「宮部みゆき」の長篇小説
『名もなき毒』を読みました。
「宮部みゆき」作品は、約2年前に読んだ
『蒲生邸事件』以来なので、久しぶりですね。
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第41回(2007年)
「吉川英治」文学賞受賞
今多コンツェルン広報室に雇われたアルバイトの
「原田いずみ」は、質の悪いトラブルメーカーだった。
解雇された彼女の連絡窓口となった
「杉村三郎」は、経歴詐称とクレーマーぶりに振り回される。
折しも街では無差別と思しき連続毒殺事件が注目を集めていた。
『誰か Somebody』から約一年後の出来事を描き、テレビドラマ化でも話題となった人気の
「杉村三郎」シリーズ第二弾。
人の心の陥穽を圧倒的な筆致で描く
「吉川英治」文学賞受賞作。
解雇されたことを根に持って
「杉村」をつけ狙う
「原田いずみ」は、悪意に心をのっとられた存在だ。
その行動は危険であるのに幼稚極まりない。
彼女は真の大人になる契機を?むことができずに成人してしまった偽の大人であり、人の世にありながら他者の痛みを感じることができなくなった歪な精神の持ち主なのだ。
思い起こせば、そうした者たちが仮面をつけたままこの社会で普通に生活しているということを、早い段階から不安視していたのが
「宮部みゆき」という作家だった。
(
「杉江松恋」解説より)
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「杉村三郎」シリーズの2作目の作品… 本シリーズは初めて読みましたが、探偵役にも関わらず、温和な性格で、何らかの問題を抱え困った人物に対してはどこまでも親身になってしまう性分に好感が持てますね、、、
フツーっぽくて、読者の目線からも放っておけない、何か手伝ってあげたくなるような、そんな独特の魅力がありますね… 本作品は、前作
『誰か Somebody』の約1年後の設定となっており、登場する原田いずみの悪意からくるトラブルと連続無差別毒殺事件を並行して描き、宅地土壌汚染やシックハウス症候群などの問題も取り入れられたストーリーが展開されます。
事件の解決を愉しむというよりは、身内や知人を事件で亡くしたり、負傷したことに対して、自分を責め、心に傷を負い、自分が何かしていれば防げたんじゃないか、という罪悪感や、類似の事象や同じ場所を忌むようになるトラウマ等、事件被害者の家族や関係者が受けるダメージについて、考えさせられた作品でした、、、
そして、エンディングで用いられている
「藤山一郎」の歌謡曲
"丘を越えて"(1931年(昭和6年)に発表)の歌詞が印象的でした… 登場人物たちが、陰惨な経験を乗り越えていこうとする美しいシーンでしたね。
今多コンツェルン会長
「今多嘉親」の娘婿の
「杉村三郎」が所属する同コンツェルングループ広報室は、満足な仕事をこなせず、度重なるトラブルと軋轢を生みだすアルバイトの
「原田いずみ」を解雇した… しかし
「いずみ」が
「広報室の社員達から嫌がらせやセクハラをされた」と嘘八百を並べ立て、訴訟を起こすという手紙を会長の
「嘉親」宛てに送ってきたことから、
「三郎」は
「嘉親」の命を受け、
「いずみ」の窓口として問題対処にあたることになる、、、
「いずみ」の詐称だらけの経歴の裏付けを取り始めた
「三郎」は、その最中に過去に
「いずみ」を調べていたという私立探偵の
「北見一郎」、
「北見」の元を訪ねてきた女子高生
「古屋美智香」とその母
「暁子」と出会う。
「暁子」と
「美智香」はさいたま市、横浜市、東京都で発生した連続無差別毒殺事件の第4の被害者の娘と孫だったが、事件全体の繋がりが不透明なところもあり、
「暁子」は警察から犯人として疑いを持たれていた… この事により、
「古屋親子」の関係がぎくしゃくしていることを知った
「三郎」は、
「暁子」達に親身になり、自らも事件の真相に近付いていく、、、
やがて、
「いずみ」の悪意が広報室全体を襲い、やがては
「三郎」個人に照準を定めていく。
いやぁ、それにしても
「いずみ」の所業は理解できないし、許せるものではないですよね… 言動が利己的かつ稚拙で、でたらめなだけではなく、職場のコーヒーに睡眠薬を入れて、それを飲んだ広報室の社員が意識を失ったり、挙句の果てにはナイフを持って
「三郎」の自宅を襲い、5歳の娘
「桃子」を人質にして台所に立て籠もるなんて、、、
一方で、同じ犯罪者でも、第4の毒殺事件の犯人だった
「外立(はしだて)研二」については、その犯罪行為は許されるものではないものの、彼の置かれた環境や追い詰められた感情を慮れば、なんとかしてあげたかったという気持ちになりますね。
"毒"って、青酸カリやシックハウス、土壌汚染等の物理的なモノだけでなく、人間の心に潜む
"悪意"という
"毒"もあるんだよな… と感じましたね、、、
そして、
"毒"に侵された者が、
"毒"によって心が狂わされてしまい、それを無意識のままに伝染させてしまう恐ろしさ… 他の誰かに痛みを伝播してしまう連鎖の恐ろしさを描いた作品だったな、と感じました。
以下、主な登場人物です。
「杉村 三郎」
今多コンツェルングループ広報室編集者兼記者。
「今多 嘉親」
今多コンツェルン会長。三郎の義父。
「杉村 菜穂子」
三郎の妻。嘉親の娘。
「園田 瑛子」
グループ広報室室長兼編集長。
「谷垣(たにがき)」
今多コンツェルングループ広報室副編集長。
広報室内では最年長の55歳で、今多コンツェルンの本丸である物流部門、40代からの営業を経て来年3月に退職を控えた37年目のベテラン。
温厚で笑顔を絶やさないが、考えは昔気質で古風なところがある。
「河西(かさい)」
今多コンツェルングループ広報室社員。
関連企業の「今多エステート」から出向してきた入社5年目の若手。
「北見 一郎(きたみ いちろう)」
都営住宅で個人で調査事務所を開いている男性。
「古屋 暁子(ふるや あきこ)」
古屋明俊の娘で美智香の母親。
外資系証券会社「トワメル・ライツ」のファイナンシャル・プランナー。
「古屋 美智香(ふるや みちか)」
古屋明俊の孫娘。
祖父の死のショックから食事が喉を通らず、三郎との初対面時に栄養失調で救急車に運ばれるほどだった。
暁子を介して三郎から気持ちを整理するため文章を書くようにアドバイスされてからは、三郎を頼るようになり、犯人逮捕を呼びかけるホームページ作りについて相談する。
「原田(げんだ) いずみ」
グループ広報室アルバイト。
学業の都合で退職することになったアルバイトの椎名(『誰か―』登場)の後任として雇われた。
大手出版社勤務経験を謳っているが実際は編集者としての実力は伴っておらず、反面、自身のミスを巡って同僚達に反発し揉め事が絶えない。
気に入らないことがあればヒステリーを起こす激情的な性格で、事実無根の出来事をでっち上げては相手を貶めることも厭わない筋金入りの嘘つきでもある。
父・克也によると、幼少期の頃から異常なまでに勝気で負けず嫌いな性格をしていたらしく、兄の結婚式の際には彼から性的虐待を受けたという大嘘をついた結果、兄の結婚式をぶち壊しにした上に、その1年後は兄の嫁が自殺してしまっている。
これが原因で、両親や兄はいずみの元から逃げている。
「秋山 省吾(あきやま しょうご)」
売出し中の若手ジャーナリスト。
ライターとして食えなかった時代に今多コンツェルンで半年間アルバイトをしていた縁で、谷垣から寄稿を求められていた。
「五味淵(ごみぶち) まゆみ」
秋山の従妹。

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