てきそうにはないですね。
『鴉』は、中堅メーカー
「火星電器」に勤めるが、仕事ができず、上役に好かれず、良い友達もできない万年平社員
「浜島庄作」が、ある誤解から元労働組合の委員長で、その後製品部の課長に昇進した
「柳田修二」を逆恨みして復讐を企てる物語、、、
「浜島」は、労働組合でスト決行を激烈に主張したことが原因で倉庫係に左遷され、さらに倉庫が何者かの煙草の不始末で半焼したことの責任をとらされて馘首される… 労働組合でスト回避を決断し、その後、課長に昇格した
「柳田」が、労働組合を裏切り会社側と取引をしたと誤解した
「浜島」は、馘首された後、会社玄関に現れ
「柳田」を裏切者呼ばわりする。
精神的に追い詰められ、上司から休養を言い渡された
「柳田」は、
「浜島」の誤解を解くために二人で話し合うことを決意、、、
終盤になって初めて、プロローグで披露された
「浜島」が道路公団の土地買収に頑なに応じなかったエピソードの意味がわかります… 自宅の地下を掘られたくなかったんですね。
そしてタイトルの
『鴉』の意味も、最後の4行で初めて気付かされます… 鴉って、敏感なんですねぇ。
3年以上前に読んだ
『共犯者―松本清張短編全集〈11〉』に収録されていた作品… プロットが秀逸なので、何度読んでも愉しめましすね。
『西郷札』は、私の勤める新聞社が企画した展覧会(九州二千年文化史展)への出品資料として、宮崎支局から西郷札と西郷札に関する覚書が送られてきたことから、その内容に興味を抱き、当時の模様を再現する物語、、、
日向国佐土原生まれの士族
「樋村雄吾」の家は、明治の廃藩置県を受けて世禄を失い、父は後妻とその連れ子
「季乃」を迎える…
「季乃」は
「雄吾」を兄さまと言って慕ったが、
「雄吾」が西南戦争に参加後、自宅に戻ったときには、父は死去しており、家は戦火で焼かれ、継母と
「季乃」は行方知れずとなっていた。
「雄吾」は悄然と故郷を去り、東京へ出て、俥(くるま)を曳く車夫として収入を得るようになるが、或る夜、エリート官吏
「塚村圭太郎」を送った
「雄吾」は、
「季乃」が
「塚村」の妻となっていることを知り動揺する、、、
そんな折、一銭の価値もないと思われていた西郷札でひと儲けしようとした紙問屋の主人
「幡生粂太郎」が、
「雄吾」を利用して
「塚村」へ働きかけ、政府に西郷札を買取ってもらえるように工作を図ろうとします… 企みを知った
「塚村」は、この機会を利用して
「雄吾」と
「季乃」の関係を引き裂きます。
うーん、嫉妬が原因で、ここまでやるかぁ… という気はしますが、当人にとっては重大事だったんでしょうねぇ、、、
血縁関係のない兄妹の淡い恋心が生んだ悲劇ですね。
初めて読んだ作品…
「松本清張」の処女作です、、、
人の心に潜む情念を巧く描いた名作ですね。
『菊枕 ぬい女略歴』は、美術教師の妻という金銭的に恵まれない境遇により才能を開花させることができないというコンプレックスに悩みながら、世俗的な成功を夢見る俳人
「杉田久女」を描いた物語、、、
認められたいという欲求が満たされず、コンプレックスを感じながら、過激な行動に移り、夢を諦め、そして、精神を病んでいく… 薄幸な生涯の悲劇性が前面に押し出された作品でしたね。
昨年読んだ
『或る「小倉日記」伝 傑作短編集〔一〕』に収録されていた作品です。
『火の記憶』は、幼い頃のおぼろげな記憶に残る、暗闇の中に見える赫い火の情景… 自分のルーツを探るという面ではミステリーっぽさも含まれた物語、、、
理屈では割り切れない男女の関係や、そこから生じた悲劇、肉親だからこそ存在する愛憎が巧く描かれています。
昨年読んだ
『或る「小倉日記」伝 傑作短編集〔一〕』に収録されていた作品… 本作も、著者の自伝的要素が盛り込まれている感じがしますね。
印象的な作品は、
『帝銀事件の謎』、
『鴉』、
『西郷札』ですね、、、
「松本清張」作品は、ミステリー作品だけでなく、歴史作品や昭和史に関するドキュメント作品も面白いなぁ… と実感した一冊でした。
あと、
「松本清張」作品ではないですが、、、
『第九章 松本清張賞受賞作家にききました』に収録されていた
「横山秀夫」の
『『地方紙を買う女』もどきを書いてみる』が意外と面白かった… ゾクッと背筋が冷たくなるエンディングが秀逸。
「横山秀夫」作品として完成させてほしいですね。

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