「そ、そんな・・・言えやしませんよ
毎日、喧嘩してて、今さら・・・可愛いだなんて
それに似合ってなかったのは事実ですし」
「そうですか?可愛かったと思いますけど」
「いや、確かにね、可愛いっちゃ・・・まぁ、可愛いですよ」
面白いほどに酒の力も手伝っているのか、腕を組んで力強く頷いた彼は意外にもすんなりと認めた
「でもねぇ、神楽にゃ、どっちかってぇとこういう色の方が似合ってると思ったんでさぁ」
彼は妙の膝の上の桜色のワンピースを指差した
「あぁ、言われて見ると・・・」
妙は神楽がこれを着ている所を頭の中に描いてみて、しっくり来る事に気づいた
「じゃあ、もしかして、これ、自分で買ってきたんですか?」
酒が変な所に入ったか、一瞬咳き込んだ後に沖田は身を小さくして頷いた。彼の頬にありありと朱が浮かんだのは酒の所為だけではないだろう
沖田が女性用の服飾店を巡っている場面を想像した妙は思わず、微笑ましさを覚えた
もう穴があったら入りたい位に恥ずかしかっただろうに。そんな身を捩じらせるような羞恥心を押さえてまで、彼は神楽の為に足を使い、想像(半分は妄想だろうが)を必死で巡らせて、念願の服を手に入れてきたのか
「姐さん、俺ぁ、ちゃんと理由を話したんだ
神楽にきちんと届けてくだせぇよ」
突然、椅子から立ち上がり、沖田は轟音もよろしく拳と膝を床に突くと絨毯に額を擦り付けて妙に頭を下げた
周囲の客が真撰組の隊服を来た若い男が女性に頭を下げているシーンを見て目を剥く
各人、少々歪んだ理由を想像したのだろうが、まるで沖田は気にしている様子など微塵もなかった
他人の目など気にはしない、自分の信じた道しか見えていない
恐れを全く知らぬ青臭い若さ故なのか、怯えを知る血に濡れた道を歩んでいる所為なのか
どちらとも知れぬが、それが沖田の心身の強さを形作り、支えているのは間違い無さそうだった
妙は夜の店特有の照明を受け、淡く金色に光る沖田の枝毛一つ無さそうな後頭部を見やりながら、そんな事を考えていた
「ちょっと、姐さん、聞いてやすかい?」
「判りました
責任を持って、神楽ちゃんに届けます」
妙は自らの胸を軽く叩いた。沖田はそれを見て、肩の力が抜けたのか、年相応の安堵した笑みを漏らす
「じゃあ、俺はこれで」
沖田は立ち上がり、意外にもしっかりとした足取りで会計へ向かう
妙も立ち上がり、彼を外まで見送る事にした
「沖田さん、恥も散々かいた事だし、もう一つ良いかしら?」
「えぇ、構いやしやせんよ」
沖田は彼女の言葉に苦笑しつつ、頷いた
「今、預かった服、随分と丈が長かったですけど、どうしてでしょうね?」
今年の流行はミニスカートのはず。いくら、流行に疎そうな沖田でもわざわざ、自分の足で買いに行ったのだ。店員に薦められなかったわけがない。それにも関わらず、彼が買い求めたのはロングのワンピース
妙は何となしに理由の察しが付いていたが、あえて彼に聞いてみた
「ははは・・・・・俺はね、ガキの時分から欲しいものは何が何でも、無理矢理にでも手に入れたくてしょうがなくてね
その上、一回、手に入れたら誰にも渡したくは無いんです
チャイナの生足を他の野郎に拝ませるなんて、想像しただけでもね、むかっ腹が立つんでさぁ
あいつは俺の、俺だけのモノにしたいんで」
無邪気で女性に向ければ、一瞬で背骨を引っこ抜けそうな笑顔でありながら、実際は背筋も凍るような冷たく、見る者の神経を削り落とすような嗤いを口元に静かに浮かべている沖田は腰の刀を何度も抜き差しし、鍔を鳴らしながら妙の問いに淡々とした調子で答えた
「まぁ、独占欲の強いお方」
「じゃあ、失礼します」
沖田は妙に頭を深々と下げると、深夜の歌舞伎町の光溢れる往来へ足を進めた
妙は彼の背に声を投げた
「明日もいつものようにお過ごしになるんですか?」
「えぇ、いつものように江戸の平和を守るために巡回活動でさぁ」
振り返って、先刻とは打って変わった悪戯を見つかったにも関わらず、どこか誇らしげな少年のような快活な笑みを浮かべた沖田
「じゃあ、いつものように公園でお待ちになっているんですね」
「・・・いや、明日は南の川原でさぁ
ねぇ、姐さん
女鳴かすのはとっても気分が良いが、女泣かすのは気分の悪いもんですねぇ
どうすりゃ、この胸のモヤモヤは消せるんですかね」
「素直に謝れば良いんじゃないですか?」
「そら、そうだ
だけど、許してくれるでしょうかね」
沖田は人口の光と目尻にうっすらと浮かんだ涙で星が霞む空を見上げて、誰に聞くでもなく呟いた
「酷い言葉を投げつけて、涙を流させた外道な男を、果たして、許してくれますかね
そんで、もう一度、あの眩しい笑顔を、そんな外道な男に向けてくれるんですかね」
「本当に、その人が好きなら、その人の言葉で泣きはしませんよ」
妙は静かに、本当に静かな声で諭すでもなく、論じるでもなく、ただ沖田の耳に、頭に、心に囁いていく
「好きだから、一つの言葉で女の子は傷つくんです
好きだから、一つの言葉で女の子は涙を流すんです
好きだから、些細なコトで女の子は笑顔になれるんです
好きだから、些細なコトで女の子は幸せになれるんです」
「姐さん・・・」
「大丈夫ですよ、沖田さん
神楽ちゃんはきっと許してくれます、もう一度、貴方に笑ってくれますよ」
妙はそっと沖田の頬を伝っていく涙の筋を拭った
「でも、ちゃんと謝らなきゃ駄目ですよ?」
「えぇ、土下座でも何でもしまさぁ」
妙にされるがままの状態で沖田は弱々しい、だが力のある微笑を浮かべる
「ありがとうございます、姐さん
俺ぁ、もし、近藤さんが姐さんに惚れてなくて、神楽にも会ってなかったら確実に惚れてやしたね」
「あらあら、浮気は駄目ですよ」
「わかってやすよ
姉御の心はもう、たった一人のモノだって事ぐらい」
妙の頬に、先刻の沖田にも負けぬ劣らぬ朱が走った
「もう怒りますよ!」
妙は沖田を嗜めるように軽く拳を振り上げた
「ははは、冗談でさぁ
じゃ、旦那にもよろしく」
沖田はもう一度、ヒラヒラと手を振って、いまだ眠りに付かぬ歌舞伎町を屯所の方へ歩き始めた
その背に迷いは微塵も無かった

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