鉄道コム

2007/2/14  1:10

憧れの車輌たちVol6(ED71)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
憧れの車輌たち第6弾は、チョット地味かもしれませんが、ED71型交流機関車です。

私の母親の実家が福島の山奥にあり、最寄り駅として東北本線須賀川を利用していました。須賀川は急行停車駅でしたので、小学校入学前から3年生くらいまでは主に急行列車を使用していました。この頃は、交流電機はただ「赤い機関車」くらいしか印象がありませんでした。
小学校4年くらいの遠足からバス酔いをするようになり、さらに帰省時にも急行列車で乗り物酔いをするようになってしまいました。この時、相席していた若いお兄さんが「窓を開けて空気を吸っていれば気持ち悪くなくなるよ。」と教えてくれ、本当にそのとおり酔いが治まったのを覚えています。
しかし、子供心にも「電車好き」が「電車に酔った」ことでプライドが傷つき、あまり乗りたくなくなってしまったのです。それからというもの、積極的に早朝の121列車郡山行きを利用(密閉感が無く、酔うことは無かった)するようになり、そのゆっくりとした行程の中で、ED71とED75を見極めていくこととなりました。

いつもどおり本題に入るまでスゴ〜く長くなりましてすみません。
ここで、ED71の何に惹かれたかというと、洗練されたカッコよさではED75に軍配が上がると思いますが、このタイプの箱型車体に珍しい1灯のライト(当時東北線にはEE60や61は走っていなかった)、まるでスピード感の無い平べったい顔、これでもかと言うくらいギッシリ張り付いたフィルタ(1次型)等、よく判らないけど老兵ながら頑張っているような感じがしたのではないでしょうか。

急行列車に乗っているときは彼らの写真を撮ることはできなかったので、写真が残っているのは結構晩年のものになります。

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昭和52年頃 白河駅にて 側線で退避中のED717 上り貨物列車
おそらく、私が撮った最初のED71。この頃はまだほとんど廃車が出ていなかったのではないでしょうか。

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昭和55年8月14日 金谷川〜南福島間にて(2枚とも)
ダイレクトプリントが余り美しくなくてすみません。上が2次型の47号機、下が1次型の14号機です。この頃は既に廃車が進み、「待っていればいつでも来る」的な感じではなく、この2本を撮影するために随分待たされた記憶があります。

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昭和57年6月21日 (上)福島駅 (下)藤田〜桑折間
上記2枚は、在来線「やまびこ」最終日を狙って出掛けた撮影行。
このとき、通勤時間帯の福島〜藤田を往復する区間列車(上記)や福島〜金谷川間の補機、一部の貨物列車等、ED71の運用はかなり限られ、間もなく運用は消滅することとなりました。

ED71は、東北本線の福島を中心とした極限られた範囲の運用であり、生涯同線を離れることはありませんでした。10数年間も東北本線に乗っていながら、写真をあまり撮っていなかったのを非常に残念に思います。
後輩であるED75ももはや風前の灯状態である今、かつて東北本線を重連、3重連で闊歩していたときの彼らを思い出します。


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