いつも強気で口を開けば毒を吐く、あいつにそんな一面があるとは思いもしなかった
私は終息に近付きつつある戦場に背を向け、ふらふらとした足取りで部屋へと戻っていた
山崎はそんな、神楽の様子を心配したが、土方に呼ばれ、賊の照合に掛かることとなり、神楽を気にする余裕は無くなってしまっていた。定春が心配そうに鼻を鳴らしたのにも耳には入らなかった
布団の上にどすんと重い音を立てて腰を下ろす
とめどなく涙が零れていくがそれを私は拭おうともしなかった、いや、出来なかったのだ
私は今、“強い”から「泣かない」のではなく、“弱い”から「泣けない」彼に代わって涙を流しているのだろうか
あいつも心に、私と同じ、いや、それ以上に深い疵を持っているのだ
私は人の命は奪ったことは無い。万事屋に舞い込む依頼の関係上、多少の荒事こそあるが、決して人は殺すまい、と自戒している。己の躯に流れる夜兎の血を嫌い、疎み、恐れ、必死に封じているからだ。私はハゲ親父とも、馬鹿兄貴とも違うのだと自分に言い聞かせながら
故に、私の手は綺麗なままでいられる。今までも、現在も、そして、これからもだ
でも、こいつは手だけで無く全身を血でべったりと染め、茨の中を裸で進んで行く様な修羅道を現在でも進み、これからも進んでいくのだろう
だから、私がここに来てしまった理由にも気付くことができたのだろう
私があんなに安心して眠れたのは総悟が傍にいてくれたから
「おぅ、チャイナ。起きちまったんですかい?」
声に驚き、振り向くと赤黒く染まった隊服を肩に担いだ沖田が立っていた
白いシャツの前面はべったりと真紅に染まっていた。彼の白い肌にも点々と赤いモノが付いていた
「な、怪我したアルカ!?」
「んな訳あるかよ。全部、雑魚どもの返り血でさぁ」
面倒臭そうに隊服を床に打ち捨て、頬を乱暴に拭った沖田は緩慢な足取りで神楽の横を歩き、押入れの戸に背を預ける
「悪ぃ。ちと寝かせてくだせぇ」
そう呟くと、膝を抱えて身体を丸めた沖田は、膝の間に挟み込むように頭を項垂れて目を閉じた
数分後、穏やかとは言いがたい寝息を小さく漏らし始める
神楽はそっと起こさぬように、沖田の横へと腰を下ろす
かなり深い眠りに落ちているようだ。恐る恐る髪を撫でても、頬を突いても身動ぎ一つしない
(・・・こいつも苦しんでいるアルナ)
彼の肩に自分の頭を軽く乗せて預けながら、そんな事を思う
沖田の鼓動と自分の鼓動が絡み合っていく感覚と共に、神楽は再び、眠りに落ちていった
朝と言うよりは昼に近い
俺は目を覚ました
血の臭いが鼻についている
あぁ、着替えずに寝ちまったんだ
と、右腕が重く、いやに痺れていることに気づいた
「・・・!?」
頭だけ動かして右方向を見て吃驚する
俺の右腕に神楽が頭を乗せて寝ている
神楽が布団の上で、何故か呆けていたから襖の前で少し休むだけのつもりだったのに、何時の間にか布団の中に入ってしまったらしい
と、沖田自身は思い込んでしまったのだが、実際の所、一度は沖田の横で座ったまま眠ろうとした神楽ではあったが、眠りにくいことに気付き、寝ぼけ眼で布団へ戻る際に沖田をついでに引き摺って、彼の腕を枕にして、今度こそ深い眠りにつけたのだ
眉を寄せて困惑顔の沖田は自由な左手で頭を掻く
俺、何か幸せかも
抑えようとしても笑みが零れてきてしまう
神楽を胸の前までそっと、起こさぬように抱き寄せる
温かい
寝息が鎖骨に当たって、少しこそばゆいがそれもまた良い
俺は神楽の唇に自分の唇を寄せた
あと1cm
その瞬間、神楽がばっと目を開けた
幾度か瞬きを繰り返す
私が目を開けた瞬間、視界に最初に飛び込んできたのは沖田の整った顔を構成しているパーツの中でも二番目に私が気に入っている柔らかそうな唇
ちなみに一番は瞳だ
それはともかくとして、私は一瞬、まだ夢を見てるのか、と思っていた
でも、微かに顔に掛かる息は湿っていて温かい
・・・現実だ
お互いに固まる
最初に動いたのは神楽の方だった
意を決して、宙で止めていた唇をさらに近づけて来ようとした総悟の襟をむんずと掴むと、彼の腹に満身の力を込めた足の裏を当てると、巴投げの要領で勢い良く投げ飛ばした
虚を突かれた総悟の身体は放物線を描いて障子を突き破り、咄嗟に伏せた定春の頭上を越え、壁に激突した
轟音に定春は思わず、前脚で目を覆った
「ね、寝ている乙女の唇、奪おうなんてやらしい奴ダナ!!」
顔を、頬を熟れたトマトのように真っ赤にして叫ぶ神楽
「イテテ・・・乙女は巴投げなんかしねぇよ」
俺は首を振り、髪に付いた破片を落とす
「たく、そこは素直に目を瞑るとこでさぁ」
「フザケンナ
お巡りさん、ここにロリコンがいるアルぅぅぅ
捕まえてぇぇぇぇ」
「うわ、傷つくね」
大して、傷ついたようには見えない笑顔で身体を伸ばす
「さてと、昼飯食ったら万事屋、送ってやるよ」
俺は足の裏の砂を払って廊下に上がり、神楽と共に部屋を出ようとした
と、不意にシャツの裾を少しだけ摘まれて、軽く後ろから引かれる
ぼすっと背中にぶつけられた額
「・・・また、来ても良いアルカ?」
彼女の問いに驚きながらも、俺は振り向かずに答える
「いつでも来なせぇ。お前が寝れるまで横にいてやらぁ」
「!!・・・ありがとアル」
頭を離した神楽は俺の背中をかなり強く叩き、廊下を走っていく
「私、お腹減ったアル。早くするネ」
「へいへい」
「冷蔵庫、空っぽにするまで食うから覚悟しとけヨ」
その言葉通り、一時間後、屯所の大型冷蔵庫の中にあった一週間分の食材が神楽の胃袋の中に消えた。幸いにも難を逃れたのは土方のツナ缶の油をかけた土方特製のマヨ御飯だけであった
昼食後、神楽の不在に慌てふためいている銀時の元へ、彼女を送り届けて、一波乱起こるのだが、それはまた別のお話

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