鉄道コム

2007/2/12  21:10

はたらくくるま(検診車)  その他乗り物写真館
こんばんわ。

今日は娘の水泳記録会。3連休にも拘らず、どこにも撮影に行けなかったので、ちょっとご機嫌ナナメです。
が、会場となるスポーツセンターの近くに「検診車」がズラリと並ぶ駐車場を発見しました。このように、公道から間近にじっくり撮れる機会も滅多にないので、競技の合間に撮って参りました。

ちなみに、私はトラックマニアではないので、形式等よく解りません。Nゲージのストラクチャーとしてバスコレやトラコレを買うようになって興味を持ち始めましたが、このテの画像というのはいざという時に見つからないということを経験しましたので、何らかの資料になればと思い撮っておくようにしています。
検診車(レントゲン車なども)は、母体がバスであるため、バスコレクションからの改造も楽しめそうですよね。種車選定の資料にもなると思います。
今回の場所はチョット窮屈なところだったので、もう少しサイドから撮りたいところですが・・・。って、わがままですね。

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これはついでに発見したペリカン便の配達車(冷凍)
私、この冷凍の配達車は初めて見ました。
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鉄道の写真館をお楽しみにされていた方には申し訳ございません。
日付が変わる頃に間に合えばUPする予定です。お楽しみに!
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2007/2/12  1:16

憧れの車輌たちVol4(EF57)  国鉄・JR機関車(直流型)
今回は、憧れの車輌たち第4弾と題しまして、「EF57」の画像をお届けいたします。

「鉄道写真デビュー」のときにも若干触れましたが、写真を始めた当初は、茶色いデッキ付の機関車は貨物用との認識があったので、「津軽」や「八甲田」を牽いて上京するEF57形機関車を特にカッコいいとは思いませんでした。それまで<特急型=カッコいい>と思っていましたから。

中学生になり、他の小学校から来た「鉄道趣味を持った新たな同志」から「EF57が廃車になるから撮りに行かないか」と誘われ、これについて行って初めて昔写真に撮った機関車が「EF57」であることを知りました。

上野駅や大宮駅で見た実物大のEF57を見て、その大柄な体とパンタグラフを前一杯にかざす姿に圧倒されました。このときから、EF57の魅力に完全に取り憑かれてしまったのです。しかし、時すでに遅し、早々にEF57の姿を見なくなってしまいました。第一種休車になってしまったのです。同機に対する熱を抑えることが出来なかったため、中学生の身でありながら、親の目を盗んでは宇都宮運転所にEF57に逢いに行きました。

そんな状態が数ヶ月続いた後、突然本線を走る茶色い機関車を目にしました。初めはEF5861?と思いましたが、一瞬の出来事であり良くは判りませんでした。上り「八甲田」の返しは夕方の125列車福島行きになることを知っていたので、放課後に「コレは確認しなくては」という思いでその時を待ちました。現れたのは間違いなく「EF57」でした。復活したのです。(おそらく、急行の20系化のためのEF58P型化改造に伴う機関車の不足によるものではなかったしょうか?)

改めて、彼らを追いかける日常が始まりました。上り「八甲田」を授業中に学校の窓から確認し、EF57であれば夕方から撮影に出掛けるという日が続きました。
しかし、悲しいかな、この頃は性能のよいカメラを持っていなかったので、結局はあまり大した写真を撮れないうち、彼らは再び眠りについてました。宇都宮へ再び逢いに行きましたが、第二種休車となっていました。それは、彼らとの永遠の別れの宣告でした。

先に述べましたように、良い構図、綺麗な写真はまともにありませんが、彼らの最後の活躍を焼き付けた数少ない写真をアップいたします。

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昭和51年 蕨〜西川口間にて 上り臨時急行列車を牽引するEF57
ハーフサイズのカメラで完全にブレています。全て旧客の編成ですが、荷物車が無く急行サボが入っておりますので、臨時の「まつしま」「ばんだい」「ざおう」「みはる」のいずれかではないかと思います。

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昭和51年 栗橋にて 122列車上野行きを牽引するEF577
当時の有名撮影スポットであった栗橋の鉄橋(利根川橋梁)での撮影の帰り、偶然撮影したものです。この写真だけは、唯一ジャスピンでキレイに撮れました。


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昭和51年 蕨〜西川口間にて 上り「津軽2号」を牽引するEF57
これもハーフサイズのカメラで完全にブレていますが、空が青く写っている数少ない写真です。


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昭和51年 蕨駅にて 上り「八甲田」を牽引するEF571
EF57にはもう一つの魅力がありました。それは、同機の中で唯一EF56のスタイルを継承した1号機です。物心ついたとき既にEF56はいませんでしたので、この1号機に対するの思い入れは特に強かった言えます。


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昭和52年 上野〜尾久間にて 下り125列車を牽引するEF571とEF58の重連
上り「八甲田」を牽引してきたEF57は、この125列車で宇都宮へ帰っていきます。
この日は臨時を牽いたEF58の返却回送で重連となりましたが、特に同列車には重連が良く見られ、先頭にEF58が来るとブーイングが起きたものでした。

私の心の中には、これ程思い入れのあった車輌はありませんし、今後も出てくることは無いと思います。次世代への夢を託して走り去った彼らに、改めてエールを送ります。
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