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2009/6/4  1:02

ローカルな風景番外篇 山陰本線 揖屋〜荒島間 想い出の旧線  ローカルな風景
こんばんわ。

このところアクセスが落ち込んでいるので、「何か原因が分かるか」と思ってテキトーに検索を掛けていたら、偶然出逢ったんです。

ブログタイトル 「道」様 『JR山陰本線 荒島〜揖屋間旧線

私が高校2年生のとき、伯備線電化と同時にキハ181系「やくも」が振子電車381系化されることになり、どうしても最後の特急列車らしいキハ181系を撮りたくなって山陰本線へと出掛けました。
山陰本線の米子〜松江間にある荒島〜揖屋という区間で、まさにその写真を撮るために選んだ区間だったのです。別に予め知っていた訳ではなく、夜行「山陰」に乗って通った際、カーブの多いこの区間が気に入ったのと、「良いな」と思ってから比較的短時間で駅に着いたので、歩いても十分に行ける距離と考えたからです。

その後、電化されてから1度だけ同区間を通過したことがありますが、このときも夜行「山陰」に乗ってしまったため、夜間で状況が分かりませんでした。
この「道」様の記事を見て、在来線を工事せずに新線を作ってしまったこと、また、旧線跡が今でも残っていることを知りました。さらに、私の過去ログを見つけてリンクを貼り付けて頂いていたことを知り、大変嬉しくなってしまいました

そんなこともあって、思い出深いこの路線をまとめたくなってしまい、今回特集を組むことにいたしました。


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あまり地図の加工とか得意では無いので、見づらくて申し訳ありません。
ご覧いただくと、現在の線形の方が当たり前に見えますが、以前は県道に沿うように走り、カーブしながらトンネルでやや短絡するように街に突っ込んでいくような線形でした。現在の路線ですとトンネルが長くなる(実際には2つに分かれているようですが・・・)ため、敢えて山を避けて一番短くてすむ場所を突き抜けたのでしょうね。
電化に際しては、在来のトンネルを改造するわけにもいきませんから、短絡してスピードアップも図ったのでしょう。

赤い線が旧線(かなりアバウトです)と想定して、撮影した方向を青矢印で図示してみました。望遠で撮っているものが多く、カーブが地図よりも大きく・キツく感じるかもしれません。
※撮影は、全て昭和55年8月です。


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@地点 DD511040牽引 旧客普通列車

揖屋駅から道路に沿って曲線でトンネルに到達する地点です。現在ではカーブせずに、ほぼ真っ直ぐに抜けてトンネルへと向かっているようです。


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A地点 キハ181系「おき」

旧揖屋トンネルの揖屋駅側を出る特急「おき」。おそらく開業以来使われているレンガ積みのトンネルです。現在でも旧線側に残っているのではないかと思われます。


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B地点 キハ23×3連 普通列車

旧揖屋トンネルを抜け、カーブしながら県道に沿う地点です。結構カーブがキツかった印象がありますね。普通列車の本数も少なく、撮影中に通った気動車仕立ての普通列車は、コレだけだったような気がします。


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C地点 DD511172牽引 下り「出雲1号」

県道沿いを荒島から揖屋トンネル方向へ向かう14系の「出雲1号」。
この頃は、東京発の東海道・山陽区間以外にヘッドマークを装着しない時代でしたので、特急だか臨時だか回送だかも判らない写真でした。西のブルトレが無くなってしまった今となっては、こんな写真でも記録がある以上は貴重なシーンとなってしまいました。


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D地点 キハ181系 上り「やくも」

地図の一番右端、踏切辺りから、望遠300mmで国道の下を抜いたシーンです。
県道に沿って大きくカーブしています。この写真から、県道と線路がかなり接近して並行していたのが判りますね。食堂車を連結した「やくも」。貫禄のある気動車特急でした。


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E地点 キハ82系 下り「まつかぜ1号」

同じ踏切の位置から、多分135mmで撮った写真です。
上の国道が干渉してしまい、あまり良い絵にはなっていませんね。このような中間地点では特急列車の通過時間が予測できないため、突然襲われた結果後追いになってしまったものと思われます。
この地点で捉えると、現在も同じ国道の橋脚間を抜けていると思われますので、今でもあまり変わらない可能性があります。


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F地点 DD511120牽引 旧客普通列車

地図外の方向を向いているので判りづらいですが、地図と比較するより急カーブを描いている印象です。もしかしたら、現在と多少線形が変わっているのでしょうかね。
架線柱が建っていること以外は変わっていない可能性がありますが、走っている列車は全く様変わりしてしまいましたね。


駆け足ですが、当時を思い出しながら写真を並べてみました。
特急列車の写真が写っているので、ローカルシーンで整理するのはどうかと悩みました。でも、単線非電化で、まだ特急列車がまばらだったことを考えて、敢えて『ローカルな風景』としてみました。旧線時代の「ローカル」さを表現できたと思います。

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