鉄道コム

2007/2/17  20:45

ローカルな風景 第2回 国鉄「川越線」  ローカルな風景
ローカルな風景第2回は、国鉄「川越線」です。

川越線は、八高線と並んで埼玉県内で電化の遅れていた路線です。川越附近では、東武鉄道や西武鉄道が早くから電化・複線化されていたのに対し、東北新幹線上野開業・埼京線との直通運転が始まるまで、単線非電化のままでした。
もう直ぐ電化工事が始まる(既に始まっていた?)という頃、近場でもあったので友人と撮影に行ったときの写真です。あまりキハ30系には興味があったわけではありませんが、その中でもステンレス車の900番台だけは好きでした。


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昭和59年7月27日 川越線 南古谷〜指扇 荒川橋梁築堤を走るキハ30系4連
架線柱も建っていないときでしたので、大変スッキリしています。

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昭和59年7月27日 川越線 南古谷〜指扇 荒川橋梁を行くキハ30系4連
昭和59年というとつい最近のような気がしてしまいますが、もう23年も前のことなんですね。鉄橋以外の障害物がない風景は、205系10連が走る現在とは比べ物にならないほどローカルな雰囲気を醸し出しています。


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 大宮駅にて キハ35900 首都圏色塗装前
メモを取っていないころなので曖昧ですが、前後のネガから推測すると昭和52年末〜53年初めくらいの時期のようです。
キハ35900番代は、国鉄初のステンレス製気動車として製作され、房総地区に投入されました。房総各線の電化により大宮機関区に転属となり、川越線・八高線で活躍していました。しばらくは無塗装でしたが、晩年は首都圏色(タラコ色)に塗られ、個性の一つを奪われた感じがします。
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2007/2/17  2:58

憧れの車輌たちVol8(キハ82系:北海道篇その1)  特急型気動車
今日は、憧れの車輌たちに戻りまして、第8弾はキハ82系の北海道篇です。

関東では早いうちにキハ82系が撤退したため、実物を見る機会はほとんどありませんでした。最初にキハ80系として見たのは、キハ81を先頭に走っていた「いなほ」で、編成中間にキハ82が連結されていたことが記憶にあります。今から考えれば、あれはキロ80改造のキハ82900番台だったのですね。そして昭和49年8月、大阪で「はまかぜ」「かもめ」、天王寺で「くろしお」を見ました。さらに、中学生になって友達の田舎に行かせてもらったとき、名古屋で「ひだ」を、中学の卒業旅行で九州へ行ったとき「にちりん」を見ています。

中学生までは当然にして旅行(ましてや撮影旅行)など頻繁に出来るほど自由な時代ではありませんでしたが、数少ない機会の中でも、必ずと言っていいほど「キハ82」はいてくれた気がします。

高校生になってから、行動範囲も広がり、写真機材もそろい始め、益々撮影に出掛ける機会が出来る中で、ふと考えてみれば、キハ82系が一番活躍していた北海道には行ったことがないことに気付きます。当時、新幹線も直通の列車も無い時代であり、九州よりも「遠い」所であったことに他ならなかったからだと思います。高校1年の春休みに友人と一大決心のもと、北海道へと旅立ちました。

目的としてはキハ82系の撮影だけではなく、ローカル線の旅や、御崎(室蘭本線)のてつげんコークスのSL、そして流氷の見学などいろいろありましたが、ここでは当時撮影したキハ82だけを取り上げてアップしたいと思います。北海道篇は列車数が多いので2〜3回に分けて、関西・九州篇などもおってご紹介させていただく予定です。

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昭和55年3月 札幌駅にて キハ82「おおぞら」
札幌駅はかなり前に高架化され、当時の面影は全くなくなりました。
駅撮りは低年齢層のファンの撮り方のように思っていましたが、時代が過ぎるとこのような単純なアングルでも、立派に歴史を語る写真になれるということがわかってきました。


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昭和55年3月 張碓〜銭函間にて キハ82「北海」
当時、唯一「山線」経由の優等列車。当時は函館〜旭川を結んでいました。
このあたりは急傾斜で雑木も多いためなかなか近づくことが出来ません。このときは雪がかなり積もっていたため、何とかこの崖を降りることが出来ました。


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昭和56年3月 厚別〜白石間にて キハ82「おおぞら」
当時、函館〜(札幌)〜釧路を3往復の「おおぞら」が結んでいました。
気動車はやはり非電化区間がふさわしいのですが、行程の都合もあり、やむを得ず手軽なところで撮ってしまいました。しかし、フルスピードで走る区間のため、猛然と雪煙を上げながら走る特急は、ファインダーの中でも感動しました。


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昭和56年3月 厚別〜白石間にて キハ82「おおとり」
道内で最後までキハ82系で走った定期特急で、函館〜網走間を廃止になるまで走り続けました。
上の写真と同区間ですが、直前に青空が広がり、ベストショットとなりました。


この旅によって冬の北海道の虜になってしまい、昭和55年3月・昭和56年3月と2年連続訪れています。また次の機会にこの続き、そしてローカル篇などもご紹介できればと考えております。
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