何でだろうね、着信音は統一しているのに
アナタがデートに誘ってくれる電話をかけてきてくれると、
ちょっとだけ、いつもより明るく、彩った音に聞こえるの
私を誘うのに、いつも、たくさんの勇気を使ってくれるアナタも
そうだったら嬉しいな
あ、そうだ、たまには私から電話をかけてみようかな
カレーライスをたくさん作っちゃったから、
私の家に食べに来ない? って
表裏共に大きな進展があった祭りの日から、三日ばかり経った頃、土方が他星で開かれる茶会に招かれたそよ姫の警護を話し合う為に不在となった。
沖田は近藤とペアを組んでいたからか、珍しく真面目に巡回に勤しんでいた。
「今日も、この街は賑やかでいいな」
「こんな日に、つまらねぇ悪事を働くような輩がいたら、バッサリ斬(ヤ)りたくなりますねぃ」
三人が陰で活躍した翌日、案の定、土方は包帯だらけの近藤を見て、真偽を問い質したのだが、近藤の包帯を巻かれた口は貝のように堅く、土方の方が先に折れてしまっていた。
この日、巡回ルートの駄菓子屋で愛犬・定春と小休止を取っていた神楽は二人を見つけるなり高圧的な態度で手招きし、渋々と言った風を装って近づいてきた沖田に酢昆布を貢ぐよう命令した。沖田は苦笑いを浮かべた近藤に二人分のラムネの代金を要求しつつ、老女店主に酢昆布の代金を支払い、彼女へ投げて寄越した。
キンキンに冷やされたラムネを傾け、酢昆布をしゃぶりつつ、往来を闊歩する三人と一匹。
昼飯時も近づいた時分、不意に沖田の懐に入っていた携帯電話が、知人ならぬ「痴人」カテゴリに入れている人間からの着信である事を告げる、『アヴェマリア』を高らかに歌う。
「ん? 東城さんからでさぁ」
液晶に出た名前を見た沖田は、眉をキツく寄せた。その絵になる美男子の横顔に、毎日、彼と顔だけでなく額を突き合せ、加えて、唇も重ねている神楽も思わず、見惚れてしまう。カラン、と瓶の中で小さく揺れたビー玉の音に、大袈裟に肩を跳ねさせてしまった彼女は気付かぬ内にラムネと唾液が混じったモノが垂れる口許を、乱暴に袖先で拭う。
例の日以来、東城は何も言って来なかったし、沖田も連絡をしていなかった。だが、出ないのも変に思われると携帯電話を開く。
「はい、沖田でさぁ・・・えぇ、お蔭さんで・・・いやいや、そちらも忙しかったでしょうし・・・・・・えぇ、まだでさぁ・・・隣にいやすが・・・えぇ、偶然、二人とも。あ、あと、連れがもう一匹・・・今からですかぃ? ちっと待ってくだせぇ、確認しますんで」
通話口を手で押さえた沖田は眉を寄せたまま、近藤の方に顔をやる。
「どうした?」
「いや、東城さんから何ですが・・・昼飯をご馳走したいんで、柳生のお邸に来て貰えないかって?
都合が良いようならここに迎えを寄越すって。駄目なら、明日、予定を空けておいてほしいって言ってるんですが」
「お昼を? 柳生の屋敷で?」と問い返した近藤に沖田は複雑そうな面持ちで頷く。
「どうしやすか? ワン公もいますし、今は断りやすか?」
「えぇ!? 定春、連れて行っちゃ駄目アルか?」
神楽の胸を押し付けてくるような体勢での抗議に、沖田は困ってしまう。定春も悲しそうに目を伏せて「くぅん」と鼻を寂しげに鳴らすものだから、彼は罪悪感で胸を掻き毟られてしまう。
「いや、だってよ、ワン公、普通の車にゃ乗れないでしょう?」
「じゃ、私は定春に跨っていくアル」
「コイツが公道を全力で駆けたら、また一騒動になっちまう。
しかも、行き先が柳生家となれば、アッチにも迷惑をかけちまう」
沖田のあえて厳しい響きを込めた言葉に神楽は唇をキュッと尖らせるが、言っている事も間違っていないので、文句は吐かなかった。
「近藤さん・・・・・・」
「いや、行こう。定春くんも一緒に」
「え?」と目を剥いた沖田に近藤は電話を貸してくれるよう、大きな手を出す。少し迷った沖田から電話を受け取った近藤は東城と話し出す。
「お電話変わりました、近藤です。お誘いをお受けします。
ですが、チャイナさんは散歩中で、ご存知かと思うんですが、超大型犬なんです。なので、普通の車では乗せられません。
車を追ってもらっても構わないんですが、そうなると柳生さんに迷惑をかけてしまうと思うんですよ・・・えぇ、そうして貰えますか、ありがとうございます・・・今、我々は一丁目にいるんで、二丁目の交差点、そうですね、ドーナツ屋の前に移動しておきますね・・・はい、では三十分後に」
深々と頭を下げた近藤は電話を切り、沖田へと返す。
「定春くんが乗れるよう、小型のトラックを一緒に寄越してくれるそうだ。
あと、定春くん用の食事も、用意しておくと」
「やったネ、定春!! 銀ちゃんが絶対に買ってくれないような、高級ドッグフードが食べれるヨ!!」
定春はよほど嬉しいのか、真っ白な太い尾を根元から千切れかねない勢いで振った。
(これで、ワン公の舌が下手に肥えちまったら、俺ぁ、旦那に怒られたりして)
普段から、餌付けをして、彼の胃袋満足させている沖田は銀髪で天を衝き、餌代が皿に嵩むことにより血涙を流す銀時の姿を想像したのか、うすら寒いものに襲われてしまい、ブルンと体を大きく震わせた。
「ん、風邪?」
神楽に影が走った顔を下から不意に覗き込まれ、ちょっと驚き、身を引いてしまった沖田だったが、彼女の優しさに触れて不安など一気に霧散してしまい、「アンタに感染(うつ)したら、治るかもねぃ」と不用意に自分に近づかせていた頬を両手で挟み、口許を歪ませると、ニヒルな形を作った己の唇を近づける。
「こらこら、衆人環視の前でキスをねだるんじゃないよ・・・羨ましい」
顔を真っ赤にしてパニクる恋人のリアクションに、調子に乗る弟分の後頭部をノックし、呆れたように朗らかな笑みを、本音と一緒に溢す近藤だった。
幌で荷台が隠されたトラックと黒塗りのベンツが待ち合わせ場所にやってきたのは、電話を切ってから二十分後の事だった。
(・・・・・・防弾か、当たり前だが)
近藤は東城が助手席から降りてきた車を見て、一瞬で『一般人』が乗る仕様ではない事を見抜く。
今は割りと平穏な時代なので、憎い相手を殺したい、しかし、自分の仕業と知られたくない、と思ったら狙撃するか、住まいに爆弾を仕掛けるか、のどちらかで、わざわざ剣を使って闇討ちする人間は少なくなってきている。刀を選ぶ人間は大体、腕に相当な自信がある人間なので、前述の二つの方法を選ばれるより危険なわけだが。
だが、そんな時代でも、将軍の剣術指南役を古来より務めてきている柳生家は政府の中でもかなり顔が利く。故に、命を狙われる機会も少なくない。私用に使う車に防弾処理が施されていても、何らおかしくなかった。しかも、柳生輿矩も東城歩も九兵衛を溺愛しているのだから、これくらいでも足りない、と本気で思っているに違いない。
「お待たせしました」
「よ、トージョー、久しぶりネ!!」
想像と胃袋を膨らませ、唾液が口の中に溜まりつつある神楽に気軽に挨拶された東城は、いつもどおりの心境を察し辛い細い目で彼女を見て、小さく頭を下げ返す。年下の小娘に呼び捨てされるのは、プライドが低くはない彼にとっては屈辱ではあるハズだが、神楽の人の良さを短い付き合いの中でも知っている為、最近では大して気にしていないようだ。
「美味しいもの、たくさん出してくれるアルか!?」
「えぇ、勿論。遠慮せずに食べてください」
「あぁ、こうなるって解ってたら、タッパーを持ってくれば良かったアル」
今や立派な主婦業が板についた新八譲りか、貧乏性を恥ずかしげもなく露わにする神楽に、「クククッ」とくぐもった苦笑いを漏らす東城。
「お土産は別に用意させますよ、チャイナさん」
パァァァァ、と顔を輝かせた神楽は東城の見かけより逞しい腕に抱きついた。
「おぉ、太っ腹アル」
途端、数種類の刃物を象った、毒々しい純度の高い殺気に背中を突き刺され、滑稽なハリネズミにされた東城の顔が青ざめる。鈍い痛みを実際に感じてしまい、意識が遠のきかけた彼の口から、くぐもった音が飛び出る
「ぐっ」
(無理だ)
殺気の主は振り向かなくとも判っていた。判っているだけに振り向けなかった。わずかにでも首を動かそうとすれば、兇悪の二文字で十二分に表現足りうる目から発す殺気の主の体は反射だけで刀を抜いて、自分の首を容易に切断するだろう。もしかすると、返り血で神楽が汚れるを厭って、首が地面に落ちないよう皮一枚のみを残すかも知れない。沖田総悟、この男ならば、それも容易にやってのける、生物のでなく、剣士としての『本能』が、耳の奥が痛くなるほどに警鐘を打ち鳴らす。
(九兵衛様の白無垢姿を写真に収めるまで、この首は胴に付いていて貰わねば)
東城は錆びついてしまったような体を何とか動かし、さりげない風を装って、腕から神楽を離す。
「神楽、アンタは俺と一緒にトラックの方に乗りなせぇ」
「えぇー、私はコッチが良いアル」と神楽は頬を膨らませてベンツを指す。
「じゃ、俺もそっちで。
後ろの席は空いてるでしょう? 東城さん」
自分の名を呼んだ沖田の言葉が冷え切っており、東城は泣きたい気持ちでイッパイになった。
こんな殺意も露わにした沖田が自分の後ろにいたのでは、柳生家に着くまで落ち着いてなどいられない。だが、断ったら断ったで角が立つだろう。
(チャイナさんが隣にいれば、妙な事もしないだろう・・・しないでくれると助かるが)
「―――・・・どうぞ」
一介の男として腹を括った東城は率先して、後部座席のドアを開けた。
「おぉ、セレブになった気分アル」
喜色で頬を赤らめて乗り込んだ神楽に続いて、沖田も後部座席に体を滑り込ませる、車中に入る寸前に、頬の筋肉を引き攣らせている東城を睨む事を忘れずに。
(じゃ、邪眼?!!)
「定春くん、俺らは仲良くトラックに」
「ワン!!」
(まったく・・・東城さんにまで嫉妬するなんて、総悟も可愛いトコが残ってたな)
環境と職業が由縁か、やけに大人びているように見える弟分の中にあった、ドロドロした青臭く、みっともない独占欲を間近で見せられた近藤は苦笑いを浮かべながら、定春のリードを引いて荷台に乗り込んだ。
沖田は車中で終始、無言の姿勢を腕を組み、足を開き、背もたれに体重をかけて貫いた。出される御馳走が楽しみで、神楽はそんな不機嫌な沖田を露も気にしなかったが、チクチクと首筋を、殺意を怒りで固めて、嫉妬で研いだ針で突かれ続けていた東城は生きた心地がしなかった。だが、
(い、息苦しいな)
予想もしていなかった緊張感が車中に広がり、ハンドルを握っている門下生は東城よりもっと生きた心地がしていなかった。
四天王筆頭の東城だからこそ、沖田に殺気を向けられても気を失わず、正常な精神状態を維持できているのだ。実際、助手席の東城が常人なら心臓発作を起こしかねない沖田の気当たりを全力で中和してくれていなかったら、彼は今頃、白目を剥き出しにして泡を噴き、そして、車はどこかの家に突っ込んでいただろう。
普段の沖田なら、その点を配慮して車中では殺気を抑えていただろうが、自分だけに向けていて欲しい、良い笑顔を見せただけではなく、東城の腕に抱きついたのを目の前で見せられたのだから、自制心が揺らぐのも無理のない話だった・・・東城や門下生にはイイとばっちりだったが。
ようやく沖田が口を開いたのは車から降り立ち、柳生家の屋敷の門を見上げた時だった。
「―――・・・東城さん」
「はい、何でしょうか、沖田様」
「今日、お嬢さんは?」
「九兵衛様は今日、ご隠居のお使いで山向こうの里に行っております」
なるほど、と頷いた沖田は続いて降りてきた神楽の手を握り、階段を上っていた。
ようやく、沖田が機嫌を直してくれ、肩から重圧感が退いた東城は思わず、安堵の息を大袈裟に漏らしてしまった。
「大丈夫でしたか?」
いくらか遅れて到着した近藤は車のボンネットに体を預けている東城を見て、車中での心労を悟った。
「・・・・・・体重がかなり落ちたんじゃないんですかね」
「昼食前で丁度、良かった」と男も頬を熱くするであろう、涼しげな苦笑いを返し、東城は自分の腹を擦った。
「すいません、総悟が」
「いやいや、意外な一面を見せて貰いました」
チャイナさんは彼に本当に大事に思われているんですねぇ、と続けた東城に近藤は太い眉を寄せて、複雑そうに歯茎を出すようにして口の端を上げた。
「不安で堪らないんでしょう、アイツは。
チャイナさんに嫌われたら生きていけない自信がある、と頬が赤らむほど酒を呑んで零すくらいですから」
「沼の沖田様が頬が赤くなるほどですか・・・・・・」と東城は驚きを露わにする。その証拠に、柳の葉を思わせる目がわずかに開かれて黒目が表に出る。
「精神修行が足りない、気の練りが甘い、と怒ってやりたいところだが、総悟の場合、心の鍛錬は十分に積んでいるもんだから、そこは責められない」
「むしろ、『明鏡止水』を極めるべきは、後輩の手本にならねばならぬのに、想い人の一挙一動に一喜一憂させられている我々ですからね」
「確かに」
苦々しいが、引け目など微塵もない笑みを浮かべあう近藤と東城。
「俺はトシを少し乱暴な所が抜けきらないけど頼り甲斐のある弟だと思ってるし、九兵衛さんにしたって、お妙さんの大事な親友って事を抜きにしても、同じ剣の道を極めんとする同志だと思ってる」
言葉を選ぶようにガリガリと頭を掻いた近藤は、屋敷の方を目を細めて見つめている東城の横顔をじっと見つめた。
「だから、幸せになってほしい、二人で」
「――――――・・・・・・それは私も同じですよ、近藤様」
寂しげに微笑んだ東城は、真面目な面持ちをしている近藤の方を見ないままでボソリと漏らした。近藤は彼の中に渦巻く感情が自分の中にもある為、慰めの言葉をかけられない。その代わりと言わんばかりに、東城の落胆で落とされている肩にガッシリとした大きな手を置いた。
近藤が手を置いた箇所から、優しい熱がじんわりと心の内まで伝わってきた東城は不覚にも泣きそうになった。

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